第二話ーー曇りのち晴れーー04
「とりあえず、一休みしなよ。せっかく持ってきたんだから、コーヒー冷めちゃうよ」
「うん……」
康一は、気の無い返事を返した。遥子は、段々とイライラしてきた。裕介はそんな遥子を見て慌てて康一に言った。
「遥子怒らすと怖いぞ」
康一は、はっと我に帰り、作業を中断してコーヒーを貰いに行った。
「全く、集中するのは良いけどさ」
遥子は、不満げに言った。
「ごめんごめん」
「康二は、基本、真面目だかんな」
裕介は笑いながら言った。すると、オヤジさんが笑いながら言った。
「オマエとは大違いだな」
「あんたの息子なんだけどな」
裕介は、負けずにオヤジさんに返した。
「あんたら、似たもの親子だよ……」
遥子は、呆れたように二人に言った。
「違うわ!」
「違うよ!」
親子二人は同時に遥子に言い返した。康二は、そんなやり取りを笑いながら見ていた。
「そうそう、これ食べてみて。お母さんに教えて貰って、初めて作ったんだ」
と、遥子が言うと、テーブルの上にチーズケーキが置かれた。
「形は悪いけどさ……」
遥子は照れながら言った。
「どれどれ」
オヤジさんがチーズケーキを一口、口に入れると
「うん、美味いよ。初めての割には良くできてる」
裕介も一口食べると
「うん、美味い、美味い」
そう言いながら、パクついていた。それを遥子は嬉しそうに見ていた。
康一は、一口、口に入れると、
「うん、美味しい」
と、言うと、コーヒーを一気に飲み干して、フォークを置いてしまった。
「何だよ。お前食わねぇの?なら、俺が貰う」
と、裕介が言って、康一の残したケーキを平らげてしまった。
「口に合わなかった?」
康一の様子が気になった遥子は、康一に聞いた。
「美味しかったよ」
康一は、笑って誤魔化しながら遥子に言った。
「だけど、残したじゃん……」
遥子は、少し悲しかった。
初めて作ったのだから、美味しく無いのはわかっているけど、残す事ないじゃん……
裕介は、少し落ち込んでいる遥子に、誤解を解く為に説明をした。
「違うんだよ。コウは、甘い物苦手なの。コイツ、ケーキとかそんなの食べられないんだよ」
「ごめん、甘いもの食べると胸焼けしちゃうんだ……」
康一も、せっかく作ってきてくれた遥子に申し訳ないと思い素直に謝った。
「今度は、アンタも食べられるような奴作ってやる!」
負けず嫌いな遥子は、康一に啖呵を切った。
「あん時は悔しかったねぇ。絶対、美味いって言わせてやるって思ったよ」
希は、笑っていたが、どこか寂しげに言った。
「ですよね。せっかく作ったのに、残されるのはショックですよね……」
自分にも思い当たるところがあったのかもしれない。
「でしょ?それから、もう色々研究してね。何回試食させても、胸焼けがするって最後まで食べなかった……もう、諦めようかなって思ったんだよ。だけどね……」
遥子は、笑顔を見せて言った。
「やっぱり悔しいじゃん。だから、これで最後だと思って、自分が努力した物全部出そうと思って作ったの。そしたらさ……」
「そしたら?」
「康一は居る?今日こそは、残さず食べてもらうからね!」
と言いながら遥子が、勢いよく後藤オートに入ってきた。
「げっ……また来た……」
バイクを整備していた康一は遥子の勢いに怯んで、裏から逃げ出そうとした。
「逃がさないよ」
遥子は、康一を捕まえると、椅子に無理矢理座らせると、目の前にチーズケーキを出した。
「今日こそは食べてもらうから」
「裕介〜オヤジさん〜」
康一は、泣きそうな顔で二人に助けを求めたが、二人は遠くを見て、見て見ぬふりをしていた。
この二人は……こう言う奴らだった……本当に似た者親子だよ……
康一は、恨めしそうな顔で、裕介とオヤジさんを見ていた。
「さ、食べて見て」
遥子はグイグイ迫ってくる。
「甘いもん、ダメだって言ったじゃん。胸焼けしちゃって、その後、何にも食べられなくなっちゃうんだよ」
「わかってるよ。だからこれで最後にする。これでダメだったら、もう無理矢理食べさせないから」
遥子は、泣きそうな顔で康一に言った。
いつもと違うな……
それは、康一だけでは無く、裕介や、オヤジさんも感じていた。
「わかったよ。そんなに言うなら……これで最後な……食べられなくても怒るなよ」
康一はそう言うと、フォークを手に取った。遥子は、固唾を飲んで見ている。いつの間にか裕介とオヤジさんも加わっていた。
康一は、一口分をフォークに取ると、思い切って口に入れた。
「…………」
康一は、無表情で黙って食べている。
「どう?」
「どうだ?」
「食えるか?」
3人は、康一の様子が気になって仕方が無かった。
「…………」
康一は、まだ黙って食べている。
「やっぱ、ダメか……」
遥子は、康一の様子を見て、半ば諦めかけた……しかし、
「…………美味いよ、これ」
諦めていた遥子の顔が、弾けるように明るくなった。
「うん、美味い。これなら食べられる」
「よっしゃ!」
遥子は思わずガッツポーズをした。
「マジか?」
「俺にも食わせてみろよ」
裕介とオヤジさんも一口ずつ口に入れた。
「おお、これ良いな」
「おう、美味いな」
「だろ?お前らの分もあるから、食べて、食べて」
そう言うと、テーブルに裕介とオヤジさんの分も並べてコーヒーを入れ始めた。遥子の目には一筋の涙が……
それを、見た裕介が、すかさず遥子をからかった。
「なんだ?鬼の目にも涙か?」
遥子は涙を拭いながら
「鬼じゃねぇし。そんな事言うお前には食べさせてやらない」
「ちょっと、待ってよ。悪かったって」
康一は、そんなやり取りを見て笑いながら、チーズケーキを美味そうに食べていた。
次回の更新は、10日になります。




