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PONZ! ~ポール・マッカートニー大好きっ子が、路上ライブのシンガー、内気な天才ギタリスト、アクセ好きドラマーとバンドを組んだ話~  作者: 文月(あやつき)
第2部

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EP.21 愛未の夢

 ブラックシトラスとの対バン企画「B.F祭」は大成功に終わり、その手応えを十分に感じていたポンズたちフレイミングパイだったが、ブラックシトラスのインディーズデビューの発表により、張り合いのなさと言いようのない寂しさに心を蝕まれていた。

 街はクリスマス前の最後の盛り上がりを見せるように、イルミネーションが輝き、そこらじゅうに赤と緑の装飾で彩られ、行き交う人々のワクワク感で華やいでいる。

 *

 ポンズはいつものように行きつけのカフェでシーとの待ち合わせをしている。

 ポンズは、先に注文したミルクティを両手で包み込みながら、シーの言葉や、マキの言葉を反芻していた。

「サトちゃんが会社に紹介したのは、うちでもなければ、フレイミングパイでもないってのが、わからんくて」

 シーの不安げな言葉が、胸の奥に引っかかる。

 愛未は会社の命を受けて、松山の有望バンドの発掘に来て、ブラックシトラスを推薦した。

 ブラックシトラスは今、その会社が売り出したいスタイルに合致したとマキが言っていた。

 じゃあなぜ、愛未はわざわざ自分たちフレイミングパイをサポートしたいなどと言ったのか。

 そう言って自分たちの前に現れる必要があったんだろうか。

 もともとは自分たちを推薦しようとしていたのだろうか。

 *

 そしてシーは、ソロデビューにまだこだわりがあるのではないか。

 あのコラボ演奏の時、シーのソロとしての圧倒的な凄みが発揮されていたのは事実だ。

 あのスタイルがハマりすぎていると自分でも言っていたくらいだ。

 そう、コラボ企画は本当にものすごかった。

 シーとマキとレアの三ピースは完璧に完成していた。

 シーがソロを続けていて、バックにあの二人がついたとしたら、シーはその道を選んだのではないか。

 そして、自分たちが演奏したイーグルスについても、自分ではなくブラックシトラスの四人にカグラが加わっても十分可能だったはず。

 もしブラックシトラスの四人にカグラが加わったら、ブラックシトラスは想像を絶するほどのバンドになるのではないか。

 *

「ポンズちゃん、レア、二人の天才を絶対手放したらいかんよ」

 マキのこの言葉の真意が、頭に鉛のように重くのしかかってきた。

 絶対に手放すものか。

 シーとカグラは自分が見つけた、かけがえのない仲間……いや、もう自分の一部のようなものなのだから。

 ポンズは知らず知らずのうちに、ミルクティのカップを強く握りしめていた。

 *

「シー遅いな……」

 ミルクティを飲み干してしまい、ポンズは心を落ち着かせるためにおかわりの注文をした。

 そして、別のシーの言葉を思い出した。

 シーは時々、自分の弱さを素直に見せてくれるようになった。

「うちに足りひんもんは、あんたが補ってくれてる。それをアウトプットできるんはフレイミングパイだけや」

「そんなわけで、うちはバンドでずっとやっていくし、このメンバーでデビューしたいです!」

 あの言葉は嘘ではないはずだ。

 シーはバンドで、自分が自分らしくいられると、心から言ってくれたはずだ。

