EP.12 譲れないもの
「驚いた…」
フレイミングパイのマネージャー候補さとう愛未は呟いた。ライブハウス「ROCK STEADY」で、フレイミングパイのメンバーは愛未に、課題の3曲を聴かせた。
「シーには、ソロでは自分の世界だけで完結してしまう。でもバンドは化学反応。予想もしない音楽が生まれる。ってこと、教えたかったのに、なんでこうもあっさりクリアしちゃうのよ!」
愛未は、ひきつった笑顔でそう言いながら、ポンズを見つめた。
「ポンズちゃん、あんた只者じゃないね」
「え?うちは、したいようにしただけやけやし。うちのしたいことと、シーの足りんって思っとったことが一致したんよ。それにシーの柔軟性がすごいんと思う。エレキに慣れるんめっちゃ早いし」
愛未の頭の中で、フレイミングパイのサポートがシー中心だったのが、書き換えられていく。今の段階では、シーとポンズの融合がこのバンドを引き上げていくというのが明確となった。
「いける!これなら、フェスで埋もれることなく、フレイミングパイの爪痕を残すことができるよ!」
愛未は興奮気味に語った。そばで聞いているオーナーも期待感で胸を膨らませている。その二人をみてフレイミングパイのメンバーは顔を見合わせ、ニヤついた。そしてポンズが言った。
「サトちゃんさん、もう一個聞いてくれる?」
ポンズたちは、さらに用意していたバンドのオリジナル曲を愛未に届けた。
「えっ?」
愛未はさらに追い打ちをかけられ、絶句した。
そして、松山インディーズフェスの当日の朝がやってきた。
朝9時、四人はホームグラウンドである「ROCK STEADY」に集合していた。いつもの薄暗い店内も、朝の光が差し込むと違った雰囲気だ。
「みんな、おはよう!」
愛未が白いハイエースで到着した。
「サトちゃん、運転できたんや」
シーが機材を運びながら言う。
「そう、自分の運転で会場回ってソロ活動やってたのよ。今日の会場、知ってる?」
「うん、有名なとこや」
ポンズが答える。
「300人規模の箱やから、ROCK STEADYより大きいけど、そんなに緊張しなくても大丈夫」
四人で機材を積み込む。ポンズのベース、シーとカグラのギター、エフェクト機材、そしてレアのドラムセット。
「うわ、機材でパンパンや」
レアが三列目に押し込められる。
「ドラマーの宿命やな」
ポンズが笑う。
助手席にシー、二列目にポンズとカグラ、三列目にレアと機材と、それぞれ着座すると、
「じゃあ、出発するよ」
愛未がエンジンをかける。
ROCK STEADYから会場までは車で15分ほど。松山の市街地を抜けていく。
「なんか、遠足みたい」
カグラが呟く。
「遠足やったら、もっとお菓子持ってきたのに」
ポンズが冗談を言う。
「あかん、200円までや」
シーも冗談で切り返す。
「今日、何組出るん?」
レアが聞く。
「10組。うちらは7番目」
愛未が答える。
「ちょうどええな。前半の盛り上がりを引き継げる」
車内に少し緊張感が漂い始めた。
「大丈夫、いつも通りやれば」
愛未がバックミラー越しに四人を見る。
「練習の成果、見せたらええ」
車は会場の駐車場に入った。すでに他のバンドの機材車も停まっている。
「よし、着いた」
四人は顔を見合わせ、深呼吸をした。
「フレイミングパイ、行くで!」
ポンズの掛け声で、全員が車を降りた。
いよいよ、フレイミングパイの挑戦が始まる。フレイミングパイの一行は、関係者専用の駐車場に車を停め、楽器や機材を降ろし始める。すでに他のバンドの車も何台か停まっていて、それぞれが機材を運び出している。
ここは松山にあるライブハウスの中でも歴史あるライブハウスだ。最新の音響設備を導入したメインホールと、より小規模なイベントに対応する多目的ホールの2つの会場を持ち、バンド、DJ、アイドル、弾き語り、お笑いなど、幅広いジャンルのイベントが開催されている。今日は10組のバンドが出演し、フレイミングパイは7番目である。
