EP.33 アイドルと阿波踊り(徳島編)
八月中旬、フレイミングパイは徳島へ向かった。
中四国ツアー三箇所目。ちょうど阿波おどりの時期と重なっている。
「みんな乗った?」
「シーいまーす」
「カグラいます」
「レアおるで」
「ポンズおるよ!」
点呼を済ませ、ハイエースが松山を出発した。
今回は特別なスケジュールが組まれていた。ライブだけでなく、徳島のラジオ番組にゲスト出演することになっている。
「ラジオ出演、楽しみやなあ!」
ポンズが車内で言った。
「松山のラジオとは違うけんな。どんな番組なんやろ」
シーが窓の外を見ながら答える。
「パーソナリティは、東京の大手事務所『スターライト』のアイドルさんらしいよ」
愛未が説明した。
「『ルミナスエール』っていう六人組グループのリーダーで、星野嶺音さん。徳島出身で、月に一回帰省して番組をやってるんだって」
「へえ、東京のアイドルさんか。『スターライト』って俳優さんのイメージやけどな」
レアが興味深そうに言った。
「動画見ました。みんな天使のような人たちでした」
カグラがキラキラした瞳で言った。
松山から徳島へは約三時間。川之江ジャンクションから、高知と徳島へ分岐する。
前回は高知だったが、今回は徳島方面へ舵を切る。車窓には山々の緑が流れていくが、高知のときと違い、ワイヤロープで仕切られた対面通行の区間が長い。
「徳島といえば、鳴門の渦潮やな」
シーが言った。
「見に行きたいなあ」
ポンズが目を輝かせた。
「渦潮クルーズっていうのがあるらしいよ」
カグラがスマホで調べながら言った。
「船……」
その瞬間、四人の顔色が変わった。高知のホエールウォッチングの記憶が蘇る。
「……船はしばらく勘弁願いたいな」
シーが静かに言った。
「賛成」
「賛成です」
「賛成……」
船酔いのトラウマは、まだ癒えていないようだ。
◇
徳島市内のラジオ局に到着したのは、午後一時だった。収録は午前中から行っていて、出演はどうやら二本目らしい。
ロビーで待っていると、スタッフに案内されて一人の女性がやってきた。
「初めまして!ルミナスエールの星野嶺音です。今日はよろしくお願いします!」
明るい笑顔で頭を下げる。二十歳とは思えない落ち着きと、それでいてアイドルらしい華やかさがあった。
「フレイミングパイです。よろしくお願いします」
ポンズが代表して挨拶する。
「松山のバンドさんなんですよね。動画見ましたよ!すごくかっこよかったです」
「ありがとうございます」
嶺音の笑顔は、自然でありながらどこか完璧だった。プロのアイドルとして鍛えられた笑顔だと、シーは感じた。
打ち合わせを済ませ、収録が始まった。
番組名は「れいねの徳島かえりみち」。嶺音が地元徳島の魅力を発信する三十分番組だ。
「今日のゲストは、愛媛松山の大人気ガールズバンド、フレイミングパイのみなさんです!」
嶺音のMCは、スムーズで聞きやすかった。話の振り方、間の取り方、すべてが計算されている。でも堅苦しさはなく、自然な会話のように進んでいく。
「この番組、収録なんですが、フレイミングパイの皆さんは今中四国ツアーの最中で、今度は徳島でライブなんですよね?」
「はい!高松でスタートして、高知、そして徳島市が三ヶ所目です。」
ポンズが答える。
「ツアーの終盤、淡路も行かれるんですね。ぜひ鳴門の渦潮見て欲しいです!私も大好きなんですが、渦潮クルーズ乗ったことあります?」
「いえ、まだ……というか、船は……」
カグラが言葉を濁す。
「船がどうかしました?」
「ちょっと前に高知で……」
ポンズが苦笑いする。
「クジラ……船酔い……」
シーが遠い目をした。
「あはは、何があったんですか!」
嶺音が楽しそうに笑う。収録は和やかに進んでいった。
番組の後半、嶺音が提案した。
「実は今晩、阿波おどりに参加するんですけど、よかったら一緒に踊りませんか?」
「阿波おどり!?」
ポンズが目を輝かせた。