 ポンズは早くシーの顔を見たくて仕方なくなり、いつかのシーの寝顔の写真をスマホに映し出し、その無防備で幼い寝顔を見て少し顔がほころんだ。

 この寝顔は、自分だけが知っている。

 そう思うと、少しだけ心が軽くなった。

 *

「……ズ、ポンズ!」

「うわ、びっくりした!」

 シーがいつの間にか到着していた。

「何、ニヤニヤしてんの。また告知動画でも見てたん?」

 シーが呆れたように尋ねる。

「まあそんなとこや、遅かったな」

 ポンズは慌ててスマホの画面を消した。

 こっそり撮った寝顔を見ていたなんて、絶対に言えない。

「うん、図書館行ってて」

「図書館?」

 ポンズが意外そうに反応する。

「うん、ちょっと本でも読んで勉強しよかな思て。作詞のために」

「なんか借りた?」

「いや、結局何読んでええかわからんかったから、行っただけや」

 二人は自然と笑い合った。

 ポンズはいつもの調子のシーを見て安心していた。

 そして今日はやたらと愛おしく感じられた。

 *

「なあ、シー、サトちゃんとこ行ってみん?」

「え? なんで?」

 シーが困惑した表情を見せる。

「うち、これからのこと、ちゃんと聞いときたいって思ったんよ」

 ポンズはもう一つの言葉も思い出していた。

「あ、それから佐藤さんは……あ、いや何でもない」

 マキが、去り際に意味深に言った言葉だ。

 何か、自分たちが知らないことがあるのではないか。

「これからのこと?」

 シーは浮かない顔をしていた。

 そんな顔を見ると、ポンズは愛未とシーのあいだに微妙なすれ違いがあるような気がしてならなかった。

 ポンズはどうしても二人の口からこれからのことを聞きたいと考えた。

 ポンズとシーは、とりあえず注文した飲み物を飲み干して、ライブハウス「ROCK STEADY」へ向かった。

 *

 愛未は、ライブハウス「ROCK STEADY」のスタッフルームの一角を借りて、地元メディアの取材依頼の件や、商店街をはじめとする地域のイベント関係者と、スケジュール調整に追われている。

 スマホを片手に、メモを取っているとき、ポンズとシーの姿に気がついた。

 愛未は「そこに座ってて」と目と手振りで、二人を部屋へ誘った。

 ポンズはここに一緒に座ろう、という感じでシーの手を引いた。

 *

 シーは、電話をしながら忙しそうにする愛未を見ると、少し不機嫌そうな表情になった。

 耳に入ってくる、愛未の大人の受け答えが、シーの前に現れた、芸能事務所やレコード会社から来た大人たちと重なり、なんだか気に食わない。

 あの時も、大人たちは笑顔で近づいてきて、結局は自分を商品としか見ていなかった。

 愛未も、同じなのだろうか。

 シーの表情はだんだん荒んでいく。

 自分でも止められない、暗い感情が胸の奥から湧き上がってくる。

 *

 電話が終わると、愛未が二人に話を切り出した。

「ごめんごめん、この年末、しばらく会社に戻ることになったのよ、それで……」

 と言いかけた時、シーが愛未に突っかかるように言い放つ。

「ブラックシトラスを推薦したし、もうこっちには用はないもんね」

 シーの声には、抑えきれない感情が込められていた。

 自分でも驚くほど、冷たい声だった。

「ちょっとシー」

 まさかのシーの言葉にポンズも動揺する。

「何言ってるの? シー」

 愛未も困惑した表情でシーに問いかける。

 *

「サトちゃんも、どっかの業界の人とおんなじや、うちを別のとこに取られたなかったから来たんやろ。でもうちらが会社に求められたもんと違うから、違うバンド紹介したんや!」

