EP.19 対バン!B.F祭 その2
十二月の中頃、空気が凛と冷たく澄んだ午後、フレイミングパイとブラックシトラスは、対バンライブの通しリハーサルのため、ライブハウス「ROCK STEADY」に緊張感を纏って集合していた。
対バンライブ「B.F祭」まであと一週間余り。
街はイルミネーションで彩られ、浮き足立った空気が漂っているが、メンバーたちの表情は真剣そのものだった。
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「B.F祭」では、第一部のオープニングはブラックシトラスの演奏から幕を開ける。
続いてフレイミングパイが熱演したところでブレイクタイム。
第二部では、趣向をガラリと変えて二組のトークショー。
愛未がMCとして、巧みに企画を回していく。
第三部はコラボ企画、マキ、シー、レアによる羊文学のナンバー、そして、ユズ、ナツ、ミオ、ポンズ、カグラがイーグルスの名曲で感動的に締めくくる流れだ。
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リハーサルでは、ブラックシトラスが先陣を切って演奏を開始していた。
フレイミングパイのメンバーは客席で息を呑みながら、その演奏に圧倒されている。
ブラックシトラスの音楽は、より実験的で、研ぎ澄まされた完成度を誇っていた。
ユズのハスキーボイスが、社会の矛盾や人間の内面を鋭く抉る歌詞を紡いでいく。
ナツのギターは、エフェクターを巧みに操り、現実と夢の境界を曖昧にするような幻想的な音色を生み出す。
マキのベースとミオのドラムが、複雑に絡み合いながらも鉄壁の安定感でリズムを刻み続ける。
四人の音が溶け合い、会場を異世界へと誘う。
「すごい……」
カグラが思わず呟いた。
「これがブラックシトラスの本気か……」
ポンズも唇を噛みしめる。
彼女たちの音楽は、聴く者を深淵へと引きずり込むような魔力を持っていた。
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続いて、フレイミングパイが弾けるような元気さで演奏に入った。
ただ今までとは明らかに違って、演奏の質に確固たる正確性が備わっていた。
シーの澄んだ歌声が、希望と情熱を真っ直ぐに届ける。
ポンズのベースが、躍動感あふれるグルーヴで楽曲を支える。
カグラのギターが、感情の起伏を豊かに表現し、楽曲に彩りを添える。
レアのドラムが、時に激しく、時に繊細に、バンドの心臓として脈打つ。
そして、自分たちの音楽世界に聞き手を引き込んだ瞬間、メンバーたちがそれぞれパフォーマンスのギアを一段階上げていく。
ブラックシトラスが闇の深淵へ誘うなら、フレイミングパイは光の中へ駆け出していく。
対照的な二組だからこそ、この対バンには意味がある。
愛未は客席から二組の演奏を見守りながら、そう確信していた。
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それぞれの演奏が終わった後、トークショー用の衣装に着替える。
告知動画、宣伝ポスター用に着用した制服風の衣装は、もうみんな慣れてしまって、堂々とステージへ並ぶ。
愛未もオーナーも微笑ましく見守っている。
ただ一人、シーだけはスカートとローファーに馴染めず、顔を真っ赤に染め、内股気味で肩をすくめている。
「あの、シー、そうしてると逆に可愛いすぎるで」
ポンズが茶化すように言うと、
「やめて」
シーが恥ずかしそうに抗議する。
相変わらずのポンズとシーのやりとりで、周りは和やかに笑い声を響かせている。
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愛未はトークショーの流れをメンバーたちに丁寧に説明し、本番で使う質問用紙にメンバーからメンバーへの質問を書いて、箱に入れるよう指示した。
「本番では、くじを引くようにこれを引いて、質問に答えるようにするから、ひとり三枚は書いてね」
メンバーたちはあーでもないこーでもないと頭を捻りながら、それぞれが思い思いの質問を書き綴っていった。
レアは悪戯っぽい笑みを浮かべながらペンを走らせている。
カグラは真剣な表情で、何を書くか悩んでいる。
「みんな書けたわね。じゃあ、流れ的に時間がないので、その衣装のままコラボ企画に移ります」
「なるほど、その方が統一感あっていいかもね」
と、みんな口々に賛同していたが、シーだけは相変わらず、憮然とした表情を崩さない。
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コラボ企画では、二手に分かれたグループが、それぞれの課題曲を心を込めて演奏する。