「私が子どもの頃から参加してる連があって。毎年この時期に帰ってきて踊るんです。せっかく徳島に来たなら、体験してほしいなって」
「やりたい!」
ポンズが即答した。
「え、ちょっと待って、うちらよう踊らんよ?」
シーが慌てる。
「大丈夫!教えてもらえますよ。踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損々、です!」
嶺音がウインクした。
収録が終わり、スタジオを出た。嶺音はすぐにスマホを取り出し、何かを確認している。
「嶺音さん、このあとはお時間あります?」
愛未が尋ねた。
「あ、ごめんなさい。このあと東京とオンラインでミーティングがあって。ルミナスエールの打ち合わせなんです」
「え、今から?」
「はい。あちゃ〜大学の課題もあるな……踊ってる暇あるかな、ウフフ」
嶺音は笑顔だが、そのスケジュールは過酷だった。
「アイドルと大学の両立って、大変じゃないですか?」
カグラが尋ねた。
「大変ですよ。でも、どっちも私がやりたいことだから」
嶺音の目は真っ直ぐだった。
「言い訳したくないんです。アイドルだから勉強できないとか、大学生だから活動をセーブするとか。どっちも全力でやりたい。それが私のやり方だから」
その言葉に、フレイミングパイの四人は黙った。自分たちは、そこまでの覚悟を持っているだろうか。
「あ、ごめんなさい、偉そうなこと言っちゃった。じゃあ後で、阿波おどりで会いましょう!」
嶺音は手を振って去っていった。その背中は小さいのに、とても大きく見えた。
◇
夕方、フレイミングパイは嶺音に指定された場所に集合した。
街はすでに祭りの熱気に包まれている。鉦や太鼓の音があちこちから聞こえ、揃いの衣装を着た人々が行き交っている。
「すごい……」
カグラが息を呑んだ。
「松山の野球拳とはワケが違うな……」
レアも目を丸くしている。
「ようこそ皆さん!」
嶺音が浴衣姿で現れた。後ろには、彼女が所属する連のメンバーたちがいる。
「今日参加するのは、にわか連と言って、当日でも誰でも参加できる連なんです。さ、これに着替えてください」
嶺音から揃いの法被と編み笠を渡された。
「ほんまに踊るんや……」
シーが緊張した顔で法被に袖を通す。
「大丈夫、私たちの連が基本だけ教えますから」
連のベテランメンバーが、踊りの手ほどきを始めた。
「手はこう、足はこう。二拍子のリズムで。ヤットサー、ヤットヤット」
ポンズが真っ先に飛びついた。
「こう?こうやって?」
「いや、もうちょっとこう……って、あんた自己流になっとるで!」
ポンズは楽しそうだが、完全に暴走している。
「ポンズ、ちょっと落ち着いて」
シーが呆れた顔で言う。
「シーもやってみて」
「え、うち……」
シーが恥ずかしそうに踊り始める。ぎこちないが、意外とサマになっている。
「おお、あんた筋がええな」
ベテランメンバーが感心した。
「シー、上手やん!」
ポンズが囃し立てると、シーの耳が赤くなった。
「うるさい……」
レアは持ち前のリズム感で、すぐにコツを掴んだ。ドラムで鍛えたリズム感が活きている。
「レアちゃん、上手い!」
嶺音が拍手した。
「カグラちゃんは?」
カグラは最初、ぎこちなかった。お嬢様育ちのせいか、動きが上品になりすぎてしまう。
「もっと腰を落として。そう、そう!」
しかし、丁寧に教わるうちに、みるみる上達していった。
「カグラちゃん、飲み込み早いね!」
「そうですか?」
カグラは嬉しそうに笑った。
そして、嶺音が踊り始めた。
その瞬間、空気が変わった。
手の動き、足さばき、体の軸。すべてが美しく、力強い。アイドルとしてステージで鍛えた表現力が、阿波おどりでも発揮されている。
「すごい……」
シーが呟いた。
子どもの頃から踊り続けてきた年季と、プロのアイドルとして磨いた表現力。それが融合した嶺音の踊りは、圧巻だった。
「負けてられんな」
