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PONZ! ~ポール・マッカートニー大好きっ子が、路上ライブのシンガー、内気な天才ギタリスト、アクセ好きドラマーとバンドを組んだ話~  作者: 文月(あやつき)
第3部

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EP.32 太平洋の洗礼(高知編)

 香川でのツアー初戦を終えたフレイミングパイは、松山に戻って日常を取り戻していた。

 五月から七月にかけて、バンドは着実に成長を続けている。

 毎週金曜日のラジオ番組「フレイミングパイのシーポンカグレア」は、回を重ねるごとにリスナーが増えていた。特に人気なのが「教えてポンズ先生」のコーナーだ。もともとは、シーへの質問が圧倒的に多く、言葉少ないシーの代わりにポンズがどんどんコメントしたことがきっかけだった。

 第3回目以降は、メンバー二人ずつ出演しているが、このコーナーがあるおかげで、ほぼ毎回ポンズが出演していた。ある日の放送は、レアとポンズ、レアポンでの放送だ。パーソナリティの近藤エリカは、この時はいつもメンバーの自由に任せている。


レア「えー、次のお便りです。ラジオネーム『フレパ神』さんから。『ポンズ先生教えてください。実際のところシーちゃんの好きなタイプの男性を教えてください』」

ポンズ「ふーむ……Loss of Control」

レア「は?」

ポンズ「シーは暴走するやつが好きなんよ。具体的に言うと、うち」

レア「ポンズ暴走するん? 暴走いうか、後先考えてないだけのような気ぃするけど」

ポンズ「いやいや制御不能のポンズいうたら、松山では5人くらいは知ってるやん」

レア「うん、うちの事務所の人数やな」

ポンズ「リスナーのみんなには申し訳ないんやけど、シーはうちのことが好きなんよ」

レア「このコーナーの後、たいがいはポンズ、放送後にシーに怒られてますけども、シーもポンズ好きなんは確かやな。見ててわかる」

ポンズ「はい、後で二人で怒られましょう」

レア「は〜い、次のお便り。ラジオネーム『フレイミング鯛』さんから」

ポンズ「おお、鯛も燃えてるな」

レア「ははは、『ポンズ先生教えてください。最近AI(アイ)が流行っていますけど、シーちゃんはどのくらい活用してますか?』」

ポンズ「アイ?」

レア「一人じゃないから〜キミが私を守るから〜」

ポンズ「ああ、はいはいはいはい、で、アイさんを活用ってなんなん?」

レア「わからへん、どういう意味やろか」

近藤「あの〜、もしかしてAI(エーアイ)じゃないのかな?」

ポンズ、レア「あ」

全員大爆笑、しばらく笑いがおさまらない。あえなくコーナーはレアとポンズの笑い声で終了した。


と、まあこんな調子で、いつしかこのコーナーは、シーに関する質問をポンズが勝手に答える大喜利のようになっていた。リスナーからは「シーちゃんの弱点を教えてください」「シーちゃんが一番恥ずかしかったことは?」など、明らかにポンズの暴露回答を期待した質問が増えている。ポンズは一応、シーのプライベートをしっかり配慮する上で、大喜利的な回答をしているが、シーはおかしなイメージをつけられるのではと毎回ヒヤヒヤしている。そしていつしかシーの答え合わせのコーナーまでできて、シーは出演のたびにツッコミ疲れしている。しかし、それがまた人気だった。


 そしてもう一つ、ポンズに変化があった。

 ソングライターとしての才能が開花し始めたのだ。いつもの練習スタジオで、ポンズがアコースティックギターを抱えてデモを披露する。

「これ、昨日の夜に思いついたんよ」

 ポンズが弾き語りを始める。切ないメロディに、どこか希望を感じさせる歌詞。

「『See You』以来どした? ええやん」

 シーが素直に言った。

「この曲も、ピアノ入れたらもっと広がりそうなんよなあ」

 ポンズが天井を見上げながら呟いた。

「ピアノか……カグラちゃんが弾くと間奏のリードギターはシーになる?」

 レアが尋ねると、カグラが答える。

「うん伴奏程度でいいなら……ポンズちゃんが弾いたら?」

「弾けんことないけど、うちがピアノ弾くと、ベースはシーやで」

 ポンズがそう言うと、さすがにシーも困惑し始める。

「ちょっと、さすがにうちが追っ付かんわ」

 新曲はどんどん生まれていく。五月から七月にかけて、ポンズが書いた曲は十曲を超えた。どんどん今のパートだけでは物足りない、もっと広がりのあるアレンジが欲しくなっていった。そしてポンズが言い放つ。