数回合わせた程度だが、驚くほどの完成度を誇っていた。
イーグルスの楽曲を聴いていたオーナーの岩田は、
「名曲ってもんは、五十年経っても色褪せないもんやね。ボクらも若いころ演ったけど、十代の女の子たちが今、これを演奏してるんは本当に感慨深いものがあるね」
と、深い感動を込めて愛未に語りかける。
そして同時に、この二組はきっとすぐに巣立っていくのだろうと、胸に寂しさが込み上げてきた。
これまでも、数多くのバンドが「ROCK STEADY」を巣立っていった。
メジャーデビューまで辿り着いたバンドもあれば、インディーズで今もささやかながらも活動を続けているバンド、志半ばで解散してしまったバンドもある。
しかし、しっかりとこのハコを守って送り出してやらねばと、気持ちを新たに切り替えた。
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リハーサルを終えると、オーナーの岩田と愛未を訪ねて、何組かの大人たちがやってきた。
地元メディアの取材陣や地元ラジオ局の関係者だという。
そしてもう一人の客人は愛未と親しそうに談笑した後、すぐにスタッフルームから出てきて、足早に外へ出ていった。
スーツで身を固めた男性だった。
先に着替えを終えていたポンズとシーは、その一連の様子を興味深く見守っていた。
「なんか、緊張感増すな、ああいうの見てると。サトちゃんいて大助かりやな」
ポンズが率直にシーに話しかけた。
「うん……」
シーは心なしか元気なく、力ない返事をした。
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「どうかした? シー。そんなに制服衣装いややった?」
「違う違う、そりゃいややけどみんなで決めたことやしな。そうじゃなくて、コラボ曲のことや」
シーの表情に陰りが差す。
「え? すごい出来やったで、あの三人でデビューできるんちゃうかと思ったくらいやった」
ポンズが驚いて反応する。
「だからよ! あまりにもハマりすぎて怖くなったんよ」
シーは心の奥に潜む不安を、ポンズに素直に打ち明け始めた。
「これはマキちゃんからの、何かしらのメッセージかなって考えてしまったんよ」
「メッセージ?」
ポンズが眉をひそめて尋ねる。
*
「あの曲に至っては、レアもシンプルに削ぎ落として叩くしかないようになってるし、うちの路上でやってた曲の完成形に近い気がしたんよ。詞に関してはまだまだ自分は未熟やとも思ったし…マキちゃん、まさかうちはソロの方で…」
ポンズが心配そうな表情になり、シーの瞳を真剣に見つめていた。
シーは以前、芸能事務所とレコード会社のスタッフに会ったことがある。
でも、自分の音楽をやらせてもらえない危機感があって、その話は断った。
もし、そんな危機感なくソロを続けていたら、今頃どうなっていただろう——。
そんな「もしも」が、ポンズの心をよぎった。
その視線に気づいたシーは、
「…だけど、うちに足りひんもんは、あんたが補ってくれてる。それをアウトプットできるんはフレイミングパイだけや」
シーはポンズの目を真っ直ぐに見つめた。
ソロに未練なんてない。
今の自分には、フレイミングパイしかない。
その想いを、言葉にせずとも伝えたかった。
ポンズはシーの瞳に宿る決意を読み取った。
だから迷いなく、シーを優しく引き寄せた。
「やめて」
といつものように、引き剥がそうとしたが、
「やめへん」
とポンズは温かい力を込めた。
シーは抵抗する力を緩めた。
二人はしばらく、そのまま黙って寄り添っていた。
言葉なんていらなかった。
この温もりだけで、十分だった。
*
メンバーが全員着替えを終えて楽屋に戻ってきた。
ブラックシトラスのメンバーは挨拶もそこそこに、そそくさとライブハウスを出ていってしまった。
「反省会……みたいなことしないのかな?」
カグラが素朴に声をかける。
「サトちゃんも忙しそうやからな、うちらこれからどうする?」
レアがポンズとシーに意見を求めた。
「ん? 二人ともどうかした?」
なぜか照れたように頬を赤らめている二人。
体を寄せ合っていたことは、誰も気がついていないのだが……。
「お開きにしますか」
メンバーたちは愛未に声をかけ、ライブハウスを後にし、それぞれが思い思いの帰路についた。
*
ひとりになったポンズは、シーの不安げな言葉を反芻していた。
「シーは元々はソロでのデビューを望んどった。シーはああは言ったけど、自分の曲の完成形のもう一つの可能性がよぎったんやろな」
冷たい風が頬を撫でる。
ポンズは小さくため息をついた。
