第二話ーー曇りのち晴れーー17
康二も、希と同じ様にこの「二人の時間」プチツーリングを楽しんでいた。
そもそも康二は、タンデムがあまり好きではない。どうしても後席を気にしてしまい、自分が気を使い過ぎて疲れてしまうのだ。ただ、希に関しては自然に接することが出来た。別に気を使うでもなく、普通に話す事が出来た。逆に、希に気を使う事が嫌では無かった。彼女の喜ぶ姿や楽しんでいる姿を見るのが楽しかった。
鶴川街道にぶつかり、まだ多摩川沿いを直進する。
「これ、左に行くと調布だね」
「へぇ」
希は感心して聞いている。
京王閣競輪場横を走っている時に希が康二に聞いた。
「これ、何ですか?」
「ああ、競輪場だよ。実は、ここら辺、ギャンブル場多いんだよね」
確かに、府中競馬場、多摩川競艇、京王閣競輪場と続いている。
「康二さんは、ギャンブルやるんですか?」
希は聞いた。希自身、ギャンブルに興味は無く、あまり好きでは無かったのだ。
「うん?僕はやらないよ。全く興味が無いな」
公営ギャンブルにはバイクを使ったオートレースという物もあるが、康二はオートレースのマシンに興味はあるが、ギャンブルには全く興味がわかなかった。
「よかった……」
希が小さな声で呟いた。
「なんか言った?」
康二は聞いた。
「いえ、何でも無いです」
「そう?」
希は、康二がギャンブルをやらない事を聞いて、少し安心していた。
競輪場を越えると、直角に曲がり多摩川から離れ、住宅街に入った。少し先の信号を右折し、桜堤通りに入った。
「調布ってね、映画の街なんだよ。日活と角川大映の撮影所があるんだ」
「へぇ、面白いですね」
「今、右折しないで、まっすぐ行くと角川大映の撮影所で大魔神がいるよ。それでもう少しこの道を走ってると、日活のスタジオの横を通るよ」
「大魔神見てみたいです!」
「今度、行ってみようか」
希は、本当に康二との、この時間が楽しかった。康二が色々と教えてくれるのも、もちろんだが、こんなにリラックスして、周りの景色を見る事ができる事が本当に楽しかった。
「ここがね、日活のスタジオなんだけど、裏からじゃ何も見えないね」
康二は、そう言いながら笑った。
「そうですね」
希も笑った。
「さて、狛江に入ったな。少し休もうか」
康二はそう言うと、公園の入り口にバイクを入れた。
「ちょっと、土手を散歩しようか?」
康二は希に聞いた。
「はい!」
希は元気よく明るく答えた。
康二は、バイクを降りると、自動販売機に向かった。
「何か飲む?喉乾いたでしょ?」
希は、自動販売機を覗いて答えた。
「じゃあ、私はお茶で」
希はそう言いながら、財布を取り出そうとしたが、康二はそれを止めて、
「良いって、これくらい」
「でも……てるぼうも貰っちゃったし、これくらいは……」
希は申し訳なさそうに答えた。
「てるぼうは、お互い様だし、俺、一応年上だしね。一応、こう見えてちゃんと働いてるし、これくらい気にしないで。はいどうぞ」
康二は、笑いながらそう言うと、希にお茶を渡した。
「さて、僕は缶コーヒーなんだけど……あれ?ポッカが無い……」
康二が落ち込んでいた。希はそんな康二を見て、思わず吹き出してしまった。
「皆さん、缶コーヒーに妙なこだわりがありますよね?」
康二は、渋々、違う缶コーヒーを買いながら答えた。
「そうかな?」
「そうですよ。おじさんも今日、私の差し入れを見て、UCCが無ぇって同じ様に落ち込んでいましたよ」
康二は、急に真顔になって答えた。
「缶コーヒーのこだわりは大事だよ。これで、一日の運勢が変わるからね」
「ほんとですかぁ?」
希は、まるっきり信じていない様子で聞いた。
康二は笑顔に戻って答えた。
「うそ」
「やっぱりぃ」
二人は、声を出して笑いながら、土手に向かって歩き始めた。
「だけど、こだわりが強い人って言うのは、バイク乗りには多いかもね」
康二は、仲間のバイク乗りの事を思い浮かべながら言った。
「そうなんですか?」
「うん、みんな何かしら、こだわりを持ってるなぁ。そもそも、あの店の常連は、みんなこだわりの強いバイクばかりだしね」
二人は土手に着いた。多摩川の水は穏やかに流れ、対岸には、川崎、登戸の街並みが見える。少し川下の方に目をやると、小田急線が走っていた。
土手は遊歩道になっており、皆思い思いに、夕暮れのひと時を楽しんでいた。
「風が柔らかくて気持ち良いですね」
希が伸びをしながら言った。
「そうだね、良い風が吹いてる。あそこに座って飲もうか?」
康二は、土手にあるベンチを指差して言った。
「はい」
二人は並んでベンチに座った。
「どう?疲れてない?」
康二は希に聞いた。
「全然!逆にすごく楽しかったです!」
希は楽しそうに答えた。
「ほんと?良かった……」
康二は、安堵の表情を浮かべていた。
「バイクに乗って、こんなに楽しかったの、初めてかも」
希は笑って言った。
「そうなの?」
康二には、希の言った事が不思議に感じられていた。
バイクって楽しいもんじゃ無いのかな?あまり楽しいと感じていなかったのなら、バイクの面倒も見なくなるよな……
康二は、そう思った。何となく、希のバイクに対する接し方がわかった様な気がした。
今まで、バイクって楽しいって教えてくれる人がいなかったんだな……
「いつも、付いて行くのに精一杯で……周りの景色なんか見る余裕も無くて……」
希は寂しそうに言った。
「そうなんだ……」
「だから、今日はすごく楽しくて!風景の移り変わりを見るのも楽しかったし、風も気持ち良かったです。あ!もちろん康二さんの運転が上手だったからですけど……」
「ありがとう」
康二は笑顔で言った。
「だから、バイクに対する印象が、少し変わりました」
希は、康二に笑顔を向けて言った。
「バイクって楽しいんだなって……」
次回の更新は、26日になります。