「シー、ピアノする?」

「やめて」


          ◇


 七月上旬、夏休みも近くなったカグラの高校での放課後のこと。

 カグラは、委員会活動の用事を済ませ、音楽室のある校舎の廊下を歩いていた。

 この学校には音楽室が三つある。第一音楽室は吹奏楽部、第二音楽室は合唱部が主に使っている。そして普段あまり使われていない第三音楽室に差し掛かった。

 その第三音楽室の前を通りかかった時、ピアノを弾く音が聞こえた。よく聞くと、聞き覚えのあるメロディだった。

(この曲……)

 フレイミングパイの「オレンジの坂道」だった。しかもピアノアレンジだ。

 カグラはそっと音楽室の扉に近づいた。窓から中を覗くと、一人の女子生徒がグランドピアノに向かっていた。

 三つ編みハーフアップの髪型。いかにもお嬢様といった雰囲気。でも、その弾き方は激しかった。クラシックの端正さとは違う、感情をぶつけるような演奏。

 カグラは驚いていた。この学校でフレイミングパイの曲を知っている生徒がいるとは思わなかった。お嬢様学校として知られるこの学校で、自分がロックバンドをやっていることはあまり公言していない。知っている生徒はほとんどいないはずだ。

 カグラは思わず扉を開けていた。

「その曲……フレイミングパイ?」

 女子生徒が振り返った。大きな目が、さらに大きく見開かれる。

「か、神楽坂先輩!?」

 慌てて立ち上がろうとして、椅子を倒した。ガタン、と大きな音が響く。

「す、すみません!」

 椅子を起こしながら、顔を真っ赤にしている。

「ごめんなさい、驚かせちゃって……大丈夫?怪我してない?」

「はい、大丈夫です!あの、その、えっと……」

 しどろもどろになっている彼女を、カグラは優しく見つめた。

「あ、あの、わたしのこと知ってるの? それに…今の曲、自分でアレンジしたの?」

「は、はい……勝手にすみません……」

「ううん、すごく良かった。ピアノ、上手なんだね」

 女子生徒の顔がぱっと輝いた。

「ほんとですか!? あ! わたし東雲(しののめ)です。東雲(あさひ)。高等部一年です」

「東雲さん——」

「旭でいいです! わたし、先輩に憧れてるんです!」

 勢いよく言われて、カグラは少し照れた。

「憧れって……わたし、そんな……」

「わたし、実は……先輩のこと尾行したことあるんです!」

「え?」

「それでROCK STEADYっていうライブハウスに入っていくの見て、わたし当日券でフレイミングパイのライブ見て……その時、ロックに目覚めたんです!」

 旭は一気にまくしたてた。目がきらきらしている。

「クラシックピアノ、ずっと習ってきたんですけど、なんか物足りなくて。でもフレイミングパイのライブ見たら、これだ!って思って。それで先輩たちの曲を自分でアレンジして弾いてみてるんです」

 お嬢様な見た目とは裏腹に、旭の話し方は熱っぽく、どこかオテンバな雰囲気があった。

「そうだったんだ……尾行はちょっとびっくりしたけど」

「すみません!でも、先輩がどこでバンド活動してるか知りたくて……」

「ふふ、いいよ。ありがとう、ファンになってくれて」

 カグラは微笑んだ。

「今、中四国ツアーの途中だけど、松山ではまたライブあるから、その時には良かったら来てね」

「絶対行きます!」

 旭が満面の笑みで答えた。その笑顔は、お嬢様というより、太陽のように明るかった。

 音楽室を出て、カグラは歩きながら考えていた。

(あの子のピアノアレンジ、意外と良かったな……)

 旭が弾いていた「オレンジの坂道」のアレンジがカグラの頭の中でずっと鳴り響いている。

(それにしても、あんなふうに自分から知らない人に声をかけたなんて、初めてかも……)

