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EP.13 フレイミングパイ

 控室で四人は最後の確認をする。

「今日はうちらの音楽をしっかりやろう」

 ポンズが言った。

「うん、みんなで作り上げてきた音楽やからね」

 シーが続けた。

「うち、本番は絶対に最後まで全部出す」

 レアが力強く宣言した。

「わたしも…今日は遠慮せずに、思いっきりギターを奏でる」

 カグラがいつになく強い口調で言った。

 四人の心は一つになっていた。過去の傷も、不安も、この瞬間には乗り越えられるような気がしていた。

 そして、ついにポンズたちの出番が回ってきた。

「フレイミングパイさん。よろしくお願いします!」

 スタッフの声に案内され、四人は立ち上がる。フレイミングパイは新たなフェーズに進もうとしている。

 レアは深呼吸をして、スティックを握り直した。今度こそ、最後まで自分らしく演奏する。

「さあ、行くで」

 そうつぶやくと、アクセをチャラチャラ鳴らしながら、三人の後を追った。


 本番!フレイミングパイの順番が回ってきた。四人はステージのそでで円陣を作って、気合を入れた。

「よっしゃ、行こう!」

 四人がステージに行くと、歓声が上がった。

「シーちゃ~ん!」

 シーの路上ライブの時のファンがいる。

「ポンズちゃ~ん!」

「カグラちゃ~ん!」

「宝来さ~ん!」

 解散ライブの時のバンドメンバーや、後輩バンドのメンバー、そしてその時の学生さんたちが声援を送ってくれた。おかげで、他のバンドの固定客で埋め尽くされていた客席はアウェイではなくなった。

「フレイミングパイです。うち、光月寛奈みつきかんな、略してミツカン、というわけでポンズって呼んでください!」

「どういうわけよ?」

 ドッ、観客が笑う。ポンズがいつものようにツカミのMCを行い、今回はシーがツッコミを入れた。そしてフレイミングパイの演奏が始まる。


 ステージ上に立った四人は、これまでとは違う輝きを放っていた。スポットライトがシーを照らすと、彼女の透明感のある美しさが際立った。

 1曲目はシーの未完成の曲に、後半部分をポンズが継いだもの。イントロのギターリフをシーが奏でると、ポンズ、カグラ、レアのそれぞれの音が重なり起爆する。その瞬間、会場の空気が一変した。繊細で美しいカグラのギターのメロディーラインが、まるで水面に描かれる波紋のように客席に広がっていく。

 シーが歌い始める。彼女の声は、少しハスキーながら透明で、まるでクリスタルのように純粋なのに力強い。路上ライブで培った表現力が、ここではより深く、より豊かに響いている。

 歌詞の一つ一つが心に染み入るように歌われ、観客は静かに聞き入っていた。そして楽曲の中間部分で、ポンズのベースラインが変わっていく。シーの重厚な世界観が王道ロックに変貌していく。レアも続き、重低音が響く。

「すげぇ...」

 他のバンドのメンバーがつぶやいた。可愛い見た目の女の子たちがどんな音楽をするのかと思いきや、オルタナティヴロックを想起する雰囲気を醸し出してくる。そして四人の音が完全に一つになっている。


 2曲目も同じくシーの楽曲をベースにしたバラードナンバー。ここではシーのボーカルとポンズとカグラの2声コーラスを基本とし、レアは前半と後半でドラムの表情を変えていく。

 レアのドラムが静かにリズムを刻み始める。前のバンドでの失敗を乗り越え、今の彼女は自分のスタイルを活かしながらも、バンド全体のことを考えて演奏していた。派手なアクセサリーは今日も身につけているが、演奏の邪魔にならないよう工夫を凝らしている。

 シーの歌声に、ポンズとカグラのハーモニーが重なる。三人の声が絡み合い、まるで天使のコーラスのような美しい響きを作り出していた。

 観客席では、マキも含めた他のバンドメンバーたちが見入っていた。特にマキは、レアの演奏を食い入るように見つめていた。以前とは明らかに違う。レアは自分を抑えることなく、それでいてバンドと完璧に調和している。

「あの子、変わったな…いや、あの三人があの子を引き出してるんや。うちにはできんかったな」

 マキは小さくつぶやいた。


 3曲目はポール・マッカートニーの「Flaming Pie」のカバー。ノリの良い軽快なロックンロールでポンズがボーカルを取った。

 ♪Making love underneath a bed. Shooting stars from a purple sky. I don't care how I do it. I'm the “girl” on the flaming pie.

