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EP.10 マネージャー候補

 フレイミングパイの本格結成から二週間が過ぎた。

 ポンズは、午前中に学校へ行き、午後はポスティングのバイト、夜はシーのデモ音源のアレンジを考えたり、シーが路上ライブへ行くときは一緒に出かけた。

 シーは、早朝には体力づくりに励み、バイトが休みの日には、手に入れたばかりのエレキギターで夕方まで作詞作曲やデモ音源づくりをし、ポンズと都合が合う日は一緒に路上ライブに出かけた。

 カグラは、普段は普通の女子高生、授業や学校行事、定期テストをこなし、放課後はシーのデモ音源や、ポンズがベースを入れた音源をもとにリードギターのアレンジを考えるのが日課だった。

 レアは、日中はバイトをしているが、バイトのない日にはシーのデモ音源を聴き込み、夜はドラムの助っ人を請け負ったバンドのライブをたびたびこなしていた。

 四人は、週に二回スタジオで練習をし、前回出演したライブハウス「ROCK STEADY」のオーナーにシーとともに気に入られ、何度か出演を果たしていた。

 チケットはシーの路上ライブやレアのライブ先、また、前に出たライブに来ていた大学生たちの口コミのおかげもあり、順調にはけていた。


 ある土曜、ライブハウス「ROCK STEADY」。開演30分前、四人は楽屋で最終確認をしていた。

「今日は、平日と違って、お客さんそこそこ入ってくれたなあ。3曲目、新しいアレンジかますよ」

 ポンズが確認する。

「うん、レアのドラムソロからのやつ、絶対あがるで」

 シーが答える。

「楽しみやな~、思いっきり暴れるで~」

 レアはスティックをくるくる回しながら、すでにテンションが上がっている。

「わたし、まだ緊張する…」

 カグラが小さくつぶやいた。

「大丈夫、カグちゃんは後半型やからな。ライブ始まったら楽しんで弾いてるって」

 シーが励ます。


 ステージに上がった四人。観客は30人ほど。常連客に混じって、新しい顔も見える。近頃はシーの古参ファンとバンド結成後のファンの間で、コミュニティーもさかんになってきているようだ。

「フレイミングパイです!よろしくお願いします!」

 ポンズのMCで、1曲目が始まった。

 レアのカウント。

「ワン、ツー、スリー、フォー!」

 ドラムが刻むビートに、ポンズのベースが絡みつく。レアが加入してから、明らかに音の厚みが増していた。これまでの三人だけの演奏では出せなかった重低音が、ライブハウスの空間を震わせる。

 シーの新しいSeventy Seven のセミアコとボーカルが入る。路上ライブではアコースティックギターでの弾き語りだった曲が、バンドアレンジによって全く違う表情を見せ始めた。

 そしてカグラのリードギター。最初は控えめに、しかし徐々に存在感を増していく。青い Ibanez AZ2402から紡ぎ出される音は、シーのメロディーラインを美しく彩っていく。

 2曲目もシーの弾き語りの曲だが、シーがエレキギターを手にしてからバンドアレンジを意識して、キーやテンポを変化させた。シーの新しい戦力となった赤いセミアコから出る音は、温かくも力強い。

「シーちゃんの新しいギターかっこいい!」

 観客から声が飛ぶ。

 そして3曲目は、レアの見せ場から始まる。

 ドンドンドン、タカタカタカ。

 複雑なリズムパターンを刻みながら、徐々にテンポを上げていく。観客が体を揺らし始める。そこにポンズのベースが重なり、グルーヴが生まれる。

「うおお!」

 観客から歓声が上がった。

 カグラのギターが激しいリフを刻み始める。普段おとなしいカグラが、ステージでは別人のように激しく弾きまくる。その姿に、初めて見る観客は驚いている。

 そんなカグラを見て、「キタキタ」とポンズとシーが目を合わせ笑う。そしてシーのボーカルの声が響く。

 レアが加入してから、シーの歌い方も変わった。以前は自分一人で全てを表現しようとしていたが、今はバンドを信頼して、時には力を抜き、時には思い切り声を張り上げる。

 そして間奏では、四人の音が複雑に絡み合う。

 レアのドラムは暴走しそうなほど激しいが、決して他の音を殺さない。むしろ、メンバーそれぞれの個性を引き出すように、絶妙なバランスでリズムを刻んでいく。

 ポンズのベースは、そんなレアのドラムをしっかりと支え、時には遊び心のあるフレーズを入れる。

 カグラのギターは、表現的には未熟な部分もあるが、その分、確かな技術が感情をストレートに伝えてくる。

 そして、シーの声がすべてを包み込む。

 曲が終わると、大きな拍手が湧き起こった。

「すげー!」

「フレイミングパイ、いいじゃん!」

 観客の反応に、四人は顔を見合わせて微笑んだ。


 演奏を終え、片付けを済ませた後、夜のライブの出演者がなかったのでフレイミングパイのメンバーはゆったりとオーナーとおしゃべりを楽しんでいた。

 古い倉庫を改装したこのライブハウスは、薄暗い照明と煙草の匂いが染み付いた壁が、独特の雰囲気を醸し出している。ステージ前のスペースで、メンバーは缶ジュースを飲みながら寛いでいた。

