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雨のち曇りそして晴れ  作者: 冬馬
第一話
3/3

第一話ーーある雨の日ーー03

 康二がバイクを押して歩いている後ろを彼女が傘をさして歩いていた。


 「あの……」


 ふと、バイクを押している康二に傘が差し掛けられた。


 「風邪ひいちゃいます……私の為に申し訳ないです……」


 彼女が泣きそうな顔で言った。康二に傘を差しかけたせいで、彼女が濡れてしまっていた。

 そんな彼女の姿を見た康二は笑顔を見せて言った。


 「大丈夫だよ。慣れてるし」


 「慣れてる……ですか?」


 「うん、ツーリング先で雨に降られるなんて、ザラにあるからね」


 「それでも……」


 康二は彼女の申し訳なさそうな顔を見て、逆に自分が心配してくれている彼女に対して申し訳ない気持ちになった。


 「バイク屋もすぐそこだし、それに、結構、身体、丈夫なんだよ。大丈夫、大丈夫」


 「はい……」


 そう言いながらも彼女は康二に傘をさしていた。彼女の肩が雨に濡れている。

 康二は彼女の優しさが心地良かった。


 しかし……


 こんなに人に気遣いできる子なのに、なんでバイクには優しくできなかったんだろうな……


 康二は不思議だった。


 本当はあんまりバイクが好きじゃないのかもしれないな……


 最近のバイクは乗りやすく、デザインもカッコいい。若い頃は自己主張の一つとして、バイクに乗る者が多い。

 しかし、多くは車の免許を取得するのと同時に、バイクを降りる者が、残念ながら……多い。


 実際、バイクは趣味性の高い乗り物だし、乗れる人数も限られる。それに、夏はストーブを抱えて走るような物なので、地獄のように暑いし、冬は、どんなに厚着をしても、寒風は肌を刺す……正に肌を刃物で刺すがごとく寒い。重たいし、常に転ぶ危険性もある。バイクに乗らない人がイメージする、風を受けて気持ち良さそうとか、スピード感が気持ち良さそうとか、そんなイメージとは正反対の乗り物だ。

 正直、人が言うほど、快適な乗り物では無い。長く乗り続けるのにはそれなりに覚悟が必要だろうし、乗り続けている奴らは、ちょっと変わっている者が多い。

 ただ、不思議なもので、バイクの欠点がバイク乗りには、堪らないのである。やはりバイク乗りは変人なのだ。

 

 彼女も、ノリとか流行りでバイクに乗っていたのかもしれないな……だとしたら、少し寂しいな。


 康二はそう思った。いつかバイクから降りるにしても、どうせなら、楽しい思い出を残して貰いたいと思っていた。ただ、その為には……


 大丈夫かなぁ……


 実は康二は少し心配している事があった。それは、これから連れていくバイクショップのオヤジさんの事だ。

 元ワークスチームのメカニックをやっていただけあって、腕の方は申し分ない。

 

 だがしかし……


 クセが強すぎるのだ。


 昭和の古い世代だと言う事もあるが、客を選ぶというか……とにかく自分の気に入らない客のバイクは見ないのだ。


 客に説教をするのは当たり前。バイクをぞんざいに扱っている客を見るや、追い返してしまう事もままある。しかし、そんな頑固オヤジでも、数多くのバイク乗りから慕われているのも事実だ。客に説教をするのも、事故を起こさせない為ゆえ、バイクを愛するゆえだと言うのをみんな知っているからだ。バイクとバイク乗りをこよなく愛する、愛すべき頑固オヤジなのだ。


 言っておかないとなぁ。びっくりしちゃうだろうなぁ。てか、絶対このバイク見たら怒るだろうな。


 康二にとっては、オヤジさんとは免許を取って以来……いや、もっと前からの付き合いとなる。

 元々は康二の兄、康一の親友、裕介の親父さんでもある。康一がバイクに乗るようになってから、兄と一緒にこのショップに通うようになったのだ。

 もちろん康一も康二も、洗礼とも言えるオヤジさんの愛ある説教を散々受け続けてきた。だからオヤジさんの説教なぞ慣れっこではあるのだが、初めてで、ましてや今時の女の子……オヤジさんの昭和のやり方が通用するとも思えない。


 康二は彼女をショップに連れていく事を少し後悔していた。しかし、あの雨の中、あの場で放置しておく事も康二には出来なかった。

 康二は、黙っていてもしょうがないと思い、彼女に本当の事を話す事にした。少しでも、彼女に覚悟をしておいて貰いたかったのだ。


 「あのさ……今から行くバイク屋なんだけどね……」


 「はい?」


 「そこのオヤジさんがちょっとクセがあるというか……」


 なかなか良い言葉が浮かばない。


 「はい……」


 「ちょっとうるさいこと言うかもしれないけど、それだけ覚悟していてくれるかな」


 「はい……」


 彼女の顔が少し曇った。どうやら上手く伝わらなかったようだ。女性に慣れていない康二は、彼女の不安だけを煽ってしまった。


 これは……失敗したかもしれない……雄介さんみたいには上手く言えないな。


 康二の兄、康一の親友、雄介は、女性関係が派手で、優雅な独身貴族を気取っている。康二より10歳以上年上なのに、口のうまさから意外とモテているのだ。バイク乗りには珍しい存在とも言える。


 康二は、彼女の不安を少しでも振り払う為に、

 

 「大丈夫大丈夫。女の子には優しいから……」


 と言ってはみたものの


 だといいんだけどなぁ……


 康二は不安と淡い期待を抱いていた。


 「ゴメンね。もし、嫌だったら君の面倒見てもらっているショップに持って行ってあげるから」


 女の子は首を横に振った。


 「仲の良いバイク屋さんなんてないんですよ……このバイクを買ったお店も、初回点検しか出していないですし……」


 「そうなの?」


 康二は驚いた。


 売ったら売りっぱなしか……まだ初回点検だけしているだけ良心的かもしれないな……


 バイクを売るだけ売って面倒を見ないショップが悪いわけでもない。それはあくまで乗る側の意識の問題とも言えるからだ。

 日常のメンテナンスをするにしても、大型用品店に行けば、大抵の物が手に入る。最近は街のバイクショップに行かなくても、ある程度は自分で出来る環境になったのだ。街のバイクショップもそれをよくわかっているから、あえて細かく面倒を見るような事も無くなった。乗る側も、わざわざ高いお金を出してショップに出す事も無くなった。それに、ある程度の機械いじりが出来てこそのバイク乗りと言う風潮もある。

 そういった意味では便利になった反面、ショップと乗る側との関係が希薄になっていると、康二は常々思っていた。自分である程度は出来たとしても、やはりプロには敵わない。困った時に面倒を見てくれるショップがあると言うのは、やはり心強いものだ。

 そう考えると、機械いじりが得意でもなく、馴染みの店も無く、バイクをメンテナンスをする場所も無い普通の女の子には、ハードルは高いのかもしれなかった。


 だけどなぁ……メンテナンスフリーって訳にもいかないもんな。


 康二は、彼女に同情をしつつも、だからと言って放置して良いってわけでもないと思っていた。


 乗るからには、責任を持たないと……


 康二が、散々オヤジさんに言われてきた事だ。


 「とりあえず、何を言われても気にしないでね。悪気は、全くないから」


 彼女の顔はますます曇っていった。


 まずったなぁ。脅すつもりはなかったんだけどなぁ。言わなきゃ良かったかな……


 「そんな顔をしなくても大丈夫だよ。根は優しい人だからさ……」


 きっと大丈夫だよな……多分……祐介さんもいるし……

次回の更新は、22日になります。

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