第二話ーー曇りのち晴れーー05
「それがこのチーズケーキの原点の誕生秘話ってわけ。その後、色々改良を重ねて今に至るって感じかな」
遥子は、笑いながら希に言った。
「へぇ、なんか良い話ですね」
希は笑顔で言った。
「それからかな、3人でいろんな所に遊びに行くようになったのは……いつもコウちゃんの後ろに乗って……」
遥子は懐かしそうに言った。希は遥子の思い出話を楽しそうに聞いていた。
「そうそう、康二クンと初めて会ったのは、まだ康二クンが小学生だった頃。可愛かったよ〜」
「小学生の康二さんって想像つかないです」
希は、笑いながら言った。
「コウちゃんと康二クンは、歳が離れててね。そのせいか、コウちゃんは康二クンの事すごく可愛がってたんだ」
「へぇ」
「康二クンもコウちゃんの事大好きで、いつもくっ付いて歩いてた。だけど、コウちゃんは両親とうまくいってなくってね。康二クンにも、コウちゃんから遠ざけようとしてたみたい……」
「ひどい……」
希は呟いた。希には兄弟が居ないが、当時まだ幼い康二の気持ちを考えると、いたたまれなかったのだ。
「だよね。あんまり言いたくは無いんだけどさ、お父さんはエリートで仕事に夢中。お母さんは、お父さんみたいにエリートになりなさいって、まだ小学生の康二クンに、夜遅くまで進学塾に通わせててね。ひどいよね。遊びたい盛りなのに、一緒に遊ぶ友達も居なかったって……」
だから、人に対して不器用なんだ……
希はそう思った。康二の不器用な優しさ、人の良さは、昨日の一件からもよく分かっていた。それが、子供の頃の、寂しい経験から来る物だとしたら、あまりにも悲しい……誰よりも優しいのに、どうやって、人と接したら良いのか分からないのだ。
「夜遅くにね、康二クンが隣にコウちゃんを尋ねて来たのよ。コウちゃん、隣に入り浸りだったし、居場所が無い家に帰りたく無かったみたいだったしね。だから、康二クンもコウちゃんに会う為には、ここに来るしか無かったんだと思う。一生懸命、住所を調べてね。コウちゃんに会う為に……まだ小学生なのに……」
「住所だとこの辺なんだけど……」
小さな身体に似つかわしくない、大きなカバンを背負った康二が、拙い文字で書かれたメモを頼りに歩いていた。夜道を一人で歩くのは、小学生では、かなり勇気のいる事であったのだが、普段、なかなか会うことが出来ない兄の康一にどうしても会いたかったのだ。
辺りの商店は、もう既に店を閉めてしまっている。人通りも無く、康二はますます不安になった。駅から後藤オートまで、大人の足で10分弱かかる。子供の足で、夜道なら、倍以上はかかるだろう。
「やっぱり帰ろうかな……あまり遅くなると怒られるし……」
康二は半ば、心が折れかけていた。そう思いながら、俯きトボトボと歩いていた康二が顔を開けると、一件、明かりが点いている店が見えた。
康二は、明かりに引かれるように、その店に向かった。
店の前には、色とりどりのバイクが並んでいた。その中には、見慣れた康一のバイクもあった。
「ここだ!」
康二は、勇気を振り絞り、店の中に入った。
閉めていた店の引き扉が開いた音がすると、店の奥で談笑していた裕介が出てきた。
「すんませーん。今日はもうおしまいなんですけど……ん?子供?何の用だ?」
康二は、不安そうな顔で立っている。
「あの……あの……」
康二は、裕介が怖くて何も言えなかった。
「何だ?こんな時間に?ここは遊び場じゃねぇぞ」
裕介もそれなりにとんがっていた年齢である。見た目も話し方も、小学生の康二には怖くて仕方が無かったのだ。
「あの……」
「あのじゃわかんねえよ」
「どうしたの?」
店先の騒ぎに気が付いた、遥子と康一が店の奥から出てきた。康二は康一を見つけると、一気に顔が明るくなって、
「お兄ちゃん!」
「お兄ちゃん?」
遥子と裕介は驚いて康一を見た。
「康二!お前、何でこんなとこまで……」
と驚いた康一が言い終わる前に、康二が康一に抱きついてきた。今まで不安だったのだろう。目から大粒の涙が溢れていた。康一が優しく、康二に言った。
「泣いてちゃわかんねえよ。どうしたんだ?」
店のパイプ椅子に座った康二が、ホットミルクを飲んでいた。遥子が落ち着かせる為に入れてくれた物だ。康二が落ち着いたのを見計らって康一が聞いた。
「どうしたんだよ、急に。ここまで結構あるだろ?母さんには言ってきたのか?」
康二は首を振った。
「マジか?また、うるさく言われんぞ」
「だってさ……」
康二は今にも泣きそうに言った。
「ま、いいや。俺が怒られてやるよ」
康一は、康二に笑って言った。
「ねえ、この子、弟?ちゃんと私たちに紹介してよ」
遥子が康一に言った。その後ろで親父さんと裕介が興味深そうに覗いている。
「あ、そうだったな。コイツは康二、俺の弟」
「コウちゃんに弟なんていたんだねぇ。隠し子かと思ったよ」
遥子が驚きながら言った。この歳で隠し子も何も無いとは思うが……
「そんなわけねぇだろ!」
裕介が、ツッコミもそこそこに、康二の顔をまじまじと見ながら言った。
「よく見たら似てんな」
「そうか?コウより頭良さそうだぞ」
親父さんが感心しながら言った。
「なんか、二人ともひどいこと言ってない?」
康一は、二人の様子を見て言った。
「そんなことねぇよな?」
親父さんがそう言うと、裕介と遥子が頷いた。
「ひでぇなぁ。紹介するよ康二、ミルク入れてくれたお姉さんが遥子。この、軽そうな奴が裕介、そいで、この怖そうなおじさんがオヤジさん」
仕返しとばかりに、康一は皮肉を込めて康二に言った。
「ちょ、軽そうって何だよ!」
「怖そうって、俺は怖かねぇよ。子供に変なこと植え付けんなよ」
裕介とオヤジさんは、口々に文句を言っている。康一は、全く意に介していない。
お姉さんか……
遥子だけは、ニヤついていた。
「お姉さんって言われてニヤついてんじゃねえよ!遥子!」
裕介は遥子を揶揄うように言った。
「ニヤついてねぇ!」
いつものように二人は言い合い始めた。
「全くいつもいつも……うるせえよな」
オヤジさんは康二に笑いながら言った。
「いつもこんなんだから気にすんなよ」
康一も康二に笑いながら言った。康二はも一緒に笑った。
次回の更新は、14日になります。