 カグラは、そんな自分の変化にも驚いていた。


          ◇


 七月十五日はポンズの誕生日だ。

 ROCK STEADYには、フレイミングパイのメンバーと愛未、ヤマケンが集まっていた。

 テーブルの上には、豪華なデコレーションケーキがワンホールで鎮座している。愛未とヤマケンからのプレゼントだ。

「ポンズ、十七歳おめでとう!」

 愛未が拍手しながら言った。

「おめでとう、ポンズ!」

「おめでとう!」

「おめでとうやで!」

 シー、カグラ、レアも続く。

「みんな、ありがとう!」

 ポンズが満面の笑みで頭を下げた。

 去年もこうして誕生日を祝った。あの時はまだ愛未と出会う前で、練習スタジオでケーキをみんなで食べた。

 あれから一年、プロ契約を結び、ツアーもラジオもやるバンドになった。祝ってもらう場所はROCK STEADYにある事務所STMだ。

 そして——

「はい、これプレゼント」

 シーが小さな包みを差し出した。

「え!?プレゼント!?」

「うちからも」

 レアが派手な柄の紙袋を渡す。

「わたしからも、どうぞ」

 カグラも上品な包装の箱を差し出した。

「みんな……うち、泣きそう……」

「泣くんは開けてからにして」

 シーが苦笑した。

 ポンズは最初にシーの包みを開けた。

「……本?」

「恋愛小説。うちが好きな作家の」

「あ、ありがとう……」

 ポンズの反応が微妙だ。こういう本はあまり読まないのだ。

「最近、一緒に図書館行っとるやろ。たまにはうちの好きな本も読んでほしいなって」

 シーが少し照れくさそうに言った。

「……うん、読む。シーが好きな本なら、読んでみる」

 ポンズの表情が少し柔らかくなった。

 次にカグラの箱を開ける。

「コスメ……?」

「リップとチーク。ポンズちゃんに似合いそうな色を選んだの」

「わあ……ありがとう……使い方、わからんけど……」

 微妙な反応。カグラが少し寂しそうな顔をした。

 最後にレアの紙袋を開ける。

「うおおおおお!!」

 ポンズの目が輝いた。

「何これ最高!!」

 取り出したのは、ド派手なカラフルTシャツ。サイケデリックな色使いで、赤、青、黄、緑、紫がぐるぐると渦巻いている。

「マジカルミステリーツアーっぽいやろ」

「レアちゃんわかってる!うち、こういうサイケな色合い大好きなんよ!」

 ポンズがTシャツを胸に当てて鏡を見ている。

「本と化粧品の反応、薄くない?」

 シーがジト目で言った。

「いや、嬉しいよ!嬉しいけど!でもこのTシャツやばい!明日から毎日着る!」

「毎日は洗濯的にどうなん」

 レアがツッコんだ。

「じゃあ二日に一回!」

「それもどうなん」

 笑い声が響く中、ケーキにろうそくが灯された。

 十七本のろうそくの炎が、ポンズの顔を照らしている。

「ポンズ、願い事して」

 シーが言った。

 ポンズは目を閉じて、何かを念じた。そして、ふーっと息を吹きかける。

 十七本の炎が、一斉に消えた。

「何願ったん?」

「秘密。言うたら叶わんくなるやん」

 ケーキを切り分けながら、カグラがふと思い出したように言った。

「そういえば、学校にすごいファンの子がいたよ」

「ファン?」

 シーが首を傾げる。

「一年生の子なんだけど、フレイミングパイの曲をピアノでアレンジして弾いてたの」

「へえ、ピアノアレンジ!」

 ポンズが身を乗り出した。

「聴いてみたいなあ。どんな子?」

「東雲旭ちゃんっていう、一見お嬢様風の子だった」

「しののめ……あさひ?」

 シーが目を丸くした。

「旭?旭ポンズやん」

「え?」

「旭ポンズ……ふふっこの子もポンズやな」

 シーが珍しく嬉しそうに言った。ポンズの名付け親はシーだ。また一人ポンズを命名して面白いらしい。

「ほんまや!」

 ポンズが乗っかる。

「ポンズ2号〜」

 レアも笑いながら言った。