 シーはそう言うと、自分の言動に驚いたような表情になった。

 なんでこんなことを言ってしまったのか。

 自分でもわからない。

 でも、一度口から出た言葉は、もう取り消せない。

 シーは無言で走って出て行ってしまった。

「シー!」

 ポンズは追いかけようとしたが、愛未に制止され、代わりに愛未が慌てて追いかけていく。

「ポンズ、ここにいて!」

「うちも!」

「お願い! いて!」

 ポンズは愛未の真意がわからないまま、たじろぎ、どうしていいかわからなくなり、部屋のソファーにしゃがみ込んで頭を抱えた。

 どうして、こんなことになってしまったのだろう。

 *

 オーナーの岩田が我がライブハウスに向かって路地を歩いていると、走ってくるシーとすれ違う。

「あれ? 詩音ちゃん」

 シーは無言で駆け抜けていく。

 そして、すぐその後を愛未が必死に追いかけてくる。

「あいみちゃん!」

「オーナー、ポンズと待ってて! それからわたしのアレ、準備しておいて!」

「え?」

 岩田は、愛未の切迫した様子を見て、ある程度察しがついた。

 岩田はライブハウスへ戻ると、ライブ会場へと足を伸ばし、愛未の言われたものを手際よく準備し、スタッフルームへと戻った。

 *

 スタッフルームでは、顔を伏せてポンズが座っている。

 肩が小さく震えていた。

「ポンズちゃん」

「オーナー! シ、シーが……」

 オーナーに気がついたポンズは、泣きそうになりながら、先ほどのいきさつを岩田に話した。

 不安と、焦りと、どうしていいかわからない感情が、胸の奥で渦巻いていた。

 *

 しばらく黙って聞いていた岩田は、自分のパソコンを開きマウスを操作する。

「ポンズちゃん、これを見て」

 ポンズがディスプレイを覗くと、小学生か中学生くらいの小さな女の子がギターを持って立っている。

 岩田はその映像を再生させる。

「お名前を教えてください」

「真白詩音です」

 カメラの主は岩田のようだ、そして女の子はシーだった。

 今よりもずっと幼い顔。

 でも、その瞳の奥にある光は、今と変わらない。

 シーは落ち着かない様子でソワソワしている。

「初めてのライブハウスでのライブです。今の心境を教えてください」

「正直……怖いです」

「え? あれほど路上でやってるじゃない」

「路上は路上です。ステージはごまかしが効かないから……」

 *

 ポンズは食い入るように画面を見つめている。

 するとシーの横に女性が映り込み、後ろからシーを抱き寄せた。

 その女性は愛未だった。

 今よりも少し若く、髪も長い。

 でも、その優しい笑顔は、今と変わらなかった。

「だよね~わかる。私もいつもそう。でも、自分の歌だもん。自分の歌は自分の味方。だから自分もその歌の支えになってあげなくちゃ。シーと歌とギター、みんなでひとつじゃん。それでもダメなら私がすぐに飛んでいく」

「うん……」

 映像の愛未の言葉に、ポンズの目から自然と涙がこぼれた。

 感激屋のポンズにとって、涙を流すこと自体は珍しくない。

 でも今日の涙は、いつもとは違う。

 愛未の想いの深さに、胸が締め付けられるような涙だった。

 画面のシーは不安そうな顔から、真っ直ぐな瞳に変わる。

 それはいつもポンズたちが見慣れた、路上ライブやライブに向かう時のシーの瞳だった。

 そして、シーがステージへ向かったところで映像は終わる。

 *

「あいみちゃんが詩音ちゃんを心配して戻ったのは本当だよ。会社には『地方の有力バンドの動向調査』と言う名目でね。上司の坂本さんは全て承知の上で、あいみちゃんを松山へ来させてたんよ。それにブラックシトラスに目をつけたのは坂本さんやしね」

 岩田は静かに続ける。

「あいみちゃんは、詩音ちゃんのソロデビューのために奔走するつもりだったけど、ポンズちゃんらと会って、ずいぶんと考えを変えたらしいよ……あとは、あいみちゃんから君たちが直接聞くべきだ」

 ポンズは涙を拭きながら深く頷く。

 愛未は、最初からシーのために来てくれていた。

 それを知って、ポンズの胸に温かいものが広がっていく。

 その時、ポンズのスマホの通知音が鳴り響く。

「あ、サトちゃんや」

 愛未のメッセージは『メンバー全員集めて』だった。

「カグラちゃんはちょうど放課後や、レアちゃんはバイト中やと思うけど大丈夫かな?」

 ポンズは慌てて他の二人にメッセージを送った。

 *

 松山大街道のアーケード街とは離れた、路地裏の道を駆けていくシーは背後の愛未に気づいた。

 なぜあんなことを口走ったのか、なぜ逃げているのか、自分は何をしているのかと混乱し、やがて足を止めた。

 息が荒い。

 走ったせいだけではない。

 胸の奥が、苦しかった。

「シー!」

 後ろから愛未はシーを優しく抱き寄せた。

「どうしたの? シー?」

「会社へ戻ってしまうんやろ? こっちでの会社の目的は果たしたんやから……」

 シーの声は、震えていた。

 *

「早とちりしない。会社へ戻るのは年末だけ、私はもうシーを置いてどこへも行かないよ。それに……ほら、すぐ飛んできたでしょ」

 シーはいつかの愛未の言葉を思い出し、体をピクリとさせた。

「それでもダメなら私がすぐに飛んでいく」

 あの日、初めてのステージに立つ前に、愛未が言ってくれた言葉。

 愛未は、あの時と変わらず、自分のそばにいてくれる。

 シーは何も言えず、ただ肩を震わせていた。

 涙がじわじわと目に溜まってきて今にも溢れそうだ。

 *

「私、会社辞めるのよ」

「え?」

 シーは涙目の顔を愛未に向けた。

「なんで? うちがあんなこと言ったから?」

「違うよ。これは会社としっかり相談して決めたこと。会社は私の本当の夢を理解してくれてるのよ。年末に会社へ帰るのは、残務処理とか引き継ぎのため。私はこれからもシーを、シーたちを、そしてシーたちの純粋な音楽を守る。この松山から一緒にやるのよ」