ポンズが拳を握った。
やがて、本番の時間がやってきた。
鉦と太鼓の音が響き、連が動き出す。
「いきましょう!」
嶺音の声で、フレイミングパイも列に加わった。
街を練り歩く。沿道には観客がぎっしり。歓声が上がる。
「ヤットサー!ヤットヤット!」
最初は緊張していたシーも、いつしか声を出していた。
汗が流れる。足が痛い。でも、楽しい。
祭りの熱気に包まれて、四人は夢中で踊り続けた。
ポンズは相変わらず暴走気味だったが、それもまた味になっていた。
「踊る阿呆に見る阿呆!」
ポンズが叫ぶ。
「同じ阿呆なら踊らにゃ損々!」
シーが続けた。らしくないテンションだが、祭りの魔力だろう。
気づけば、日が暮れていた。
連の拠点に戻り、四人は地面に座り込んだ。
「疲れた……でも楽しかった……」
レアが汗を拭きながら言った。
「カグラちゃん、最後すごく上手かったね」
嶺音が水を渡しながら言った。
「そうですか?自分ではよくわからなくて」
「うん。最初は硬かったけど、途中から自然になってた。吸収力がすごいね」
カグラは照れくさそうに笑った。
「嶺音さんの踊り、すごかったです」
カグラが言った。
「アイドルのステージとは違うのに、同じくらい……ううん、それ以上に輝いてた」
「ありがとう。でもね、これが私の原点なの」
嶺音は夜空を見上げた。
「阿波おどりを踊ってる時の気持ち。お客さんを楽しませたい、自分も楽しみたい。その気持ちを忘れたくなくて、毎年帰ってきてるの」
「原点……」
「フレイミングパイにも、あるでしょ?原点」
四人は顔を見合わせた。
ROCK STEADYでのライブ、路上ライブ、松山の街。それが自分たちの原点だ。
「忘れんようにせんとな」
シーが静かに言うと、ポンズ、カグラ、レアも頷いた。
◇
翌日は徳島でのライブだった。
ライブハウス「AWA.YEAH」は、繁華街のビルの地下にあった。
「アワイェーやって。ええ名前やな」
ポンズが看板を見上げて笑った。
リハーサルを終え、夜の本番を迎えた。
客席には嶺音の姿もあった。仕事の合間を縫って来てくれたのだ。
「徳島のみなさん、初めまして!フレイミングパイです!」
シーがMCで叫ぶ。
「昨日、阿波おどり踊ってきたんよな!」
と、ポンズがオリジナル阿波踊りを披露すると、客席から歓声と笑いが起きた。
「最高でした!徳島、最高です!」
ポンズが叫ぶと、さらに大きな歓声が返ってきた。
ライブは熱かった。阿波おどりで解放された何かが、演奏にも表れていた。いつもより自由で、いつもより楽しい。
新曲「夏の終わりに」では、客席の嶺音が目を閉じて聴いている姿が見えた。
アンコールの「See You」で、会場は一体になった。
終演後、楽屋に嶺音が来てくれた。
「すごく良かった!」
「ありがとうございます」
「やっぱり、ライブの時のみんなの表情、素敵だった。昨日より」
嶺音の言葉に、シーが首を傾げた。
「昨日より?」
「うん。昨日、ラジオの時は、どこか緊張してた。でも今日は、自然だった。阿波おどりが効いたのかも!」
確かに、そうかもしれない。祭りの熱気の中で踊ったことで、何かが解放された気がする。
「すごく感動した。『夏の終わりに』『雨と交叉路』……帰ったらメンバーに教えます」
「嶺音さん、明日は?」
愛未が尋ねた。
「明日は早朝の便で東京に戻ります。昼からルミナスエールのシングルのリリースイベントがあって、夕方に大学のゼミのオンライン、夜にはレッスンです」
そのスケジュールを聞いて、全員が絶句した。
「す、すごいですね……」
カグラが言葉を失っている。
「私はこれが普通だから。でもね、愚痴を言いたくないの。自分で選んだ道だから」
嶺音は笑顔だった。でも、その笑顔の裏にある努力を、フレイミングパイは垣間見た。
「嶺音さんの夢って、なんですか?」
ポンズが尋ねた。
「夢?」
「アイドルとして、目指してるところ」
嶺音は少し考えてから答えた。
