第一話ーーある雨の日ーー08
「ごめんなさい……取り乱しました……」
希は泣き止むと、3人に頭を下げた。康二は軽く首を振り、遥子はただ黙って、希を見ていた。裕介が口を開いた。
「落ち着いたかな」
「はい……」
希の目は赤く腫れていた。
「じゃあ、立て続けで悪いけど、今度は少し現実的な話をしようか」
「現実的な話ですか?」
希は少し戸惑いを見せていた。康二も、裕介が今度は何の話をするのか想像も付かなかった。
裕介は真面目な顔になり、希に聞いた。
「そう……ちょっと厳しい言い方だけど、希ちゃんは、まだバイクに乗る気がある?」
「えっ?」
希は不意を突かれ、口篭ってしまった。
「裕介さん、今そんな話しなくても……」
康二は、裕介を止めようとした。
裕介さん、ちょっと厳しすぎるよ……さっきまで泣いてたのに……
しかし、裕介は構わずに続けた。
「いや、もう乗らないんだったら、ウチが引き取るよって話」
希は、また下を向いて黙ってしまった。裕介は首を振った。
「誤解しないでね。もうバイクを降りろって言ってるんじゃ無いんだよ。ただ、希ちゃんはまだ若い女の子だしさ」
「私が女だから?ですか」
希は、裕介に強い口調で聞いた。希には、女だからバイクに乗るなと聞こえたのだ。裕介は笑いながら続けた。
「違う違う。女だからバイクに乗っちゃいけないなんて言わないよ。遥子も乗ってるしね。それよか、若い女の子っていう方が大きいかな」
「なんか、それじゃ私が若く無いみたいじゃない」
遥子が拗ねて言った。
遥子さんナイス!
康二は重い空気を変えた遥子に感謝をした。
「いや、そういうわけじゃなくて……困ったな……康二、助けてくれよ」
「ここまで話したんだから、最後まで責任取りなよ」
裕介は本当に困っていた。
「まいったな……おじさん、若い子と話すの慣れてないから……」
「よく言うよ。キャバクラで遊びまくってるくせに」
遥子が笑いながら、裕介に仕返しをした。
「今、それ言う?」
裕介は、大袈裟におどけて見せた。ほんの少し、希から笑顔が見えた。
康二も遥子もバイクが大好きだからこそ、実は裕介が言いたい事はわかっていた。
康二が口を開いた。
「裕介さんが言いたい事は、まだまだ他にもやりたい事はたくさんあるんじゃない?って事だと思う。バイクって、それなりにお金もかかるしさ、大学生にはキツく無いのかなって」
「そう!それ!」
いじけていた裕介が元気よく答えた。
「希ちゃんは、まだ若いからさ、おしゃれだってしたいだろうし、ネイルだってしたいでしょ?友達や彼氏と遊びたいだろうし、やりたい事はいっぱいあると思うんだ」
希は小さく頷いた。
「そのいっぱいやりたい事がある中に、バイクも入っていると思うんだけどさ、だけどね、バイクって普通の今時の女の子がやりたい事から一番遠い所にあるとおじさんは思うわけ」
「それな。スカート履いて乗れないし、ネイルなんてした日には、グローブ出来ないし、引っ掛けて危ないし。せっかく決めたメイクもヘルメットの中でズタボロになっちゃうし、髪の毛もダメになっちゃうしな。女にはキツい乗り物だなぁ」
遥子がしみじみと言った。同じ女性である遥子が言うと説得力がある。
「ね。このおばさんがこう言うくらいだからさ」
また、裕介が懲りずに年齢で遥子をいじった。
「おばさん言うなっ!!」
遥子は、裕介を殴るそぶりを見せた。
「まあまあ」
康二が笑いながら遥子を抑えた。この3人のじゃれ合いは、いつものお約束のような物だ。この3人は、本当に仲の良い兄弟の様な絆で結ばれている。同じ悲しみを共有しているから……
しかし、その悲しみがわからない希にはそれが少し羨ましく思えた。
笑いながら、裕介は話を続けようとした。しかし、遥子は目で裕介を威嚇している。もう年齢でいじらせないという気迫が康二にも伝わってきた。
「遥子がおっかないから、康二抑えておいてな」
そう言うと、改めて話を続け始めた。
「えっと、そう、バイクに乗ってるとさ、お金もかかるし、結構時間も取られちゃうし、それこそ、また、おんなじ事やっちゃうかもしれない……」
希は、裕介が言いたい事が少しづつだが理解し始めていた。正直、初めはただのお説教かと思い、煩わしいと思っていた。
だけど……この人達は、本当に私の事を心配してくれているんだ……
事故を起こして悲しい思いをしないように……女の子として嫌な思いをしないように……バイクとの接し方を言葉を選びながら、優しく教えてくれている。
次回の更新は、10日になります。