 歌詞を少しアレンジして、ポンズの力強い歌声が会場に響く。彼女の持つエネルギッシュな魅力が存分に発揮された。原曲のピアノのリフをカグラが完璧に再現し、アウトロではアドリブでポンズがステップを始めると、シーも合わせてステップを踏んだ。

 二人は顔を見合わせ笑っている。カグラもリフを弾きながら笑っている。最初はサイドステップだったが、ポンズがボックスステップに変化、シーが真似してついていく。スネアの回数が増えるとそれに合わせ足踏みになっていく。この可愛らしいノリに、観客席にも熱気が伝わった。一転して2曲目までとは違って明るい雰囲気になり、手拍子が自然に起こる。

「いいじゃん!」

「すげー!」

 他のバンドのメンバーからも歓声が上がった。フレイミングパイの多様性に、誰もが驚いていた。バラードからロックンロールまで、どのジャンルでも高いクオリティで演奏している。

 レアは笑顔でドラムを叩いていた。楽しい。心から音楽を楽しんでいる自分がいる。前のバンドでは感じられなかった、この開放感。


 そして最後の4曲目。シー作詞、ポンズ作曲の「フレイミングパイ」。四人の個性をふんだんに取り入れたフレイミングパイを象徴する楽曲だった。

 この曲は、彼女たちの音楽的な冒険心を表現した1960年代風味の軽快なロックンロール。ポンズとシーが、ハモりとユニゾンで歌うダブルボーカルで、カグラのギターソロとレアのドラムソロが後に控えているが、ポンズの発案でさらに何か構成されているらしい。

 イントロでカグラのギターが軽快なリフを奏でる。彼女の技術的な成長は目覚ましく、以前の控えめな演奏とは別人のようだった。

 シーの詞を、ポンズの作ったメロディーに乗せて、ポンズとシーの声が絡み合い、それぞれの個性を活かしながらも完璧な調和を生み出している。ポンズの力強さとシーの透明感が、お互いを引き立て合っている。

 そして楽曲の中間部分で、待ちに待ったカグラのギターソロが始まった。

「カグラ!」

 シーのシャウトでカグラが一歩前に出る。彼女の指が弦を滑ると、これまで聞いたことのないような美しくも力強いメロディーが流れ出した。

 技術的な正確性だけでなく、感情が込められたソロだった。控えめだった彼女が、ついに自分の音楽的な感情を解放した瞬間だった。

 観客席からは感嘆の声が漏れる。

「すげぇテクニックじゃん」

「あの子、こんなに弾けたんだ...」

 そう言って、愛未も舞台袖で感動していた。カグラのことはまだ過小評価していたようだ。この瞬間は特別なものになった。

 ギターソロが終わると、ポンズがシャウトする。

「シー!カモン!」

 なんとシーはブルースハープのソロを初披露した。路上ライブでもあまり使ってこなかったのだが、ポンズはシーのケースの中にあるのを目ざとく見つけていたのだ。

 ポンズはこの曲を作曲するにあたり、全員のソロを盛り込もうと考えたのだ。当然次は…

「ベース、ポンズ!」

 シーのシャウトでポンズのベースソロが始まる。まるで歌でも唄うように、ベースがメロディを奏でていく。ポンズは思う存分自分の表現力を発揮していった。

 そして、ポンズがシャウトする。

「レア!カモン!」

 ついにレアのドラムソロが始まった。

 レアは深呼吸をして、スティックを握り直した。前のバンドでの失敗、マキとの確執、自戒を込めた助っ人の日々、そしてフレイミングパイでの新しい出会い。全ての想いを込めて、ドラムを叩き始めた。

