第一話ーーある雨の日ーー09
「だからね、嫌な思いをする前に、よく考えてって事。正直、バイクなんて、別に乗らなくてもいいもんだしな。俺らは、どっぷり沼にハマってるけどな」
裕介は笑った。
「そうだね。沼にハマりすぎて、遥子さんみたいなおばさんになってもねぇ」
康二も笑いながら言った。
「康二クンまでおばさんって言った!!私だって若い頃はね」
ムキになって遥子が言い返した。
「若い頃って言ってる時点で、おばさんなんだよ」
裕介が追い討ちをかけるように遥子をからかう。
「また、おばさんって言った!!!もう、お前らにツケはさせないからな!」
「ごめんなさい」
康二と裕介は二人揃って、遥子に頭を下げた。この3人のじゃれ合いはまるでコントの様なやり取りだった。
「言って下さった事はわかりました……」
希は小さな声で言った。そして、3人を見て、
「少し時間を下さい。ゆっくり考えてみたいんです」
今度は大きく、ハッキリとした口調で噛み締めるように言った。
「うん。いいよ。答えが出るまでに、コイツの面倒は見ておくから、康二が!」
裕介は康二を見て笑った。
「なんでよ。ここまで来て、俺がやるの?」
「だって親父が康二がやれって言ったじゃん」
「オヤジさんが言ったんだったらしょうがないな」
遥子も、さっきの仕返しとばかりに笑いながら康二に返した。
「遥子さんまで……」
康二は、殊更大袈裟に落ち込んでみせた。
「大丈夫、大丈夫。コイツは親父と俺が仕込んでるから、下手なバイク屋より腕あるよ」
裕介は希を安心させる様に言った。
希は立ち上がり、康二に頭を下げた。
「お願いします。この子を走れるようにしてあげて下さい」
希の真剣な表情に戸惑いながらも、康二は真剣に答えた。
「うん、わかりました。ちゃんと見ておくよ」
康二は、笑顔を希に返した。希の目から大粒の涙が溢れ始めた。
「あっ泣かせた。康二クンが若い女の子を泣かせた」
遥子が嬉しそうにからかった。
「えっ?いや、その?えっ?裕介さんどうしよ?」
康二は狼狽して、裕介に助けを求めた。女の子を泣かすなんて、こんな事は慣れていない。いや初めての経験だった。
裕介は康二から助けを求められても知らんぷりをして、呑気に缶コーヒーを飲んでいる。
遥子は、ニヤニヤして狼狽えている康二を見ている。
「そうだった、この人たちはこう言う人たちだった……」
康二は、腫れ物に触るように恐る恐る、希に向かって
「あの……大丈夫?」
「はい。ごめんなさい。何か気が抜けちゃって……」
康二は、ほっとした表情をした。
「バイクの扱いは凄いけど、女の扱いは相変わらずだねぇ」
遥子が笑いながら言った。
「遥子さん、さっきおばさんって言ったの根に持ってる?」
「ああ持ってるよ!忘れないからな!」
3人は笑い合った。希も3人に釣られて涙を流しながら笑っていた。
「とりあえず、裕介さんマニュアルある?」
「あるよ。ほれ!」
裕介はマニュアルを康二に渡した。
「とりあえず、オイル交換しなきゃだから、オイルフィルターの品番調べないとね」
康二はペラペラとマニュアルをめくって調べている。希も康二の側に寄り添い一緒に見ている。
裕介と遥子はそんな二人を暖かく見ていた。
少しづつ、外の雨が弱くなってきていた……
次回の更新は、13日になります。