「2号って何?」

 カグラがツッコむが、シー、ポンズ、レアは「ポンズ2号」「ポンズ2(ツー)」と繰り返して笑っている。

「その子、わたしのこと尾行してROCK STEADY見つけたんだって」

「尾行!?」

「ストーカーやん」

「でも、わたしたちのライブ見てロックに目覚めたって言ってた。クラシックピアノをずっとやってたけど、物足りなかったって」

「へえ……」

 シーが興味深そうに頷いた。

「そんなファンがおるんは嬉しいな」

「今度、ここでライブするときは来てくれるって」

「ほな、ええとこ見せんとな」

 ポンズがケーキを頬張りながら言った。クリームが口の端についている。

「ポンズ、クリームついてる」

「え、どこ?」

 シーがため息をついて、ナプキンでポンズの口元を拭いた。

「……子どもか」

「うちはまだ、十七だから〜♪」

「昭和歌謡やめろ、なんで知ってる?」

 愛未のツッコミも炸裂し、笑い声の中、ポンズは心の中で改めて願った。

(十七歳、もっとええ曲書くけん。ツアーも成功させる。みんなと、もっと遠くまで行く)

 ろうそくに願ったことは、やっぱり秘密だ。


          ◇


 夏休みに入り、フレイミングパイは高知へ向かった。

 中四国ツアー二箇所目。香川に続く県外ライブだ。

「みんな乗った?」

「シーいまーす」

「カグラいます」

「レアおるで」

「ポンズおるよ!」

 愛未の点呼に、全員が元気よく答える。香川での「ポンズ置き去り事件」以来、出発前の点呼は欠かさない。

 松山から高知へ、約二時間半のドライブ。車窓には四国山地の緑が流れていく。トンネルを抜けるたびに、景色が変わっていく。

 高知のライブハウス「Ryo-Ma(リョーマ)」に到着したのは、昼過ぎだった。坂本龍馬にちなんだ店名だ。

「ここかあ」

 ポンズが建物を見上げた。香川のO-LIVE(オリーブ)より少し小さいが、アットホームな雰囲気がある。

 ライブハウスに入ると、リハーサル中の先客がいた。揃いの衣装を着た女の子三人が、ステージで振り付けの確認をしている。

「あ、すみません、もうすぐ終わりますから!」

 一人が気づいて声をかけてきた。二十歳くらいだろうか。フレイミングパイのメンバーより年上のようだ。

「高知のご当地アイドルさんですか?」

 愛未が尋ねる。

「はい!『カワウソ40010(シマント)』っていいます! 略してカワシマです!」

「カワウソ……?」

 ポンズが首を傾げた。

「高知県にはニホンカワウソがいたんですよ!今は絶滅しちゃったけど、高知のシンボル的な存在で」

「へえー、そうなんや」

「あ、もしかしてフレイミングパイさん?今日ライブやるって聞いてます!」

「はい、よろしくお願いします」

 シーが軽く頭を下げた。

 その瞬間、カワシマの三人の目が輝いた。

「えっ、かわいい……!」

「ちょっと、めっちゃかわいくない!?」

「ねえねえ、うちらの衣装着てみん?絶対似合う!」

 三人がシーを取り囲んだ。

「え、ちょっ……」

「この子、アイドルでもいけるやん!」

「ね!ね!衣装貸すき、着てみて!」

「や、やめてください〜」

 シーが真っ赤になって後ずさる。

「シー、アイドルデビュー?」

 ポンズがにやにやしながら言った。

「やめて!」

「えー、もったいない!絶対かわいいのに!」

 カウントのメンバーが残念そうに言う。

「ほんまにやめて……」

 シーがレアの後ろに隠れる。耳まで真っ赤だ。

「シーちゃんの照れてる顔、可愛い…」

 カグラは微笑みながら言った。

「カグちゃんまで……」

 レアとポンズも笑いをこらえきれない。

 カワウソ40010は、ステージに戻ると、ダンスの振り付けや、ステージいっぱいに使いながら、フォーメーションの確認を真剣に行っていく。シーは彼女たちのパフォーマンスを見ながら、自分には絶対できないなと真剣に考えていた。