 技術的にも感情的にも、これまでで最高の演奏だった。派手でありながらも品があり、激しくありながらも美しい。レアらしさを失うことなく、バンドと完璧に調和したドラムソロだった。

 ♪ドンドンバッ、ドドンバッ

 複雑なリズムパターンを軽々と叩きこなし、最後にはスティックを高く上げてフィニッシュ。アクセサリーは一つも外れることなく、完璧な演奏を披露した。

 観客席から大きな拍手が起こった。マキも立ち上がって拍手していた。

「レア…すごい」

 ドラムソロが終わると、四人全員が再び合流。楽曲のクライマックスへ向かっていく。

 観客席では、手拍子とともに拳も上がり出す。フレイミングパイの音楽が、会場全体を一つにしていた。

 シーのハスキーで美しい歌声、ポンズのエネルギッシュなボーカル、カグラの美しいギター、レアの力強いドラム。四つの個性が完璧に調和して、一つの美しい音楽を作り出している。

 愛未は舞台袖で満足そうな顔をしている。

「みんな、こんなポテンシャルを…」

 楽曲が終わりに近づく。四人は最後の力を振り絞って演奏していた。

 最後の音が会場に響き渡ると、しばらく静寂が続いた。そして次の瞬間、会場は割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。

「ブラボー!」

「アンコール!」

「フレイミングパイ!」

 観客は総立ちで拍手を送っていた。他のバンドのメンバーたちも、心からの賞賛を送っていた。

 四人は手を取り合って、深々とお辞儀をした。

「ありがとうございました!」

 ポンズが代表してお礼を言うと、さらに大きな拍手が起こった。


 帰ってきた四人に愛未が声をかけた。

「お疲れ様でした。改めて、マネージャーとしてみんなをサポートさせてもらうことを宣言させてもらいます。今のご時世、何のタイアップもなければ、亀のようにノロノロと行くしかないけれど、みんななら大丈夫と確信しました」

