第三話ーー晴れーー02
「なんだよ。ちょっと貸してみろ」
そう言うと、突然オヤジさんが康二のスマホを奪い取り、何やら打ち始めた。
「ちょちょっと、オヤジさん!」
康二はオヤジさんに奪われたスマホを取り返そうとしたが、オヤジさんは巧妙に逃げながら
「ほい、送信っと」
そう言うと、康二にスマホを返した。
「えっ?ちょ、ちょっと、何したの?」
オヤジさんは、不適な笑みを浮かべて康二に言った。
「お前があまりにもグズグズしてるからよ」
すると康二のスマホにLINEの着信音が鳴った。
「おっ返信早いな。あとはお前がなんとかしな」
そう言うと、店の奥に引っ込んでしまった。
「えっ?」
康二は、全く事態が飲み込めていなかったが、裕介と遥子はオヤジさんが何をやったのかを察していた。
「康二、着信来てるんだろ?早く見ろよ」
裕介がそう言って、ニヤリと笑った。
「あ……そうだった……」
康二が、スマホを見ると、裕介と遥子が興味津々に康二を見ている。
「誰だった?」
「希ちゃん……」
康二は照れくさそうに答えた。
「で?おじさんは何て送ったの?」
遥子が楽しそうに聴いた。康二は、オヤジさんが送った文面を読み始めた。
「えっとね、バイクの調子はどうですか?良かったら、今度、バイクの調子を見がてら、ツーリング行きませんか?って……なんだこれ?」
康二は、オヤジさんの送った文面を見て困惑している。
「やるね、おじさん!!」
遥子は嬉しそうに店の奥にいるオヤジさんに声をかけた。オヤジさんは、新聞を読みながら、軽く手を上げて答えた。
「で?返事は?何て来たの?」
裕介が興味深げに康二に聞いた。
「うん、ぜひお願いしますって」
裕介と遥子は、思わずハイタッチをした。
「やったじゃん!」
「おお!良かったな!康二!」
二人は、自分の事のように喜んでいた。
「早く、返信しろよ。女の子を待たせるのはマナー違反だぞ」
裕介が偉そうに康二にアドバイスをした。
「そうだよ。ちゃんと行く場所も考えてね」
「……うん……」
康二は、スマホを見ながら戸惑っていた。あまりにも展開が急すぎて混乱していた。
「そんなに難しく考える事ねぇって。ツーリング行くだけだろ?」
裕介が軽く言った。
「そうなんだけどさ……どこに行けば女の子が喜ぶのかわかんない……」
康二がそう言うと、裕介と遥子は顔を見合わせて笑った。
「そう言うところが康二クンなんだけどさぁ」
「わかんなかったら、希ちゃんに聞けば良いんだよ。知り合ったばかりで相手の事なんかわかりゃしねぇんだから。そう言うのって、少しずつわかるもんだろ?」
「おっ!なんか良い事言った風に聞こえたぞ」
遥子が裕介を揶揄うように言うと裕介が得意気に言った。
「だろ?」
裕介は、真面目な顔になって康二に優しく語りかけた。
「康二、人付き合いなんてそんなもんだと思うぞ。お前は優しすぎるから、相手の事を気遣いすぎちゃう所があるけどさ。別にそれが悪いってわけじゃないし、それはお前の良いところだと思う。けどな、相手の事がわかんなかったら素直に聞いて、それで、あーだこーだコミュニケーション取って、二人で決めた方が楽しいと思うけどな。相手もお前の事を考えて、いろいろアイデアを出してくれるだろうし、そう言うのが人付き合いなんじゃないかと思うぞ」
「……うん……」
裕介は、まるで弟を見るような優しい顔で続けた。
「人に気を使いすぎるお前が本当に良い奴だって言うのは、オヤジも遥子も俺も灯ちゃんも常連連中もみんな知ってる。だからな、お前が少しぐらい、俺たちにわがまま言っても良いって思ってもいる。ていうか、わがままを言ってもらいたいって思ってる。そう言うの言い合えるのが、友達だろ?少なくとも俺はそう思ってるけどな」
「……うん……」
裕介に言われた康二は、少し考えていた。
「おじさーん、裕介が良いこと言った!」
「なんだと!?天気、大丈夫か?」
遥子とオヤジさんが裕介を揶揄うように昭和的なノリで、殊更大袈裟に言った。
「なんだよ!せっかくの良い雰囲気がぶち壊しじゃん!」
裕介はそう言うと笑った。
「でもさ、おじさんも良い仕事したよ、コーヒー奢っちゃお!」
「おう!UCCな」
オヤジさんは、新聞を読みながら笑って言った。
「コーヒー屋にそれ言うかな」
「裕介さん……」
康二が裕介を呼び止めた。
「お?」
「……ありがとう」
康二は照れくさそうに言った。
あの日以来、自分の殻の中に閉じこもりがちになった康二にとっては、自分の事を気遣って、自分の為にこうやって言ってくれる事が何よりも嬉しかった。
この人たちのおかげで一人じゃないって思える……
康二はそう思っていた。
ある日……
あの雨の日以来、誰とも会う事ができず、自暴自棄になり一人暗い部屋で塞ぎ込んでいた時も、無理矢理、康二を裕介が外に連れ出した。CBに乗せて、二人でどこへ行くわけでもなく、夜通し走り回った。康二が裕介の背中で大声で泣いても、裕介は何も言わず、ただ夜の街を走ってくれた。
まだ夜も明けない早朝にこの店に帰ってきた時も、遥子は暖かいコーヒーで優しく二人を出迎えてくれた。オヤジさんは、ただ黙って康二の肩をポンと叩き笑ってくれた。
遥子もオヤジさんも、赤く目が腫れていた。いや、この場にいる全員の目が赤く腫れていた。大切な人を失った深い深い悲しみを、ここにいる全員が抱えていた。そして、分かち合った……
今でも、康二は人と距離を取る。
それは、大切な人を亡くした悲しみをもう二度としたくないから……
その思いは、この3人も同じだった。ただ、康二と違うのは、少しだけ、ほんの少しだけ康二より大人だった。だが大切な人を亡くした悲しみの深さは、皆、同じだ……だから……皆で悲しみを分かち合えた。
康二もこの3人の思いをよく分かっている。だから、この3人は大切な家族なのだ。
裕介は笑いながら言った。
「そんなに難しく考えるな。二人で行きたい所を話し合えば良いってだけの話だよ。きっと、希ちゃんもその方が嬉しいって」
「うん……わかった」
康二がそう言うと、裕介は笑顔で康二の肩をポンと叩き、
「なぁ、俺、ジョージア!」
そう遥子に言うと、二人が待っている店の奥に行った。
「お前まで言うか!」
店の奥で、楽しそうに、いつもの掛け合いが始まっていた。
康二は、希に返信を打ち始めた。
次回の更新は19日となります。