「あ、リハ終わりました!ステージどうぞ!」

 カワシマの三人はステージを明け渡してくれた。

「ありがとうございます。……あの、衣装の件は本当に……」

「わかってる、わかってる!でも気が変わったらいつでも言ってね!」

 シーは逃げるようにステージに上がったが、彼女たちのキラキラ感が眩しかった。そして、なぜか美咲のことを思い出していた。

(美咲ちゃんなら、いける気がするけどな……)

 フレイミングパイは、リハーサルを終え、夜の本番を迎えた。

 高知のお客さんは、熱かった。

 一曲目から歓声が上がり、手拍子が鳴り響く。ノリの良さが松山や香川とも違う。南国らしい、開放的な熱気だ。

「高知のみなさん、初めまして!フレイミングパイです!」

 ポンズがMCで叫ぶと、「おー!」という声援が返ってきた。

「今日は新曲もやります!聴いてください!」

 ポンズが作曲した新曲「夏の終わりに」を披露した。切ないメロディに、夏の儚さを歌った歌詞。ポンズのベースラインが、曲に深みを与えている。

 曲が終わると、大きな拍手が起きた。

「この曲、やっぱりピアノ入れたいよなあ」

 ステージ袖で、ポンズは呟いたが、ライブは大成功に終わった。

 アンコールでは「See You」を全員で合唱し、会場は最高潮の盛り上がりを見せた。


          ◇


 翌日は観光日だった。

 まずは桂浜へ。高知といえばここ、という定番スポットだ。

 駐車場から歩いて浜辺に出た瞬間、メンバー全員が息を呑んだ。

「海、でっっっか!!」

 ポンズが叫んだ。

 目の前に広がるのは、水平線まで続く青い海。太平洋だ。

 松山で見慣れた瀬戸内海とは、まるで違う。瀬戸内海は穏やかで、向こうに島が見える。でも太平洋は、どこまでも何もない。ただ青い水平線が、空と海の境目を曖昧にしている。