「日本武道館。ルミナスエール単独で埋めたい」
「武道館……」
「去年の年末、事務所の先輩グループのイベントに後輩のグループも一同で参加したの。その会場が武道館だった」
嶺音の目が輝いた。彼女の先輩グループは、スタジアムを何万人もの観客で埋め尽くす、日本アイドル界トップクラスのグループだ。
「すごかったよ。一万人以上のお客さんが、先輩たちを見て泣いて、笑って、歌って。あの無数のサイリウムが輝く景色を、いつか自分たちの力でも作りたいって思った。私たちにはいくつも先輩たちのグループがあるの。先輩たちのように、自分の道を全力で進みたい」
「武道館……」
シーが呟いた。
「実は、うちらも目標にしてるんです。武道館」
ポンズが笑顔で言った。
「え、本当?」
嶺音が嬉しそうに笑った。
「うちの憧れのビートルズが初めてライブをやってから、ロックバンドにとっては聖地やもん」
「そっか、じゃあ、同じだね。いつか、お互いに武道館でライブしよう」
「はい!」
ポンズが元気よく答えた。
「約束ですよ」
「約束。絶対果たそうね」
嶺音はそう言って、手を振った。
「また会えるといいね。東京でも、徳島でも、松山でも」
「はい!絶対また会いましょう!」
ポンズが元気よく答えた。
嶺音の背中を見送りながら、シーは思った。
シーは以前、ソロデビューにスカウトされたとき、アイドルのようなビジュアル案を見せられて、嫌悪感を抱いた。
しかし、嶺音のアイドル活動に臨む姿勢から、アイドルにも見せる努力、見せない努力、そういうものが多岐にわたって存在していることがわかった。アイドルとバンド、ジャンルは違う。でも、自分自身の作詞作曲、楽曲アレンジ、楽器の修練と、通ずるものがあり、全力で自分の道を進む姿勢に共感した。そして、武道館をワンマンで埋めるという夢も一緒だった。
「うち、もうちょい色々挑戦せんといかんよな」
シーが呟くのを、ポンズは聞き逃さなかった。
「よっしゃ、今度アイドル顔負けのフリフリ衣装で演奏しよか!」
「やだ」
◇
ライブの翌日は観光日だった。
向かったのは、祖谷のかずら橋。徳島の秘境にある、植物のツルで編まれた吊り橋だ。
「わあ、すごい山の中やな」
ポンズが車窓から景色を眺めている。
駐車場から歩いて橋へ向かう。橋の通行料金は一人550円
そして、かずら橋が見えた瞬間——
「……無理」
シーの顔が青ざめた。
橋は、シラクチカズラという植物のツルで編まれている。足元には隙間があり、下を流れる川が見える。そして、風が吹くたびに大きく揺れている。
「え、シー?」
ポンズが振り返った。
「無理や。これは無理」
シーが後ずさる。松山城のリフトでも怖がっていたシーだ。どうやら高いところとか揺れるものが苦手らしい。
「う、うちも……」
レアも顔色が悪い。
「レアちゃんも?」
「高いところ、あかんのよ……なんで足元隙間あいとんや!」
レアが震えている。ドラムを叩く時の勇ましさはどこへやら。
「え、二人とも?」
カグラが驚いている。
「大丈夫やって、案外頑丈やし。ほら、そんなに揺れへんし!」
ポンズが先に橋の上を歩いて言った。
「550円もったいないで!」
ポンズは手を振りながら呼びかける。カグラもそろりそろり橋を渡り始めた。
ポンズは全く平気そうだ。どんどん先へ進んでいこうとする。
「ポンズ、待ってよ!」
後ろからシーの悲鳴が聞こえた。
「大丈夫やから早よおいでって」
カグラも慎重に、でも着実に進んでいく。
「わたし、意外と平気かも」
「カグラちゃん、度胸あるなあ」
レアが恨めしそうに呟く。
ポンズとカグラが真ん中あたりで景色に見とれる。振り返るとシーとレアはまだ数メートル進んだところで固まっている。
ポンズが手を振って呼びかける。
「シー!大丈夫!来れる!」
「無理やって……」
「うちが手ぇ引いたるから!こっち来て!」
ポンズが橋を戻ってきた。
「ほら、手、出して」
シーは震える手をポンズに差し出した。
