第三話ーー晴れーー04
「ま、オマエが嫌なのもわかるけど、そこは少しは我慢しろ」
裕介は、康二の懸念を察し、康二の肩をポンと叩くと、そう言った。実際、裕介も同じ様な経験は数えきれない程あるからだ。裕介自身は目立ってると思って、喜んでいるが……
「うん……」
普段、年相応にしっかりしているような康二でも、この二人の前では弟なのだ。だから、この二人の前では、素直に甘える事が出来る。そして二人には、そんな康二はいつまで経っても可愛い弟なのだ。何よりも弟の康二の事をよく考え、理解している。
「それよりもよ、早く返事打たなくて良いのか?希ちゃん待ってるぞ?」
コーヒーを入れに来たオヤジさんが言った。
「あ、そうだ!」
「早くしねぇと、嫌われちまうぞ。せっかく俺がきっかけ作ったんだからよ」
オヤジさんは、そう言うとニヤリと笑った。
元はと言えば、そのきっかけのせいでしょ……
康二はそう思った。
それに……嫌われるも何も、こんなおじさん、真面目に相手にしてくれるわけないじゃん……
康二は、そうも思っていた。
「早くしろよ、ほれ!また、俺が打つか?」
オヤジさんは、康二のそんな思いをよそに、また康二のスマホを取り上げようとしたが、康二は必死に阻止して、
「僕が打つから、やめてよ」
そう言いながら、希に返事を打ち始めた。
ピロン
希のスマホにLINEの着信音が鳴った。
「来た!」
希は康二からのLINEを待ち遠しいと感じていた。一人で過ごしていた週末の土曜日が康二のおかげで楽しい週末の始まりになったのだ。
希は、期待しながらLINEを開いた。
〈江ノ島なんかどうかな?〉
江ノ島かぁ。こっちに来てから友達と行ったきりだなぁ。
どちらかと言うと、希も人混みが苦手な方だった。一度、友達と鎌倉、江ノ島と巡ったのだが、移動する為の江ノ電や行き帰りの電車の混み具合に疲れてしまった思い出がある。
とは言え、江ノ島や湘南が嫌いなわけじゃない。そこは若い女の子である。雑誌によく特集されている江ノ島や鎌倉は、もう一度回ってみたいと思っていた場所だった。
それも自分のバイクで行けるともなれば、テンションも上がる。
あの海岸線をバイクで走ったら気持ち良いだろうなぁ。
希は、この前の多摩川沿いを走った、寄り道散歩ツーリングを思い出していた。タンデムシートとは言え、バイクに乗ってあんなに楽しかったのは初めてだったのだ。
康二さんとだったら、またバイクの楽しい事を教えてもらえるかも……
そう思うと、ワクワクが止まらなかった。
〈はい!江ノ島!ぜひぜひ行きたいです!〉
希は、そう返信を打った。
ピロン
〈じゃあ、来週の土曜日に江ノ島に行きましょう。時間や待ち合わせ場所は、また連絡します〉
〈お願いします。連絡お待ちしています〉
希は、返信を打ち終えると、来週が待ち遠しくて仕方がなかった。
「そうだ!」
希は、またLINEを開くと、誰かに打ち始めた。
「よう、希ちゃんなんだって?」
裕介が興味津々に康二に聞いた。
「うん……なんか喜んでるみたい……」
「でしょ?」
遥子が得意げに言った。
「あとは、希ちゃんの事を考えて、ルートとか、色々考えなきゃな」
裕介が言った。
「うん……」
康二は、少し自信が無さそうだった。それもそのはずで、康二には、女の子が何をすれば喜ぶのかよくわかっていないからだ。
裕介は、そんな康二を見て笑いながら言った。
「そんなに難しく考えるなって言っただろ?オマエが希ちゃんの事を考えて選んだんだったら、希ちゃんも楽しんでくれるよ。ただな、一つだけ注意しろよ?」
「何?」
康二は息を呑んで聞いた。
「それはな……柔軟性を持たせろって事だ」
「柔軟性……」
裕介は得意気に話し始めた。
「オマエが決めた通りに行っても、それが相手にお仕着せだって感じられたらダメって事。相手も色々考えてる筈だから、その意見もちゃんと聞いて臨機応変に行かないと、ただ、連れて行かれたで終わっちゃうぞ。それでも楽しいかもしれないけど、もっと楽しくするには相手の意見も聞いて、二の手、三の手を考えときな。ちょっとしたハプニングじゃないけど、行き当たりばったり的な方が面白くねぇか?それが、小回りの効くバイクの面白さでもあるし、希ちゃんも自分も選んだんだって嬉しいと思うけどな。それが二人で作る思い出ってもんだと思うよ」
「思い出って……別に付き合ってるわけじゃないし……」
裕介は呆れ顔で言った。
「ばっかだねぇ。希ちゃんとバイクのだよ。それに、希ちゃんとツーリング行くのだって、これが最初で最後ってわけじゃないだろうし、これから、何回も行くつもりなら、お前らの大切な思い出の始まりじゃねぇか」
裕介の話は説得力があるような無いような……
ただ、なんと無くだが康二にも裕介の言わんとしている事がわかった。康二自身、希にはバイクの楽しさを知ってもらいたいと思っていたし、思い出が大切な意味を持つ事もわかっている……
そっか……最初の一歩だもんな……
康二も初めて、兄の康一とツーリングに行った時の事を昨日のように鮮明に覚えている……
「だから、つまんねぇ事に拘らないで、希ちゃんを楽しませるように徹しな。オマエの方が年上なんだしな。それくらい出来るだろ?」
「私ん時も、それくらいの気遣いが欲しかったもんだ」
遥子が不満気に言った。
「いや……あのさ……あの頃は俺たちも若かったからさ……」
裕介はしどろもどろになって答えた。
「ふーん」
「そんな怖い顔すんなよ。そうだ!康二!明日、下見でも行ったら良いんじゃね?」
困った裕介は、いきなり康二に話を振った。
「えっ?下見?」
次回の更新は30日となります。