「瀬戸内海とぜんぜん違うな……」

 レアが呟いた。

「波も荒いし」

 シーが言った。確かに、波の音が大きい。ざぱーん、ざぱーんと、力強く浜辺を叩いている。

「すごい……圧巻ですね……」

 カグラも目を見開いている。

「なんか、ちっぽけな気持ちになるなあ」

 ポンズが水平線を見つめながら言った。

「うち、この海の向こうにアメリカがあるんやと思ったら、なんか不思議な気持ちになる」

「ポンズがまともなこと言っとる」

「まともなこともたまには言うわ!」

「そうそう、ジョン万次郎っていう人がね……あれ?」

 カグラが口を開いたが、すでにみんな歩いて行ってしまった。

 浜辺を歩いていると、大きな銅像が見えてきた。

「あ、坂本龍馬像だ!」

 またしても、カグラが目を輝かせた。

「写真撮ろう!」

 全員で龍馬像の前に並んで、愛未に写真を撮ってもらった。

「龍馬って、すごい人なんよ」

 今度は聞いてもらおうと、カグラが熱く語り始めた。

「土佐藩を脱藩して、薩摩と長州を結びつけて薩長同盟を実現させて、海援隊を組織して……日本の近代化に大きく貢献した人なん」

「……」

「……」

「……」

 シー、ポンズ、レアは無言だ。

「あの、聞いてる?」

「聞いてるけど、この銅像の人って、お札の人?」

 シーが首を傾げた。

「それは渋沢栄一です!ていうか龍馬知らんの!?」

「歴史苦手なんよ」

 ポンズが頭を掻いた。

「うちも」

 レアも同調する。

「高知の英雄ですよ!幕末の志士で、日本を変えた人で……! 昨日のライブハウスRyo-Maだったでしょ!」

「カグラちゃんが詳しいんはわかった」

 ポンズがカグラの肩を叩いた。

「でもうちら、歴史より音楽やから」

「そういう問題じゃないと思うんやけど……」

 カグラは肩を落としたが、すぐに気を取り直した。

「じゃ次、ホエールウォッチング行こう!」


 高知の海で、クジラを見る。

 それがこの日のメインイベントだった。

 港から出航する観光船に乗り込む。乗船時に、スタッフからエチケット袋が配られた。

「これ、何に使うん?」

 ポンズが袋を見つめる。

「船酔いした時用やろ」

 レアが答えた。

「うちら、大丈夫やって!」

 ポンズが笑顔で言った。

「クジラ見れるかな!」

 ポンズがデッキで跳ねている。

「楽しみやな」

 レアも笑顔だ。

「イルカも見れるかもしれないって」

 カグラがパンフレットを見ながら言った。

「最高やん!」

 船が港を離れ、沖へ向かっていく。

 最初は穏やかだった。青い海、青い空、潮風が心地よい。

「気持ちええな」

 シーが目を細めた。

 しばらく進んだ時、船のスタッフが声を上げた。

「イルカです!左舷にイルカ!」

 全員がデッキの左側に駆け寄った。

 海面を、数頭のイルカが跳ねている。船と並走するように、ぴょんぴょんと波間を飛んでいく。

「かわいい!!」

 ポンズが歓声を上げた。

「歓迎してくれてるみたいやな」

 シーが微笑んだ。

「すごい……本物のイルカ……」

 カグラが感動している。

 イルカたちはしばらく船と一緒に泳いでいたが、やがて離れていった。まるで「この先にクジラがいるよ」と教えてくれるように。

 さらに沖へ。やがて船が速度を落とし、停止した。

「ここでクジラを待ちます。しばらくお待ちください」

 スタッフのアナウンスが流れた。

 船が止まると、波の影響をもろに受けるようになった。進んでいる時は気にならなかった揺れが、急に大きく感じられる。船がゆっくりと、上下に大きく揺れている。

「……ん?」

 ポンズの顔色が変わった。

「……なんか、この揺れ……」

「船、停まるとこない揺れるんやな……」

 レアが言ったが、その顔も少し青い。

 波に合わせて、船がふわっと浮き上がり、ゆっくり沈む。その繰り返し。

「うぷ……」

 ポンズが口を押さえた。

「ポンズ、大丈夫?」

「……大丈夫ちゃう……」

 船縁にしがみついて、エチケット袋を握りしめている。

「わたしも……ちょっと……」

 カグラの顔も青白い。

「……しゃべらんといて」

 シーが静かに言った。その顔色は、一番悪い。

「シーちゃん、大丈夫……?」

「……大丈夫ちゃう……」

 レアも無言でぐったりしている。

 愛未も青い顔で、手すりにもたれていた。

 全員が船酔いでダウンしていた。

 その時だった。

「あ!クジラ!」

 船のスタッフが叫んだ。

「右舷、三時の方向!」

 全員が顔を上げた。船酔いなんか忘れて、デッキに駆け寄る。

 海面から、巨大な黒い影が浮かび上がった。ブシューッと潮を噴き上げ、ゆっくりと大きな背を見せる。

「……クジラ……!」

 ポンズの目が輝いた。

「すごい!でっか!」

「本物や……」

 シーも身を乗り出している。さっきまでの青い顔はどこへやら。

「きれい……」

 カグラが感動して涙ぐんでいる。

「やばい、めっちゃ感動する……」

 レアもスマホで必死に撮影している。

 クジラは悠々と泳ぎ、もう一度潮を噴いた。その姿は神々しくさえあった。太平洋の王者。こんな生き物が、この海にいるのだ。

「来てよかった……」

 ポンズが呟いた。

 しばらくクジラを眺めた後、船は港へ向かい始めた。

 船が動き出した瞬間、さっきまでの興奮が嘘のように、全員の顔色が再び悪くなった。

「……帰り、長い……」

「……しゃべらんといて……」

「……うぷ……」

 行きの興奮は嘘のように、帰りは地獄だった。クジラを見た感動は本物だったが、船酔いも本物だった。全員がエチケット袋を握りしめ、ぐったりとうなだれる。

 港に着いた時、全員フラフラで下船した。

「もう……陸最高……」

 ポンズが地面に這いつくばりそうな勢いで言った。

「次は絶対……陸の観光にしよ……」

 シーが青い顔で呟いた。

「賛成……」

「賛成です……」

「賛成……」

 全員が力なく同意した。

 クジラは最高だった。でも、船酔いは最悪だった。

 瀬戸内海しか知らないフレイミングパイ、太平洋の洗礼を受けた夏だった。

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