「大丈夫、ゆっくりでええから。下見んでええよ、うちの顔だけ見て」
ポンズの手は温かかった。
「ほら、一歩」
「……」
「もう一歩」
シーは、ポンズの手を握りしめて、一歩ずつ進んだ。
「下見たらあかんで」
「見てない……見てない……」
足元が揺れる。心臓が早鳴りする。でも、ポンズの手を離さなければ、進める気がした。
一方、カグラがレアの元へ戻っていた。
「レアちゃん、わたしが一緒に行くから」
「カグラちゃん……でもうち、ほんまにあかんねん……」
レアの目が潤んでいる。
「大丈夫。わたしが絶対離さないから」
カグラがレアの手を握った。
「怖かったら目ぇつぶってもいいよ。わたしが誘導するから」
「……うん」
レアは目をつぶったまま、カグラに手を引かれて歩き始めた。
「右足、出して。そう、上手。次は左足」
カグラの声だけを頼りに、レアは進んでいく。
シーとポンズ、レアとカグラ。二組がゆっくりと橋を渡っていく。
そして——
「着いた!」
ポンズの声で、シーが後ろを振り返った。
橋を渡り切っていた。
「……渡れた」
「渡れたやん!シー、やったな!」
ポンズが笑顔でシーの手を握ったままだ。
「……ありがとう」
シーは小さく言った。顔はまだ青いが、どこか嬉しそうだった。
レアとカグラも、無事に渡り切った。
「レアちゃん、頑張った!」
「うう……もう絶対渡らん……」
レアが泣きそうな顔で言った。
「ほんじゃ、引き返すで」
ポンズがニヤニヤしながら言った。
「え?」
「往復やで」
シーとレアの顔が青ざめた。
「……嘘や」
「この橋、片道やから。帰りは別の道あるよ」
愛未が笑顔で言った。
「ほんま?」
シーとレアが安堵の表情を浮かべる。ポンズの顔を見ると舌を出して笑っている。
「ポンズ!!」
シーとレアがポンズを追いかけ始めた。
「あはは、ごめんごめん!」
ポンズが笑いながら逃げる。
「許さん……!」
祖谷の山にシーとレアの怒声が響いた。
◇
かずら橋を渡り、命からがら生還?した四人は、レストラン大歩危峡まんなかで昼食をとった。
ひだるらーめん。大歩危峡のある山城地域につたわる妖怪「ヒダルガミ」にちなんだ名前で、「ひだるい」という、お腹が空いて動けなくなるという意味の方言が語源だという。濃厚な豚骨ベースの醤油味のスープ、昔ながらの中太麺がもちもちで絶品だ。
「ひだるい、ひだるい」
ポンズが早速、方言を使って、今か今かと待ち侘びている。
そしてひだるらーめんが目の前に現れると、全員歓声を上げ、舌鼓を打った。
「素朴でええなあ、美味しい」
シーが味わって目を閉じている。かずら橋の恐怖から、ようやく立ち直りつつあるようだ。
カグラがレアを気遣う。
「レアちゃん、大丈夫?」
レアはまだ少し顔色が悪い。
「……うん。ラーメンは怖ないからな」
「うふふ、よかった」
四人でラーメンをすすっていると、階下では吉野川のラフティングが見えた。
「うわ!当分船系はごめんやわ!」
四人はまた青ざめた。
「嶺音さん、すごかったな」
シーが言った。
「アイドルと大学と地元の活動、全部全力でやってるって」
「うちらなんか、まだまだやな」
レアが麺をすすりながら言う。
「でも、嶺音さんが言ってたやん。自分の道を全力で進めって」
ポンズが言った。
「うちらはうちらのやり方で、全力でやればええんよ」
「そうだね。比べるんじゃなくて、自分たちの道を」
カグラも頷いた。
「よし、ツアー後半戦や」
シーが箸を置いた。
「広島、淡路……そして松山ファイナル」
「まだまだ続くね」
カグラも頷いた。
「全力で行こう」
ポンズが拳を握った。
「おー」
四人の声が、ラーメン屋に響いた。
店主が不思議そうな顔で見ていたが、気にしない。
徳島での出会いは、フレイミングパイに新しい刺激を与えた。
アイドルの背中を見て、武道館という同じ夢を確認して。
自分たちも前に進む。
中四国ツアーは、まだまだ続く。