楽器や機材を降ろしている四人のもとへ、すでに到着している出演バンドの一人が声をかけてきた。
「へえ、レア、このバンドにいるの?助っ人で?」
「マキ…うちもメンバーやで」
「ふうん、皆さんくれぐれもお気をつけて~」
マキは何やら含みをつけて、ポンズたちに忠告するように言った。
「ちょっとマキ!」
他のメンバーが、すみませんと頭を下げて、マキを連れていった。
「何あれ?」
シーがレアに尋ねた。
「あの子ら、うちが前におったバンドなんよ~、まあうちが悪いんやけどね~」
ポンズとシーは、以前解散ライブをしたバンドリーダーの言葉を思い出した。確か前のバンドをクビになったと。二人ともそれ以上はレアに何も聞かなかった。
ライブ会場では、出演バンドのリハーサルが、一組ずつ行われている。フレイミングパイも順番待ちをしている。ポンズとシーはいつもと様子が違う雰囲気に、胸が躍り、意気揚々としていた。
それに引き換え、カグラは終始無口で、レアも心ここにあらずだった。
愛未が声をかける。
「私、ソロの時は毎回吐きそうだったよ。全部一人で背負わなくちゃいけないから。でも、あなたたちは違う。四人で一つ、支え合える」
その言葉を噛み締め、四人は拳を合わせ、ステージへ向かう。
「フレイミングパイです。よろしくお願いします」
ポンズがPA卓や調整のスタッフに向かって丁寧に挨拶した。自分達の編成や、ギターのエフェクトの種類、モニターの音量などをスタッフと調整し、1曲通してみた。
10代そこらの可愛い女の子たちが、思わぬ演奏を始めたので、出演バンドのメンバーたちが、足を止めた。
「へえ…」
さっき忠告してきたマキが感心しながら聴いている。
「あ、マキおった。レアんとこ、やるやんか」
さっきポンズらに謝ってくれたメンバーに、感心している様子を見られて真っ赤になったマキは、
「さあ、どうやろかね」
と、言って去っていった。
「何よ、レア見てから様子が変やで」
控室に戻ったフレイミングパイ、ポンズとシーは演奏中、カグラとレアの異変に気づいていた。
シーが口を開いた。
「うちが、ソロデビュー決まりそうな時、どうしよかと悩んだままライブしたら、ポンズに見透かされてた。ポンズ、今もそう感じてるんやろ」
ポンズはうなずいて、意を決したように語りかけた。愛未は黙って見ていた。
「うん、レアちゃん、何があったか教えてもらってもかまん?」
「ああ、うち?ごめ~ん、後ろから煽るとか言うてたのにな~」
レアは、前のバンドでのことを話し出した。
元気で派手な格好で、アクセをたくさんつけているレアは、前のガールズバンドでも目立つドラマーであり、パフォーマンスも十分だった。しかし、バンド内での立場は微妙だった。
レアは技術的には優秀だったが、感情的になりやすく、時として他のメンバーとぶつかることがあった。特に、バンドリーダーでベーシストのマキとは、音楽的な方向性を巡って度々衝突していた。
「レア、もっとシンプルに叩いてよ。うちらの曲には派手すぎるわ」
「でも、ファンの子たちはうちのドラムを気に入ってくれとるよ?」
「ファンのことも大事やけど、バンド全体のバランスが崩れてるんよ」
「バランスって言うけど、マキだって結構目立ちたがりやん」
「何それ、私が目立ちたがり?レアの方がよっぽど…」
こんなやり取りが日常茶飯事だった。レアは自分なりに一生懸命やっているつもりだったが、マキからは常に「もっと控えめに」「もっとバンドのことを考えて」と要求された。でも、レアにとってドラムは自己表現の手段であり、抑制することは自分を殺すことのように感じられた。
