EP.9 爆誕!
ツタタン、ツタタン。
慣れた手つきで、ドラムの位置や、スネアやペダルの調整をしていく。
ドラムに座った彼女の表情は、とにかく落ち着き払っている。銀色の髪を後ろで一つに結び、切れ長の目は冷静にバンドメンバーを見渡している。
「みんな、今日は俺たちの解散ライブに集まってくれてありがとう。じゃあ最初から飛ばしていくぜ!」
今日主催のバンドのリーダーがそう声を上げる。ポンズは他の観客と声を上げて拍手をしたが、シーとカグラはなぜか引きつって微妙な顔をしていた。なるほど、これが陽キャと陰キャの差なのだろう。
「ワン、ツー、スリー、フォー!」
とドラムの彼女がカウントをとり、勢いよく演奏がはじまった。
客席の後方から見ていたポンズたちは、その演奏の音圧に圧倒されていた。
「リハの時とは違う迫力、やっぱドラム入ると違うね」
「うん、でも速くない?」
ポンズとシーはそう話していたが、演奏を聴きながらバンドメンバーの様子を見ていて、考えが変わっていく。
ドラムの彼女は、彼女がいなかったリハの時より明らかに速いテンポで叩いている。しかし、彼女の表情は、バンドメンバーを見渡しながら常に冷静さを保っている。それに対し、バンドメンバーは必死に、そのテンポに合わせ力の入った演奏になっている。
「シー、これってドラムの人が雰囲気作ってない?」
シーは大きく頷いた。カグラは音の迫力に体を揺らしていた。
三曲目に入っても、同じようにテンポは速い。バンドメンバーは必死に演奏しているように見える。しかし、不思議なことに演奏は崩れていない。ドラムの彼女が、絶妙なタイミングでフィルインを入れ、バンドの軸を保ちながら、鼓舞しているようだ。
四曲が終わって、バンドリーダーは汗だくでテンションが上がっている。
「今日助っ人に来てくれたドラムを紹介します。ホウラーイ…レア!!」
そういうと、彼女のドラムソロが始まった。巧みに操るスティックはカラフルで、そのスティックまで彼女のアクセサリーのようだ。
PA側のスタッフが、照明を演出し始める。観客も一気に盛り上がり始め、手拍子や歓声が湧き起こる。
「すごいすごいすごい!」
ポンズが目を輝かせだした。シーとカグラはその様子を見て、アイコンタクトでうなずいた。
主催のバンドは、仲間たちとともに最高のライブを作り上げた。
「この後、まあまあプレッシャーやん」
楽屋に戻りながら、シーはポンズにつぶやいた。ポンズは確かにと思いつつ、ドラムの彼女へ思いを募らせ始めている。
「お疲れ様でした~」
演奏を終えた主催のバンドメンバーたちが楽屋に戻ってきた。
「じゃ、フレイミングパイのみなさん、あとはお願いします」
「はい!」
ステージへ向かう前、ポンズがドラムの彼女の前に立った。
「うち、光月寛奈いいます。宝来さんは決まったバンドには所属せんのですか?」
汗を拭きながら、ドラムの彼女はポンズを見据えたが、にっこり笑って言った。
「そうやねぇ、うちも探しよるんわ、探しよるんよ。本気になれるとこ」
それを聞いて、ポンズもニカッと笑った。
「それはよかった。今日見つかりますよ!」
ドラムの彼女はポンズの言葉の意味を瞬時に理解し、今度はニヤリと笑った。そしてシーに話しかけた。
「真白さ~ん。真白さんてソロでデビューするって思ってたわ~」
「うちもそう思ってたけど、この子らがうちの音楽を持ち上げてくれたんで」
そういうと、二人は楽屋を出て行った。カグラはちょこんと頭を下げて後ろをついていく。
「へ~」
彼女はステージへ行く三人を見送り、客席へと向かった。
ステージの袖でシーがポンズに言った。
「ハードル上げるやん」
「超えられん?」
「いや、簡単に超えちゃる」
「わたしも気合い入りました」
カグラも静かに闘志を燃やしている。
「よし行こう!」
ステージに上がった三人は、マイクの前に立った。
「フレイミングパイです!うちはベースの光月寛音です。略してミツカンやからポンズって呼ばれてます」
観客たちが笑った。ポンズは見事にツカミに成功した。
「ポンズちゃーん!かわいい!」
女の子の声が飛ぶ。
「ギターは神楽坂奏多、カグラちゃんって呼んであげてください!」
「カグラちゃーん!」
カグラは真っ赤になってうつむいた。
「そしてそして~メインボーカルは真白詩音!シーちゃんでーす!」
「シーちゃ~ん!」
「意外と小さいな」
様々な声が飛び交う。シーは手を振ると、後方で見ていたドラムの宝来鈴愛を見つけ、つけ加えた。
「真白詩音です。今日はステキなライブに呼んでいただいてありがとうございました。うちらできたばっかりのバンドですけど、真面目に武道館目指してるんで、行き場のないドラマーさんよかったら応援してください」