歩みを進めているうちに、あるカフェの横を通り過ぎた。
窓越しに見える席には、ブラックシトラスメンバーの姿がある。
「なんや、自分らだけで反省会でもしとったんか……あれ?」
さっき、すぐに出ていった男性と同席しているのが見えた。
「さっきの人や。ブラックシトラスにもサトちゃんみたいな人がおったんやな」
ポンズは、あまり深く気に留めず家路についた。
まさかあの男性が、愛未の会社の上司だとは知る由もなかった。
*
いよいよ対バン企画「B.F祭」開催の日がやってきた。
ライブハウス「ROCK STEADY」の前には、いつもより遥かに長い列ができている。
ブラックシトラスのファンは、自身も黒を基調としたクールな服装で統一している。
フレイミングパイのファンは、シーの路上時代のファンを中心に、市内の学生ファンが大部分で、皆それぞれ色とりどりの個性的な服装をしている。
中にはレアのように、アクセサリーを体中に身につけているファンもいる。
そしてシーポンズから増えた、中年男性のファンも混じっていた。
皆チケットを大切そうに握りしめ、和気藹々と今か今かと開場を心待ちにしている。
*
開場の時間が訪れてライブハウスが開かれると、今日のライブを記念したグッズを求めてファンたちが長蛇の列を作る。
好評を博した制服衣装の二組の写真がプリントされたTシャツは、あっという間に完売してしまった。
オーナーの岩田と数人のスタッフは、ドリンク売り場で息つく暇もなく忙しく切り盛りしている。
楽屋では、オープニングを飾るブラックシトラスのメンバーたちが、気合を入れて準備している。
フレイミングパイのメンバーは見たことのない観客の入りを目の当たりにして興奮している。
「ウオォ~燃えてきた~」
ポンズが野性的に吠える。
落ち着いた表情のシー、ストレッチをしているレア、そしてカグラは挙動不審にバタバタと体を動かしている。
「カグちゃん落ち着こう!」
シーが優しく声をかける。
スタッフルームには、地元メディアの取材陣と、以前ブラックシトラスと一緒にいた愛未の知り合いと思われる男性が座っている。
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客席では、メンバーたちが選んだお気に入りの楽曲が流れている。
観客たちが、前から順に詰めて、自分の特等席を確保していく。
今日の「ROCK STEADY」の客席はスタンディングで、ほぼ満杯状態となった。
「行こう」
マキがメンバーに凛とした声をかける。
その様子を見たフレイミングパイのメンバーは出口付近に並び、出ていくブラックシトラスのメンバーたちと拳を合わせる。
マキがレアの前で足を止めると、
「先に行くで」
と声をかけた。
わかりきったことを言うなとレアは心の中で苦笑したが、マキの目は随分先の方を見据えている気がした。
その瞳には、何か決意のようなものが宿っていた。
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会場で流れるBGMはブラックシトラスのライブ会場ではお馴染みの楽曲へと変わっている。
それを聞いてブラックシトラスのファンたちのボルテージが一気に上がっている。
そして、その楽曲のボリュームが徐々に上がり、照明が落ち、ブラックシトラス入場のSE曲がけたたましく鳴り響く。
ファンたちは興奮の絶頂で歓声をあげ、
「ブラックシトラス! ブラックシトラス!」
と拍手と共にコールを叫び始める。
手を振りながらメンバーが現れると、歓声が爆発的に湧き上がった。
「いっくぞぉ~~~~~!!」
ボーカルのユズがマイクを握りしめて叫ぶと、ブラックシトラスの演奏が怒濤のように始まった。
*
ブラックシトラスはいつものクールな感じの表情ではなく、少し気合の入った鋭い眼光を放っていた。
しかし、その最高の技術力は完成度が高く、フレイミングパイの大人の観客層をも瞬く間に魅了していく。
ユズのハスキーボイスが、会場の空気を一変させる。
歌詞の一言一言が、聴く者の心に突き刺さっていく。
ナツのギターが、現実と幻想の境界を曖昧にする。
時に歪み、時に澄み渡る音色が、聴く者を異世界へと誘う。
マキのベースが、楽曲の骨格を支える。
低音が腹の底に響き、観客の体を内側から揺さぶる。
ミオのドラムが、変則的なリズムで楽曲に緊張感を与える。
予測不能な展開が、聴く者を飽きさせない。
前衛的な要素も巧みに取り入れ、ブラックシトラスのダークだがスタイリッシュな音のうねりが会場に激流のように注ぎ込まれていく。
やがてそれが渦巻きのように観客の体を飲み込み、心地よく揺らしてゆく。
圧巻のパフォーマンスでブラックシトラスのライブは感動的に終わった。