「サトちゃん……」

 シーの声は、かすれていた。そしてひと筋の涙が溢れた。

 *

 愛未はそっと、両手でシーの顔を包み込んだ。

「シー、勘違いしないでね。私は最初からシーのために松山に来たの。今はシーたち四人のために動いている。ブラックシトラスを紹介したのは確かだけど、あの子たちを会社でサポートするのを決めたのは坂本さんの判断。私が円満に会社を離れられるように、ブラックシトラスのことを私の成果として会社に報告してくれたのよ」

 シーは自分の勘違いに気づき、涙目のまま真っ赤になった。

 自分は、なんてひどいことを言ってしまったのだろう。

 愛未は、ずっと自分のことを想ってくれていたのに。

「……そうやったん?」

「ふふ、わかってくれた? まだこの話には続きがあるけど、それはみんなに話さないといけないことだから」

「みんな?」

「そう、ポンズに呼んでって頼んである。戻るよ」

 シーは素直に頷き、愛未の少し後ろをついていく。

「ごめんなさい……」

 とても小さな声でシーは呟いた。

「何?」

 シーは無言で首を振って、愛未を追いかけた。

 *

 ライブハウス「ROCK STEADY」のスタッフルームにレアがバタバタと息を切らして駆け込んできた。

 下校中だったカグラもほぼ同時に到着した。

「何があったん!?」

「レアちゃん、カグラちゃ~ん」

 ポンズは泣きそうな顔で、二人に駆け寄り、

「シーが、シーがぁ~」

 と、オロオロしながらレアにすがったが、レアが何かいつもと違う。

 胸に7のマークが描かれたコンビニ店員の格好をしている。

「あ、レアちゃん、コンビニで働いとったん?」

 急に、表情が平静になり、そうポンズが尋ねると、

「そんなんどうでもええ! メッセージに緊急事態って! 何!? シーがどうした?」

「うん、それが……」

 *

 そう、ポンズが言いかけたとき、愛未とシーが戻ってきた。

 ポンズは愛未と一緒にいるシーを確認すると、衝動的にシーに勢いよく抱きついた。

 いつも突っぱねるシーだが今日は力なくなすがままだった。

 しかし、ポンズは突然離れると、

「シーのあほ! 何か思うことあったら、うちに話してよ!」

 と言って泣き出した。

 心配と、安堵と、怒りと、愛しさが全部ごちゃまぜになった、わけのわからない涙だった。

「ごめん……」

 と、そのままシーも泣き出した。

 シーは人前で泣くタイプではない。

 いつもクールで、強がりで、弱みを見せない。

 でも今は、その殻が全部剥がれ落ちて、素のままのシーがそこにいた。

 二人の涙が、床に落ちていく。

 レアは困惑して、

「おいおい、小学生みたいやんか~」

 と、二人の頭を優しくくしゃくしゃ撫で始めた。

 カグラも二人の背中をそっとさすり出す。

「みんなライブ会場に来て」

 愛未はそれだけ言うと、決意を固めたような表情でスタッフルームを出ていった。

 *

 オーナーの岩田はポンズたち四人をライブ会場に誘い、客席の真ん中あたりまで来ると、ここで待つように指示した。

 ライブ会場は暗く、静寂に包まれている。

 つい最近、自分たちがライブをして、百人超の観客を盛り上げた空間だ。

 しかし今はあまりに広く空虚だった。

「あいみちゃんは現役の時、自身の音楽人生を懸けて、自己プロデュースでライブツアーを組んでね、それがみんなも知ってるとおり、感染症のせいで全部なくなってしまったんよ。で、路頭に迷っている時、今の会社に助けてもらってね。それで、あいみちゃん自身の夢が変わった。アーティストファーストの理念に目覚めて、純粋に音楽を愛する若者を商業主義から守りたい、それだけがあいみちゃんの今の原動力なんよ」

 そう話すと、オーナーはPA卓の方へ向かった。

 *

 カグラが静かに口を開いた。

「サトちゃん、わたしに言ってくれた。このバンドが解散しても、決して無駄な時間を過ごさせたとは思わせないって……それって、今やっていることを後悔させないってことでしょ。わたしたちがこの先どんなことを選択してもサトちゃんなら、サポートしてくれるって、そう思ったよ」

「へえ……」

 レアは最近のカグラの新しい挑戦の陰には愛未の親身な言葉があったのだとしみじみ感じていた。

 ポンズとシーは、ハッとして少し顔を上げたが、無言のままそれぞれの思いを募らせている。

 *

 パシャ!