宝来鈴愛は笑っているが、口は一文字に結んでいた。これは自分に対する宣戦布告だと受け取った。
フレイミングパイの演奏が始まる。
音はさっきまでのバンドに比べ、当然音圧がない。シーはアコースティックギターだし、ドラムもいない。
しかし、前奏でポンズがシャウトを上げた。
その声で、バンドの士気が一段階上がり、観客たちも歓声を上げた。
そしてシーの力強いボーカルが、違う世界へと誘い、観客たちを魅了する。
控えめだと思っていたカグラのリードギターは曲が進むにつれ、徐々に牙を向け始める。青いストラトキャスターから紡ぎ出される音は、時に繊細に、時に激しく、シーの歌を彩っていく。
間奏に入ると、カグラのソロがこの曲の勢いをまた一段階上げた。ポンズとシーに囲まれ、カグラは心置きなく一音一音を鳴らしていく。
後半は流れ込むようにシーのボーカルとポンズのコーラスがかけ合い、ボルテージがさらに上がる。
前回の路上で行った、三人のエゴ丸出しの演奏ではなく、完全に調和した演奏であった。
それは確かに素晴らしい演奏だった。しかし、同時に何か物足りなさも感じさせる。まるで、あと一つのピースが欠けているパズルのような。
「何?この子ら、うちにどう叩くか?とでも言いたいんかな」
宝来鈴愛は自然に両手で太ももをたたき、足はペダルを踏むようにリズムを刻んでいる。これまでいろいろなバンドで叩いてきた。ほとんどが、しっかりとビートを安定させるための演奏だった。今日のように、メンバーの勢いをつけてあげるために、アップテンポにして自分でバンドのポテンシャルをあげることもある。
しかし、三人はそれぞれが自分の個性をぶつけ合っているにも関わらず、調和し安定している。しかしそれは暴発しそうな危険な匂いも発している。
「おもろいな!この子ら…この暴走車を煽ってみたい!」
背筋に武者震いのようなものが宝来鈴愛を襲った。
フレイミングパイの演奏は、観客たちの心をとらえて、大盛況に終わった。
主催のバンドリーダーが興奮して、マイクを取った。
「みんな!今日は俺らの解散の思い出ライブやったけど、そんなんどうでもええわ!」
ポンズたちはキョトンとしている。
「俺、ドラムの宝来さんの演奏とかフレイミングパイの三人の演奏見てたら、諦めついたわ。今日は俺らの解散ライブやない!フレイミングパイの誕生ライブや!宝来さん!ええよな!?」
突然の振りに宝来鈴愛も驚いていたが、リーダーのメッセージの意味を理解し、満面の笑みで答えた。
「うちは構わんよ~、そちらさんは~?」
ポンズ、シー、カグラは目を見合わせ笑った。
「もちろん歓迎します!」
「俺ら伝説の目撃者になったで!フレイミングパイの爆誕や~!!」
今日の出演のバンド、観客の仲間たちが、大歓声を上げ、拍手を送った。そして、
「フレイミングパイ!フレイミングパイ!」
とコールが起きた。
ついにポンズは自分のリンゴを見つけた。そして、フレイミングパイは完全体になった。
ライブ後、四人は近くのファミレスで打ち上げと称し、自己紹介を始めた。
「改めて、宝来鈴愛です。レアでいいよ」
「よろしく、レア」
シーがレアと拳を合わせる。
「ところで、なんで決まったバンドに入ってないん?」
ポンズが単刀直入に聞いた。
「あー、それね。うち、つまらんバンドは嫌なんよ。今まで助っ人で入ったバンドは全部、安定志向っていうか、無難にまとめようとするやん?うちはもっと…なんていうか、ちょっと危なっかしい音楽がしたいんよ」
レアは銀色の髪をかき上げながら続けた。
「でも、あんたらの演奏聴いて思った。これや!って。個性バラバラなのにまとまってる。まとまってるのに暴発して、名前のとおり燃え盛りそう。うち、それを後ろからバンバン煽りたい」
「煽るって…」
カグラが不安そうに呟く。
「大丈夫、壊さへん。もっと面白くするだけや」
レアのその言葉に、三人は顔を見合わせ、そして同時に笑い出した。
「レア、うちら武道館行くから」
シーが真剣な顔で言った。
「上等や。連れてってや」
今度は四人で拳を重ね合わせた。
松山の片隅の小さなライブハウスで、フレイミングパイは本当の意味で誕生した。
フレイミングパイの物語は、ようやくスタートラインについた。
登場人物
フレイミングパイ
・光月寛奈15歳(高1) ポンズ Vo. &Ba.
・真白詩音15歳 シー Vo. &Gt.
・神楽坂奏多15歳(高1) カグラ Gt.
・宝来鈴愛16歳 レア Dr.
ついに結成しました、フレイミングパイ
私のXアカウント(@AyaTsuki_625)にて、彼女たちのイメージイラストがご覧になれます。
ポンズたちを引き続き、よろしくお願いします。




