第二話ーー曇りのち晴れーー07
相変わらず綺麗にしてる……
康二は裕介の愛車をしみじみと眺めて思った。
裕介の愛車はHONDA CB1100F。1983年に1年だけ製造されたモデルだ。CB1100Rの並列4気筒エンジンを積み、CB900Fの後継となるが、その後エンジンの水冷化が進み、最後のCB-Fとなる。
HONDAのCBと言えば、某コミックで大人気となった、CB750Fが代名詞となっているが、当時、どういう訳か、日本国内販売では、750ccまでという制約があった為に欧米では、900ccのCB900Fが販売されていた。
裕介自身、限定解除に受かった当初は、コミック誌の主人公に憧れてCB750Fを探していたのだが、当時、生産が終了してから10年以上経っても、コミックの影響からか値段が高騰しており、それならばと、どうせだったらデカいのが良いなと言う、実に裕介らしい理由で、並行輸入で日本に入って来ていた、ヨーロッパ仕様のCB1100Fを手に入れた。
決して1100Fが750Fに比べて安かったと言う事はなく、逆に1年しか生産されていないこともあり、値段は遥かに高く取引をされていたのだが、750Fを踏襲したデザインに加え、CB1100Rと同じエンジン、赤と白の特別なカラーリングに惚れ込んでの事だった。
裕介が手に入れた時点で、すでに10年以上経った個体ではあったが、丁寧に整備を続け、既に生産が終わってから40年以上経っても元気一杯に走っている。赤と白のボディカラーは、裕介によく似合っており、裕介の代名詞となっていた。
康二は、裕介から預かったキーを差し込み、セルを回した。
キュルルルル ヴォン ドォルルル
一発でエンジンに火が入った。大排気量車特有の、低く重たい音が腹から響いてくる。
良い音だな……
康二は思った。
裕介のCBは、吸排気系は基よりサスペンションなども含めて、細かいところまで手が加えられているのだが、如何にもなカスタム然はしておらず、オリジナルを活かした、品の良いカスタムが施されている。こう言ったところも裕介らしいと言えばらしいと言えた。康二はそんな裕介のCBが大好きだった。
軽く暖気をしながら康二は裕介に言った。
「やっぱり、裕介さんのCB良いね!」
裕介は、愛車を褒められニヤリと笑った。
「だろ?俺の自慢だかんな」
裕介は康二に簡単に、この「自慢の愛車」を貸したが、もちろん、誰にでも貸すわけでは無い。康二だから貸したのだ。誰よりも丁寧にバイクを扱う事が出来る康二に絶大な信頼を置いているからこそ「自慢の愛車」を託す事が出来るのだ。
康二はヘルメットを被り、CBに跨った。
やっぱりしっくりくるな。
康二と裕介は背格好が似ている分、ポジションの好みも似た傾向にあった。もちろん、ポジションにもカスタムが施されているのだが、極端な前傾姿勢を取るような物ではなく、長時間乗っていても、疲れないようなポジションになっている。若い頃は、低いハンドルにバックステップと言うカスタムがされていたのだが、もう若くは無いと言う理由で、今のポジションに落ち着いた。
「さ、希ちゃん乗って」
裕介は、タンデムステップを出して希に言った。
「はい」
希は、恐る恐るタンデムシートに座った。
すごい……
希は今まで大型車に接した事がないわけでは無い。先輩もドゥカティに乗っている。しかし、40年も前の空冷車を間近にするのは初めてだった。
空冷独特のメカニカルノイズと、カスタムされている吸排気系からの、しかし決して大き過ぎない品のある迫力あるサウンド。それこそ、身体全体にバイクを感じる事ができる、心地良い振動。全てが初めての経験だった。
「ちゃんと、しっかりと康二にくっついてね」
裕介はそう言うと、含みのある笑顔を見せた。もちろん、その含みのある笑顔を遥子は見逃すはずも無い。
コイツは、全く……
「じゃ、康二頼むな」
「了解!希ちゃん良いかな?」
「は、はい」
「じゃ、行こうかね」
そう言うと、康二は軽くアクセルを開くと、希が乗っている事を考えて優しくクラッチを繋いだ。そんな康二に答えるかのようにCBはスムーズ動き出した。
「行ってらっしゃーい」
裕介と遥子は出発した二人を見送ると、遥子は裕介に言った。
「お前、仕組んだな?」
「何の話?」
裕介はとぼけていた。
「お前が、パーツの注文忘れるわけねぇんだよ。私を舐めんなよ」
「お前には、隠し事出来ねぇな」
裕介は笑って答えた。
「当たり前だろ。何年の付き合いだよ」
「ちょっと、二人に仲良くなって貰おうと思ってな。名付けて康二と希ちゃん仲良し大作戦!」
裕介は得意げに言った。遥子は呆れ果て、
「そんな事だろうと思ったよ……自慢の愛車まで引っ張り出して……」
「良い作戦だろ?」
裕介は、自慢げに言った。
「まあ、裕介にしてはな……」
「何だよそれ」
裕介は不満げに言った。
「お前さ、希ちゃんと康二クンいくつ離れてると思ってるんだ?」
遥子は、至極当たり前の事を言った。普通に考えても、10も歳が離れていたら、恋愛対象にはならないだろう。
「それもそうだけどよ……」
裕介は少し自信が無くなってきた。
「それに、あの康二クンだぞ?お前と違って歳の離れた女の子と上手くいくと思う?」
裕介は、ますます自信が無くなってきた。
「それ言われちゃうとなぁ……康二だもんなぁ……」
「そうだよ。康二クンだもん……」
変な所で、二人の意見が合った。
「まあ、きっかけにでもなれば良いんじゃない?その後はあの二人次第。これ以上は首突っ込むなよ」
遥子は裕介に釘を刺した。
こうでも言っておかないと、コイツ、また余計な事するからな……
次回の更新は、21日になります。




