第二話ーー曇りのち晴れーー03
遥子は、写真を見せながら寂しそうに言った。
「これね、20年くらい前の写真なんだけどさ」
希は、写真を覗き込み、興味深げに見て言った。
「うわっ!みんな若いですね!」
「康二クンなんてヤンチャな顔してるでしょ?」
「ほんと!今では想像もつかないです」
写真は、後藤オートの前での記念写真だった。オヤジさん、裕介、遥子、そして康二、康二の隣には、康二に似た男が写っていた。皆、笑顔で楽しそうだった。写真からも仲の良さが伝わってくる。
「あの……康二さんの隣に写っている人は?」
希は遥子に聞いた。
「康二クンのお兄さん……康一……」
遥子は寂しげに答えた。
「この写真を撮って暫くしてから、事故って死んじゃった……」
希は黙って聞いていた。昨日、車の中で康二からお兄さんの事は聞いてはいたが、実際にこうやって見ると、何とも言えない切ない気持ちになっていた。
「コウちゃんと裕介が元々友達でね。コウちゃんもバイクに乗ってて、隣に入り浸っててさ。私はその頃高校が違ったんだけど、裕介とは幼なじみみたいなもんだからさ……」
時は遡り30年前……
「コウ!いつまでもバイクいじってねえで、遊びに行こうよ」
裕介が康一に急かすように言った。
「ちょっと、待ってよ。あとここだけ」
康一は、一生懸命バイクを整備していた。中古で買ったバイクの調子が、すこぶる悪かったのだ。
「オヤジさん!ここがうまくいかないんだけどさ」
康一は、オヤジさんに助けを求めた。
「ああん?どこだよ」
「ここ、ここ」
「これな。細かいから難しいんだ」
そう言いながら、康一の代わりに手を入れ始めた。
「全くよ、俺よかコウがバイク屋の跡取りみてぇだな」
裕介がぼやいていた。すると、
「おじさん!お母さんが自転車見てってさ」
と言いながら、遥子がズカズカと店に入ってきた。
「おう!これ終わったら行くから待ってろ」
「わかった」
そう言いながら、店を出ようとすると、ふと、一生懸命バイクを整備している康一に目が止まった。
「なぁ、裕介、アイツ……誰?」
明らかに、不審者を見る目だ。
「アイツって、コウの事か?俺の友達だよ。お前会ったこと無かったっけ?」
「無いよ。お前の友達ってロクでもねぇ奴ばっかだし」
遥子は、悪態をついた。確かに、当時の裕介は、友達は多かったが、世間一般的には、ヤンチャな奴が多かったのも事実だ。その中では、康一は、多少、毛色が違って見えた。
裕介は、悪態をついた遥子に言った。
「ひでぇな。けどな、アイツは良い奴だよ。おんなじクラスなんだ」
「ふーん」
そう言うと遥子は、康一が気になりながらも店を出て行った。
「それが初めての出会いだったかな。私は、その頃バイクなんかには興味無くってさ、なんでこんな不便なもん乗ってんだろ?って思ってた」
そう言いながら、遥子は笑った。
「そうそう、そのチーズケーキ。それもね、コウがいたから出来たようなもんなんだ」
「えっ?」
「私さ、高校卒業したら、お母さんがやってたこのお店、手伝うつもりだったからさ、色々と教えて貰ってたの。で、初めてチーズケーキを作ってさ……」
「差し入れだよー」
遥子が後藤オートに入ってきた。
「おう!サンキュー。親父!遥子が差し入れ持ってきてくれた」
「おう!いつもありがとな」
そう言うと、オヤジさんと裕介はコーヒーを受け取り飲み始めた。しかし、相変わらず、康一は、自分のバイクに夢中で、差し入れには目もくれず悪戦苦闘中だった。
「コウ、一休みしたら?」
裕介が康一に言った。
「うん、後でいいや」
康一は、バイクに夢中だった。
「また、やってるの?」
遥子は康一に聞いた。二人は何度か顔を合わせているうちに、多少の会話は交わすようになっていた。
「うん、なかなか調子良くならなくってさ。中古だからしょうがないんだけど……」
康一のバイクは、一生懸命バイトをしてやっと手に入れたものだった。しかし、高校生の康一には到底、程度の良い物なぞ手が届くはずも無く、安いと言う理由だけで、決して程度の良くないこのバイクを買ったのだった。
当時、中古のバイクを買うとなると、それなりの目利きとも言うべき知識も必要だったのだが、まだ高校生の康一には、そんな目を持っているはずも無く、ハズレを掴まされてしまったのだ。
暫くは、順調に走っていたこのバイクは、次第に調子が悪くなりはじめ、思うように走れなくなってしまった。そんな時に同じクラスのバイク屋の息子、裕介と知り合い、色々とバイクの話をしているうちに意気投合し、オヤジさんにバイクを見てもらおうと言うことになったのだが……
「こんなバイクを買いやがって!命いらねぇのか!」
康一も、例に漏れず、オヤジさんの洗礼を受けた。
しかし、康一は、オヤジさんの洗礼を受けても、初めての自分の愛車に乗り続けたかった。
それ以来、康一はこの店に入り浸り、愛車を整備し続けていた。オヤジさんも、そんな康一を可愛がって、まだ高校生でお金が無い康一に場所と工具を無料で使わせ、康一がわからないところは、丁寧に教えながら、まるで息子のように康一を見守っていたのだ。親とうまく行ってなかった康一も、そんなオヤジさんになつき、裕介ともまるで兄弟のような親友になっていた。
次回の更新は、7日になります。