「今日もよかったよ、特にドラムが入ってから迫力が違うね」

 オーナーが褒める。

「ありがとうございます!」

 四人が声を揃える。

「夕方の開演しかできないから、平日は集客も少なかったけど、今日みたいに土日もできたら、もっと増えるよ。まあ、土日は結構他のバンドでつかえてるんだけどね」

 オーナーは四人にそう言いながら、ある一人の女性が入ってきたことに気づいた。オーナーはびっくりした様子で言った。

「あいみちゃん!」

「久しぶり~オーナー、元気だった?」

 その女性を見て、シーも驚いた。

「あ、サトちゃん!」

「シー、久しぶり、バンド始めたんだってね」

「あ、さとう愛未さんやん」

 レアもその女性を知っているようだった。

 ポンズとカグラはポカンとしていた。

「あの、どなたで?」

 シーがポンズに説明する。

「ピアノ弾き語りのシンガーソングライターでデビューしたさとう愛未さんや、うちは中学の時、一回ここで一緒にステージに立ったことがあって、その時気に入ってもらって、失礼ながらサトちゃんなんて呼ばせてもらってるの」

「へ~ピアノの弾き語り、かっこええ!」

 素直に感心するポンズに、さとう愛未がポンズに話しかけた。

「君が、シーをバンドに引きずり込んだんだって?」

「え?あの、いけませんか?」

「ううん、ありがとうね!」

「え?」

 愛未の意外な反応にポンズは戸惑った。

「今回松山に戻ったのは、シーに業界の人間がアプローチかけに来たって聞いたからだったのよ」

「サトちゃんさんは、シーのソロデビューは反対やったと?」

「まあ、彼らのやり方はね…さっきシーは私をシンガーソングライターって言ったけど、シンガーソングライターだったが正解」

「え?サトちゃん、やめてたん?」

 シーがびっくりして愛未に尋ねた。

 愛未は自身の経験を語りだした。シングルを数枚、アルバムを1枚発表後、大きなライブもできず、レコード会社の契約が打ち切られ、その後もネット配信を中心に後ろ盾なしで何もかも一人で背負ってソロ活動をしていたが、数年前、感染症流行の影響で限界を迎えた。今は音楽業界の裏方として、アーティストをサポートする側に回っていた。

「動くのが遅くなってしまったけれど、戻ってきてびっくりしたの。シーはちゃんと自分の音楽をやる選択をしている。さっき、ここであなたたちの演奏を見て確信したの。シーの曲はバンドだからこそ完成したように聞こえた。私にできることがあれば、バンドのサポートをさせてほしいの」

「何?サトちゃん、マネージャーでもしてくれるん?」

「みんな10代でしょ?きっと制限も付きまとうし、いろんな大人との交渉は私に任せてほしいの」

「願ってもないことやけど、みんなはどう思う?」

 シーはみんなに尋ねる。

「うちはライブでいっぱいのお客さんの前で演奏ができればええよ~」

 レアは即答した。

「わたしは、ライブで自分のことをちゃんとできるようになれればそれでいい。でもこのバンドはポンズちゃんが発起人やから」

 カグラはそう答えた。

「ポンズ?」

 シーがポンズに尋ねる。ポンズは珍しく黙り込んでいた。そしてようやく口を開いた。

「うちは、ほんまにただバンドを結成したかっただけなんよ。ほんで結成が叶って、シーもカグラちゃんも、レアちゃんもみんな凄過ぎて、なんか、ここまでとんとん拍子でこれてる。ここへ来てマネージャーとか…」

「まさか、ポンズは反対なん?」

「ああ、違う違う…うちはまだ部活みたいなノリでおったんやな~って思っただけ。この先を考えんってことはなかったけど、なんか今のまんまで満足しとったんよ」

 ポンズは愛未を見つめ、続けた。

「あの、サトちゃんさん、なんていうか、これからバンドがぶつかりそうな壁…いうんかな?そんなんて、今のうちらにはわからん。そんなわからんこと任せといたら、うちらのバンドちゃんと大きくなれる?」

 愛未は、ポンズの真っ直ぐなバンド愛を感じ、なぜシーがこの道を選んだか理解した。愛未はポンズの肩に手をやり、

「任せといて、そのために来た」

 ポンズはいつもの笑顔になった。他の三人も安堵の笑顔でポンズを見つめた。

「でもね、みんなには一応超えてほしい山もあるのよ」

 愛未は、サポートの計画はある程度考えているが、いくつかの条件をクリアしてほしいと、フレイミングパイのメンバーへ課題を出す。

「ちょうど、1ヶ月後、松山インディーズフェスがあるの。ここにフレイミングパイも出演する」

「おお~!」

「ただ、今はシーのこれまでの楽曲をアレンジしたバンドに過ぎないってこと。シーには固定ファンもいるし、その子達にとっては、シーにバックバンドがついたって感覚だと思うの。バンドのコンセプトとなる曲、フレイミングパイの曲を一から作る必要があると思うのね。カバー曲があってもいいから、最低3曲、みんなの…バンドの名刺代わりの曲を持って、このフェスに参加してほしい」

 四人の顔つきが変わった。

「曲のストックはある。でも、ほとんどがうちの個人的な曲に過ぎんし、確かに弾き語り向きや。エレキ持ってからそのへん意識はしてたけど、どうしても重たい感じになって未完成ばかり」

 シーはあれこれと考えながら、

「この子らと一緒に作る曲か…」

 と、ポンズの顔を見た。ポンズはシーと目が合うとニターっと笑った。シーはそんな予想に反するポンズの顔を見るとギクッとした。

「ポンズ、またなんか企んでるやろ」

「うん、ちょっとね~ずっと考えてたことがあったんよ~」

「さ~すがポンズちゃん。あんたのそういうとこおもろいんよな~」

 レアは期待感を込めてポンズにエールを送った。

「よし、明日いつものスタジオに集合や!」


登場人物

フレイミングパイ

光月寛奈みつき かんな15歳(高1) ポンズ Vo. &Ba.

真白詩音ましろ しおん15歳 シー Vo. &Gt.

神楽坂奏多かぐらざか かなた15歳(高1) カグラ Gt.

宝来鈴愛ほうらい れあ16歳 レア Dr.

マネージャー候補

・さとう愛未あいみ20代半ば

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