第二話ーー曇りのち晴れーー15
二人でお互いのてるぼうを買って、店の外に出ると、空は綺麗に晴れ上がっていた。
「やっぱり晴れると気持ち良いね!」
康二は希に向かって、笑顔で言った。
「はい!てるぼうのおかげかな」
希は笑顔でてるぼうを撫でた。康二は、そんな希の姿を見て、心が暖かくなるのを感じていた。
「さて、帰ろうか」
康二が言った。
「そうですね……」
希は、何となく、ちょっとした寂しさを感じていた。
こんなに楽な気分で話せたのは、いつ以来だろう……
大学の進学の為に、地方から東京に出てきた希は、何となく、都会に馴染めないでいた。元々が、あまり積極的とは言えない性格のせいもあるかもしれない。
それでも、何人かの親しい友人が出来、それなりに恋愛も経験した。人並みな、それなりの大学生活を送っていた。しかし、希の中では、どうしても拭いきれない違和感を常に感じていたのだ。
自分を変えようと、何度も努力をした。友達と夜の街へも繰り出し、夜通し遊んだ事もある。好きな人に合わせて、バイクにも乗り始めた。
だけど……何にも変わらなかったな……
好きな人とは、相手が卒業をしてから、連絡がなかなか取れなくなった。それと共に、バイクからも遠ざかっていた。自分の気持ちも、わからなくなっていた。
結局は、私が中途半端なんだ……
希は、いつしかそう考えるようになっていた。そして、心から笑えなくなっていた。本当の自分を隠すようになってしまっていた。これが大人になる事なんだと思っていた。
だから、康二や裕介や遥子、そしてオヤジさん達が、自然体のまま接して、見ず知らずの自分を心配して怒ってくれたのが嬉しかった。冗談を言って、笑い合えるのが楽しかった。
今日、康二と短い間でも二人で過ごした時間は、希にとっては、何もかもが新鮮で楽しい時間だった。自分を飾らなくても、偽らなくても、康二は受け止めてくれた。自分の事を考えてくれた。この時間が希にはすごく心地良かった。だから、この時間が終わってしまう事に、寂しさを感じていたのだ。
それは、康二も同じだった。
あの日、大好きだった兄の康一が亡くなった日から、康二は人との関わりを避けるようになった。しかし、オヤジさんや、裕介や遥子が、一人で悲しみから立ち直る事が出来ない康二を救ったのだ。それぞれが、それぞれの康一を失った悲しみを抱えながらも、3人は、傷を舐め合うような、馴れ合いではなく、一人の人間として、康二を暖かく見守り続けた。
康一の死後、両親との関係が悪化した康二には、どれだけ助けになった事だろう。皆、まるで、家族の様に康二に接してくれた。今でも、人付き合いは上手い方ではないし、好んで人と関わろうともしないところもある。
しかし、希は違った……
康二も希と同じように、希とは、気を使わずに、裕介や遥子と同じ様に話す事が出来た。希と一緒にいる事が楽しかった。
「帰る」と言う言葉が、こんなに寂しく切なく感じるのだと、改めて二人は感じていた。
二人は次第に、言葉が少なくなり、駐輪場の裕介のバイクの元に着いてしまった。二人は、言葉を交わさずにヘルメットを被り、康二は、CBに火を入れた。
軽く暖機運転をしながら、康二は考え込んでいた。
どうしようかな……このまま帰るのもな……だけど、歳も離れているし……こんなおっさんに誘われても困っちゃうだろうし……だけど、もっと話していたいし……
頭の中を切ない思いがぐるぐると回り続ける。
俺が裕介さんみたいに積極的だったらな……
その時、康二に男が声を掛けた。やぶだ。康二達の偵察に飽きたこの男は、知り合いのバイク乗りと駐輪場で談笑していたのだ。
「あれ?もう帰るの?」
「あれ?まだいたの?」
希は、軽く頭を下げた。
やぶは、二人の微妙な空気を読んだ。
コイツら、高校生かよ!?全くしょうがねぇな。
「せっかくお日様出たんだから、ちょっと走ってきたら?裕介さんのCBもそこそこ回してやらねぇと。あの人最近乗れてねぇってこぼしてたから。ちょうど良いじゃん」
「そうだねぇ」
康二にとっては渡りに船である。希を誘うきっかけが出来た。
「どう?希ちゃん。少し寄り道しても良いかな?」
康二は、勇気を振り絞って希に聞いた。
「はい!」
希はとびっきりの笑顔で答えた。
おい、おい、ほんとに30過ぎたおっさんか?
二人を見ていたやぶは、少し呆れつつも笑顔で言った。
「多摩川沿いなんか気持ち良いかもな。この季節、川からの風が良い感じだと思うよ」
「そうだね。うん行ってみるよ」
「やぶさん、ありがとうございます」
そう言うと、希はぺこりと頭を下げた。
二人は、バイクに乗り、やぶに軽く挨拶をすると、駐輪場から出て行った。
「ほんとに世話焼けんなぁ。ありゃ、裕介さんが面白がるのもわかるわ。おっと、報告、報告」
そう言うと、スマホを取り出した。
「だけど……なんであの嬢ちゃん、俺のあだ名知ってんだ?」
裕介のスマホに、LINEの着信音が鳴った。
「おっ!?やぶからだ。あいつ、尾行飽きたんじゃねぇのか?」
そう言いながら、裕介はLINEを開くと、
「やぶ!Good Job!」
と笑いながら、遥子にLINEの文面を見せた。
「あんたらさぁ、まだやってたの?」
と半ば呆れ顔で言いつつも、
「けど、やぶちゃん良い仕事してんじゃん。今度コーヒーサービスしちゃお」
「だろ?」
そう言いながら、返信を打ち始めた。その姿を見た遥子は、呆れて呟いた。
「どうでも良いけど、いつまで経っても子供だねぇ。ね、灯ちゃん」
と、アルバイトの灯に聞くと、
「そうですかぁ?私は可愛いと思いますよぉ。だけど、康二さんとデートかぁ、良いなぁ」
そうだった……この子も、こう言う子だった……
遥子は、頭を抱えた……
次回の更新は、19日になります。