*
フレイミングパイは戻ってくるブラックシトラスを拍手で迎える。
ブラックシトラスのメンバーはいつもより汗だくで帰ってきた。
その気迫に圧倒されそうになったが、シーがマキの前に堂々と立った。
シーとマキは手を高く掲げ、パアン!と気持ちのこもったハイタッチを交わした。
言葉はなくても、その一瞬で全てが伝わった。
「負けへんで」
シーの瞳が、静かに燃えていた。
*
照明が再び落ち、フレイミングパイの入場SE曲が流れる。
フレイミングパイのファンたちは歓喜の声を上げる。
「シーちゃあん!」
今日は野太い男性の声も聞こえる。
いつものように、メンバーみんなの名前が愛情を込めて叫ばれる中、フレイミングパイもまた手を振りながら登場し、自分の位置についた。
そして、一斉に最初のコードを鳴らした。
その音はとてつもなく大きく荒々しかった。
*
レアのドラムの乱れ打ちから、カウントを入れて曲に入るパターンが今回の決まりごとだが、レアはドラムを突然スローテンポに転じ、音量も落としていった。
驚いたポンズ、シー、カグラはレアの方を見つめた。
「あせんな、あせんな、じっくり入っていくよ」
レアが目でそう訴えると、三人は深く頷いた。
最初のコードの荒々しさから、メンバーの気合がからまわっていることに気づき、レアはとっさに冷却装置の役割を果たした。
これまで後ろから煽るように叩いてきたレアとは思えない、見事な判断だった。
ブラックシトラスの圧倒的なパフォーマンスを見た後だ。
焦る気持ちは当然ある。
でも、焦っては自分たちの良さが出ない。
レアはそれを、一瞬で見抜いたのだ。
*
「ワン、ツー、スリー、フォー!」
レアが改めてカウントをとり、フレイミングパイの演奏が始まる。
「フレイミングパイ、いっくでぇぇぇぇぇ!!!」
ポンズが魂を込めて叫んだ。
観客たちも大声でそれに応える。
フレイミングパイはこれまでのようなただ元気な演奏ではなく、落ち着きのある演奏から静かに始める。
シーの歌声が、会場に優しく響き渡る。
希望を歌い、夢を歌い、今この瞬間を共に生きる喜びを歌う。
ポンズのベースが、その歌声を力強く支える。
躍動感あふれるグルーヴが、観客の体を自然と揺らす。
カグラのギターが、感情の機微を繊細に表現する。
時に切なく、時に力強く、楽曲に彩りを添える。
レアのドラムが、バンドの心臓として脈打つ。
時に激しく、時に繊細に、四人の演奏を一つにまとめ上げる。
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時間が経つにつれて、観客と一緒に、その熱をどんどん凝縮し、一気に爆発させた。
その瞬間、フレイミングパイのファンも、ブラックシトラスのファンも、区別なく飛び跳ね始めた。
まさかのリアクションにメンバーたちもステージで飛び跳ねる。
これまでの練習の成果か、そのような興奮状態でも演奏が驚くほど安定している。
今日初めて見せる会場との一体感が、メンバー全員の飛躍的な成長を感じさせた。
それを見ていた愛未の頬を、感動の涙がゆっくりと伝った。
この子たちは、こんなにも成長していたのだ。
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そんな興奮したステージをクールダウンするかのように、カグラ作曲の「Evening Calm」が始まる。
フレイミングパイ初のインストゥルメンタル楽曲だ。
フレイミングパイが初めて見せる音とリズムのアーティスティックなパフォーマンスと、カグラの魂のこもったギターソロに、観客たちは深く酔いしれた。
夕凪の静けさ、穏やかな波、沈みゆく太陽——。
言葉がなくても、音だけで情景が浮かんでくる。
カグラの感性が、この楽曲に命を吹き込んでいた。
フレイミングパイは残りの楽曲も、いつもの元気さとパワーを存分に見せつけて、会場を熱狂の渦に巻き込んだ。
*
B.F祭、第一部はブラックシトラスのファンも、フレイミングパイのファンも、大いに盛り上がった。
ブラックシトラスは闇の深淵へ、フレイミングパイは光の彼方へ。
対照的な二組が、この「ROCK STEADY」という場所で交差した。
それは、音楽の可能性を広げる、素晴らしい化学反応だった。
登場人物
フレイミングパイ
・光月寛奈16歳(高1) ポンズ Vo.&Ba.
・真白詩音15歳 シー Vo. &Gt.
・神楽坂奏多15歳(高1) カグラ Gt.
・宝来鈴愛17歳 レア Dr.
マネージャー
・さとう愛未
ROCK STEADYオーナー
・岩田恒太郎
ブラックシトラス
・マキ Vo.&Ba.
・ユズ Vo.&Gt.
・ナツ Gt.
・ミオ Dr.