 と、ステージにスポットライトが灯った。

 ステージにはマイクスタンドとともにエレクトリックピアノが中央に置いてあり、愛未が鍵盤に向かって座っていた。

 愛未はじっと一点を見て集中している。

 愛未の眼差しはいったいどこを見据えているのか?

 ポンズはさっき見た、小さなシーがステージを見据えたあの眼差しを思い出していた。

 しかし愛未の眼差しは、深く、儚く、それでいて強く、そして覚悟のようなものを感じた。

「サ、サトちゃん……」

 シーはポツリと呟き、じっと見つめた。

 *

 愛未は鍵盤に手を置き、力強くピアノを打ち鳴らした。

 その激しくも優しい音はライブ会場の四人の体を震わせた。

 曲は、ソロ活動をしていたころによく歌っていた伊勢正三の「俺たちの詩」だった。

 愛未の声が、静寂を切り裂く。

「夢を見た 鳥達と いつも高く 飛びたかった その鳥は 飛べなくて そんな時……笑ってた 若過ぎた あの頃は いつもそこで 傷つき きれい事 並べても 世の中も 汚れてた」

 シーの瞳から、次から次へと涙が溢れ出す。

 止めようとしても、止められない。

 自分の初ステージで背中を支えてくれた人は、自身の夢が破れてもなお、自分の背中を支えようとしてくれている。

 ポンズはシーの様子に気がつき、手を握った。

 シーはポンズの手を手のひらで合わせ指を絡めて握り直した。ポンズはシーの微かな震えを感じ、全てを受け止め、強く握りしめた。

 レアは震え出したポンズとカグラの肩を優しく引き寄せた。

 *

「あやまちを 許すのは 過ぎて来た 時だけ 今はまだ ここにいて そこまでは 到らず 世の中が まともなら 俺達は いらない 俺達が まともなら 世の中が ゆがんでる」

 四人は顔をくしゃくしゃにしながら泣き出した。流れる涙はそのままに、愛未のことを目を逸らさず見つめている。

 ポンズは思った。

 今日は何度泣いただろう。でもこの涙は、今までとは違う。

 温かくて、優しくて、胸の奥から湧き上がってくる涙だった。

 シンプルなコード進行の上に、愛未がひとことひとことの言葉に魂を込めていく。

 空虚だった空間には、愛未のピアノと、声と、ブレス、そして、四人の啜り泣きが響く。

 岩田はPA室から、ドリンク売り場に移動し、ティッシュペーパーを取り出しておいた。

 *

「哀しみ 育てるんだ くやしさに 苛まれ 頼らず……こらえるんだ それが人の 哀れみだとしても ただ……君 らしくあれ どんな星に生まれたとしても ……どんな日が 訪れるとしても」

 曲が終わる。

 ふうっと息をついて愛未は立ち上がりステージを降りた。

 そして両手を広げて大きな声で四人に宣言した。

「みんな私の今の夢を聞いて。私、独立して個人事務所を作る! そして最初に契約するアーティストは……フレイミングパイ!」

「うわあ~~ん、サトちゃ~~~ん!!」

 四人は愛未に走り寄り、子供のように大声を出して泣き出した。

 ポンズも、シーも、レアも、カグラも、みんな涙でぐしゃぐしゃだった。

 愛未も涙を流しながら、四人を大きく抱きしめた。

 この日から五人は新しい家族となった。

 *

 オーナーの岩田はティッシュの箱を持ったまま、五人を微笑ましく見守っていたが、結局そのティッシュは自分が最初に使った。

 空虚だったライブハウスは、今、愛と絆に満ち溢れていた。

 これが、フレイミングパイと愛未の新たな旅立ちの瞬間だった。

登場人物

フレイミングパイ

光月寛奈みつき かんな16歳(高1) ポンズ Vo.&Ba.

真白詩音ましろ しおん15歳 シー Vo. &Gt.

神楽坂奏多かぐらざか かなた15歳(高1) カグラ Gt.

宝来鈴愛ほうらい れあ17歳 レア Dr.

マネージャー

・さとう愛未あいみ

ROCK STEADYオーナー

岩田恒太郎いわたこうたろう

ブラックシトラス

・マキ Vo.&Ba.

・ユズ Vo.&Gt.

・ナツ Gt.

・ミオ Dr.

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