「うちらもよろしくお願いします。サトちゃんさん」

「うふふ、みんな私のことはサトちゃんでいいよ」

 和気あいあいと今日のライブを振り返る。

「何あのステップ?急に踊りだすとかなんなん?」

「いやシーもノリノリやったやん。あれ定番にしようや!あとハープいけてたで!」

「ロックに合うもんやな!これも新しい発見や!」

 ポンズとシーがやり合っている。それをカグラはじっと見つめていた。それに気づいたレアは、

「どうしたん?カグラちゃ~ん」

「わたし、あの二人に追いつきたい。わたしにもフレイミングパイの曲、作れるかな?」

 レアはいつもおとなしいカグラの内なる闘争心を垣間見て驚いた。そうか、カグラは緊張で黙ってたんじゃなくて、ポンズとシーの様子を見て、羨望していたのか。

 そういう考えに至ったレアは満面の笑みで、カグラを肩に引き寄せ言った。

「よ~し、そういうことならうちも協力するで~」

 インディーズフェスは大盛況に終わった。どのグループも素晴らしい演奏で、互いが切磋琢磨し、ステージ裏では互いの健闘を讃えあい、再会を誓うのであった。


 全員が10代のフレイミングパイは足速に荷物を搬出し、クルマに乗り込み、会場を後にした。

「ROCK STEADY」前にクルマを停めた愛未が車内を見ると、四人は疲れて眠ってしまっていた。四人の寝顔を見て愛未はつぶやいた。

「何?静かだと思ったら…しょうがないなあ」

 愛未はしばらくそのままで、街ゆく人の流れや、車のライトを見続けながら、クルマの中でバンドの行く末を思案していた。

「さあ、フレイミングパイ、第2部の始まりよ」


〜エピローグ〜

 ライブが終わり、四人はそれぞれの家で、ライブでの演奏のことを思い返していた。

 ポンズは天井を見上げながら、これからのフレイミングパイのことを考えていた。今回は一つの節目だった。でも、これは始まりに過ぎない。

 シーは自分の部屋で、新しい楽曲のメロディーを口ずさんでいた。今回の成功が、さらなる創作意欲を掻き立てていた。

 カグラは楽譜に新しいアイデアを書き込んでいた。ギターソロを成功させたことで、自信がついた。今度は自分で曲を作ってみたい。そんな気持ちが湧き上がっていた。

 レアはドラムスティックを手に、消音パッドを叩いていた。ライブは最高だった。マキとも和解できたし、自分らしさを失わずにバンドと調和することができた。

 四人の心は、それぞれ新しい夢と希望で満ちていた。

 フレイミングパイの物語は、加速してゆく。


 第1部 完


『PONZ! ~ポール・マッカートニー大好きっ子が、路上ライブのシンガー、内気な天才ギタリスト、アクセ好きドラマーを口説いてバンドを組んだ話~』第1部を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。

主人公の光月寛奈みつきかんな、通称ポンズは、私が構想していた物語のボツ案からの流用キャラクターでした。ボツ案でも、略してミツカン、あだ名がポンズ、ポール・マッカートニー好きの、生粋のベーシストという設定でした。

そして、自分のジョン、ジョージ、リンゴを探して自分のバンドを組むんだということで、毎回しつこく勧誘しに来ますが、その都度振られるというネタキャラだったのです。

あるとき、ふとガールズバンドものを書きたいなと思い、彼女にスポットを当てて、ポンズが実際メンバーを集めてしまったらどうなるんだろう?と思い立ちました。

そして、いったん書き始めてしまうと、不思議なことに話がポンポン出来上がってしまったのです。

最初は、なかなかポンズの言うことは理解してもらえず、振られっぱなしでいこうと思っていましたが、真白詩音シー神楽坂奏多カグラそして宝来鈴愛レアのキャラ像が出来上がってしまうと、早く四人が一緒に活動している姿を書きたいなと思い、案外あっさりバンドを組ませてしまいました。そんなわけで、口説いた感があんまりない気がしないでもありません。しかし、そのおかげもあって、シーのギターを買いにいくエピソードや、ゲストで出演したライブでレアと出会い、そのライブの観客が見守る中バンドが誕生するというエピソードにつながりました。

こういうエピソードは、自分の頭の中でキャラたちがどんどん勝手に動き始めてしまうことで出来上がっていくのですが、これが創作の面白さをとても感じられる瞬間なんです。

フレイミングパイというバンド名は、作中でもポンズが説明していますが、ジョン・レノンのビートルズの命名理由のジョークエピソードからであることは言うまでもありませんね。

この物語の構想中に、ポール・マッカートニーのソロアルバムを聞いていて、このエピソードを思い出したのですが、彼女らのバンド名にぴったりだと思ったのです。パイってなんとなく可愛らしいお菓子じゃないですか、それが燃え(萌え)盛るんですから。

「Flaming Pie」というバンドは、海外にも国内にも複数組存在するのを確認したので、こっちはカタカナ表記で使用することとしました。「フレーミングパイ」とか「フレイミン’パイ」とか一応代案もあったりします。

そんなフレイミングパイのスタイルは、シーのオルタナティブロック的な雰囲気に、ポンズの王道ロックの軽快さが融合されたようなスタイルだと考えています。

ポンズ、シー、カグラ、レアの四人の少女たちが、音楽を通じて成長していく姿は、今後も続けて執筆しようと考えています。

第1部では、バンドの結成からライブでの成功までを描きましたが、これは彼女たちの物語の始まりに過ぎません。第2部では、より本格的な音楽活動、メンバー同士の深い絆、そして新たな挑戦が待っています。

愛未マネージャーの言葉通り、「第2部の始まり」として、フレイミングパイはさらなる高みを目指していきます。

彼女たちの友情、音楽への情熱、そして青春の輝きが、読者の皆様の心に少しでも響いていれば幸いです。

次回、おまけ企画でもう1度更新いたします。もう少しお付き合いください。


文月あやつき


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