第二話ーー曇りのち晴れーー09
「よう!」
康二に一人の男が声をかけてきた。見た感じ40代と言った所で、明るく気持ちの良い笑顔を見せていた。康二は軽く挨拶を交わした。
「どうしたんだ?今日は雄介さんのCBで来たのか?それも女の子乗っけて。デート?」
男が揶揄うように康二に言った。康二は慌てて
「いやいやいや、今日は、雄介さんのお使いで来たんだよ。バイクのパーツ買いに。それにそんなこと言ったら彼女に悪いよ」
康二は、必死に弁解をした。希は顔を赤くして俯いていた。その二人の姿を見て、
「ふーん、なんか良い感じに見えたんだけどな」
と、ニヤニヤしながら言った。
「いやいやいや、そんなんじゃないって!年も離れてるし」
本当にあの店の客は、誰の影響だか、悪ノリするから……
康二は、そう思っていた。
「それにしても、相変わらずこのCB、綺麗に乗ってるよなぁ」
「うん」
「雄介さんはお前にしか、このCB乗せないからな。俺らにしてみたら羨ましくてしょうがないよ」
「そう?そんなこと考えた事も無かったな。長い付き合いだからじゃない?」
「それだけじゃないと思うけどな」
男はニヤリと笑うと
「あんま、邪魔しちゃうと彼女に悪いから行くわ」
そう言うと、自分のバイクの元に歩いて行った。
「そんなんじゃ無いって!ほんとにしょうがねえなぁ。ごめんね希ちゃん。嫌な気分にさせちゃった?」
「いえ、大丈夫です」
希の顔はまだ赤い。
「あの人は、オヤジさんの所の常連さんでさ。顔見知りなんだ。あの店の人達は、みんな悪ノリが凄いからさ、びっくりしちゃったよね」
「全然大丈夫です」
希は、顔が赤いまま答えた。
あんなふうに言われちゃうと、意識しちゃうじゃない……
希はそう思ったら、また顔が赤くなった。
「大丈夫?なんか顔が赤いけど?暑い?」
「いえっ!大丈夫です!」
希も、あまり男性と話した経験が無かったのだった……
「そう?」
康二もそんな希に気がつく程、気が利くような男では無かったのだった……
「さてと、何を買えば良いのかな。リュック開けてくれる?」
「はい」
希は急いでリュックを開けると、中には一枚の紙切れが入っているだけだった。
「財布入ってないじゃん。入れ忘れたな」
康二はそう言いながら、紙切れを広げると、
「…………やられた」
そう言うと、頭を抱えた。
「何が書いてあるんですか?」
と言いながら、希も覗くと、また顔が赤くなった。
紙切れには
〈デート楽しんできてね〜〉
と一言だけ、書かれていた……
「あの人は、ほんとにもう……」
康二は頭を抱えて呟いた。希の様子を伺うと、顔を赤くして俯いていた。
まいったなぁ。これじゃ嫌でも意識しちゃうよ……
実は希も康二と同じような気持ちだった。康二に対して、今までまるで意識をしていなかったらこそ、康二の後ろに乗る事も出来た。
意識してしまった今となっては、身体を密着させるバイクのタンデムの事を思い出すと、恥ずかしくて仕方が無かった。
別に希は康二の事は嫌いでは無い。どちらかと言うと、優しくて面倒見の良いお兄さんという感じで好意的に見ていた。しかし、それは恋愛感情とは全く違う。それ以前に昨日知り合ったばかりで、そんな感情を持つ事は、一目惚れでもない限りあるはずもない。
康二も全く同じだった。ただ、昨日雨の中、立ち往生していたバイク乗りに声をかけただけだ。そもそも、鈍感な康二は、声をかけたバイク乗りが、女の子だという事にも気がついていなかったのだ。下心なぞあろうはずがない。
康二にしてみれば、たまたま声をかけたバイク乗りが、たまたま女の子だったというだけでしかない。
二人の間に微妙な空気が流れていた……
「まいったなぁ」
康二は、重い口を開いた。
康二自身、女性との付き合いは苦手な部類に入る。
もちろん、それなりのルックスをしている康二は、女性とお付き合いをしていた事もあるが、いかんせん話が合わない。それもそうだろう。大概の女性はバイクは、汚い、危ない、うるさい、物でしかないのだ。
多少なりともバイクに興味がある女の子は一度は乗ってみたいと康二にリクエストをするが、大抵は一度のツーリングで、二度と乗せて欲しいと言わなくなる。
夏は暑い、冬は寒い、話も出来ない。ましてや、昨日、裕介が希に話した、女性の楽しみである身だしなみが全て無駄になってしまうのだ。
興味の無い女性にとっては、面白くも何とも無いのだ。
康二にとっても女性を後ろに乗せるというのは、極力避けたい事でもある。
何よりも気を遣う。休憩も多めに取らなければならないし、女性との会話が苦手な康二にとって、信号待ちの度に、後席に声をかけるのは苦痛以外の何物でもない。そんな事を気にしていないという人も中にはいるだろう。しかし、康二は人一倍、人に気を使う性格なのだ。
少なくとも一人でバイクに乗る時は、そんな事を考えなくても済むし、そんな煩わしさを持って、大好きなバイクに乗りたいとも思っていない。だから、気を使わなければいけない女性とのタンデムツーリングは、康二にとっては、楽しくないので嫌なのだ。
そういえば、希ちゃんを乗せた時は嫌じゃ無かったな……
康二はふと思った。
それは、希がバイクに乗っているという事が関係していたのかもしれない。希がバイクに乗っているから、康二もあまり気負わずに乗せられた。この感覚は、康二にとってはかなり大きい。
だが、それ以前に、女性として意識していなかった方が大きいかもしれないが……
年齢も康二より一回りも下の希に、そんな意識を康二は全く思っていなかった。
次回の更新は、28日になります。