そして、あの日がやってきた。ライブでの演奏中、レアは口論での苛立ちから、いつも以上の力でドラムを叩いていた。マキたちも力が入り、テンションが高く、演奏に熱が入っている。それに呼応し、レアも負けじと激しく、どんどん煽るようにドラムを叩いていく。
ライブ終盤、レアのアクセの一部がクラッシュ・シンバルに引っかかり、ライドシンバルやマイクと共に転倒転落させ、アクセのビーズが弾け飛び、演奏をストップさせてしまった。
「最悪や…」レアは心の中でつぶやいた。観客からは悲鳴とも歓声ともつかない声が上がり、他のメンバーは困惑の表情を浮かべていた。
「そっからライブがしらけてしもてね~、さっきのマキがそれはもう怒ってしもて、それでうちから身い引いたんよ」
レアはそう言うと、マキとの最後の会話を思い出していた。
「レア、うちらのバンド抜けるってほんとなん?」
「これはうちのスタイルやし…変えれんけん」
「スタイル?バンドより自分の見た目とか、好きに叩くことが大事なん?」
「そんなん言うたって、マキかて自分の好きなようにベース弾いてるやん!」
「私とあんたは違うわ!私はバンドのことを考えてる!抜けるんやったら好きにしたらええ。うちらとは音楽性が合わへんみたいやし!」
「…ほな」
レアはそれ以上、反論せず静かに身を引いた。
レアの話を聞いて、ポンズは言った。
「そっか、で、あの子らのおるところでは、ちょっと気が引けちゃったってことなん?」
「面目ない…でも、本番では大丈夫やから」
「カグラちゃんは緊張してるだけやもんね」
「ああ、えっと、あの、その」
「あははは、心配してへんよ、カグラちゃん火ぃつくの遅いだけやから。絶対うまくいくよ」
「うん…頑張る」
カグラは他に何か言いたそうだったが、愛未が割って入って、にっこり笑って言った。
「よし、心配なさそうね。それじゃ、本番まで時間があるから、フェスを楽しもう!」
松山インディーズフェスが開催された。四人はホールの後ろで他のバンドの演奏を見て、レベルの高さに圧倒されたり、すでに固定ファンがいるバンドの盛り上がりに気圧される。それでも四人は自分たちの演奏をすることに意識が向き始めていた。
レアは過去の失敗を思い出しながらも、今回は違うと感じていた。フレイミングパイでは、自分のドラムスタイルを否定されることはない。むしろ、ポンズやシー、カグラには自分の個性をぶつけていかないと置いていかれる。そしてぶつけていくと、それを活かそうとしてくれている。
「今度は絶対に失敗しない」
レアは心に誓った。
そして、控室に戻ろうとした時、マキたちのバンドと鉢合わせた。
レアが、マキの前に歩み寄って立ち止まったため、メンバーたちは固唾を飲んで見守った。
「マキ」
「何よ」
「うち、ずっとあの時のライブぶち壊したの後悔してるんよ。だからドラムの助っ人ばっかりやって、さまよい歩いてた。でもつまらんのよ。マキらの後ろで楽しかったんよ。けど、この子らがそれを思い出させてくれたん」
「だから?」
「マキらに負けんバンドになるけん」
そう言うと、マキは吹き出した。
「プッ!謝ってくれるん思たら、挑戦状でも叩きつけに来たん?」
「あれ?そう聞こえてしもたな」
マキとレアは笑い合った。これまでのつかえが取れたかのように心ゆくまで。
ポンズたちとマキのバンドのメンバーは、握手をしてお互いの健闘を誓い合った。
登場人物
フレイミングパイ
・光月寛奈15歳(高1) ポンズ Vo. &Ba.
・真白詩音15歳 シー Vo. &Gt.
・神楽坂奏多15歳(高1) カグラ Gt.
・宝来鈴愛16歳 レア Dr.
マネージャー候補
・さとう愛未20代半ば
レアがいたバンドのメンバー
・マキ Ba.&Cho.
・その他のメンバーたち




