第一話ーーある雨の日ーー13
笑い合っている3人を見てオヤジさんがボソリと呟いた。
「本当にお前ら、仲良い兄弟みたいだよな。ここに康一がいたら……」
「親父!!」
裕介がオヤジさんを止めた。
「……すまん……」
オヤジさんは康二に謝った。
「うん?大丈夫気にしてないよ。もう何年も前の事だしさ。ね?遥子さん」
「……うん……」
遥子は歯切れが悪かった。
康一の事は、忘れるわけがない……忘れられるわけがない……
本当は、それはこの場にいる全員が同じ気持ちだった。オヤジさんも、裕介も、遥子も、康二も……
雨が降っていたあの日、康一を失ってからポッカリと空いた穴を埋める事は、まだ出来ない……さっきまで笑っていた仲間が、急にいなくなった時の絶望、悲しみ、怒り、寂しさ、ありとあらゆる感情をこの場にいる全員が抱え込んで生きていた。
大切な、大好きな仲間の康一を忘れない為に……
「康二……」
オヤジさんが重い口を開いた。
「お前、バイク降りても良いんだぞ?」
「またその話?僕が降りるわけないじゃん」
康二が、重い空気を振り払うように笑って答えた。
「俺、バイク好きだし、みんなといるのも楽しいし、降りる理由なんて無いよ」
「だけどな……」
オヤジさんは、康二の気持ちを考えると切なくて仕方がなかったのだ。
「今は、その話やめとこ。な、オヤジ」
裕介は、優しくオヤジさんに言った。
康二の兄貴分の裕介も、本音は同じだった。もちろん遥子も……あの日以来、康二をずっと見てきた3人だからこそ、辛い気持ちで、康二にバイクに乗ってほしくはなかった。誰かの為にバイクに乗ってほしくはなかった。
「ああ、そうだな……」
再び、重い空気が当たりを包み沈黙が流れた。
バイクに長く乗っていれば、大なり小なり、少なからずこう言った経験をする事がある。
単純に、飽きたから、家庭の事情、怪我……バイクを降りる理由なんて、実に人様々だ。怪我くらいなら、いつかは笑い話になる。生きていれば、酒のつまみ話になるだろう。
しかし、命を落としてしまったら……
残された者はどうすれば良いのだろう……それがきっかけで、降りる奴もいる。バイクが嫌いになる奴もいる。バイクを恨む奴もいる……それでも乗り続ける事を選ぶ者もいる。
しかし、乗り続ける事を選んだ者は悲しみを抱えて走るしか無いのだろうか……
亡くした仲間を思い続けながら走るしか無いのだろうか……
だとしたら、あまりにも悲しすぎる……
「そう言えばさ、親父、康二の奴さ」
裕介が沈黙を破るように話し始めた。裕介としてもこの話はこれ以上したくはなかったのだ。
「コイツ、希ちゃんに信用してもらう為に、自分の免許証預けてさ、そいで返してもらうの忘れてんだよ。マヌケだよな」
「マジか?」
オヤジさんは話を聞いて嬉しそうに笑った。裕介は場の空気を変えるのが本当にうまい。康二は感心していた。
けど、僕をネタにする事はないでしょうに……
「ところでよ、何で希ちゃんに声をかけたんだよ?」
裕介が興味深げに聞いた。
「えっ?」
「そうそう、気になってたんだよね。浮いた話の一つも無い康二クンがさ、珍しいじゃん」
遥子も興味津々に聞いてきた。
「そんな色っぽい話じゃないよ。ただね……」
「ただ?」
裕介、遥子、そしてオヤジさんまでもが身を乗り出して康二の話の続きを待っている。
いや……オヤジさんまで……
康二は3人に呆れながら続けた。
「ただ、雨の中、仲間に置いていかれて、立ち往生なんて可哀想だなって」
「それだけ?」
祐介が呆れて聞いた。
「うんそれだけ」
「可愛いなぁとか、仲良くなりたいなぁとかは?」
遥子が期待を込めて聞いた。
「全然。ヘルメット被ってたし……」
「彼女にしたいとか下心ねぇのかよ?」
オヤジさんがストレートに聞いた。
「そんなのあるわけないじゃん。それに、希ちゃん、好きな人いるみたいだよ」
とは、言いながらも、心にもやっとした感情は残っている。しかし、そんな物は出せるわけがなかった。
「ハァァァァァァ」
3人は大きく溜息をついた。
「なにそれ?」
康二には3人がなぜ溜息を吐いたのかわからなかった。
「やっぱ、康二だな」
「期待しちゃって損したわよ」
「少しは成長したと思ったんだがなぁ」
3人はそれぞれ、勝手な事を言っている。
「何々?何でそんな言われんの?」
康二は、なぜそこまで言われるのか、全くわかっていない。
そんな康二をよそに、それぞれが何にもなかったように、
「祐介、これのパーツいつ来るんだ?」
「代理店に在庫あったから、明日には来るよ」
遥子は大きく背伸びをしながら言った。
「さてと、あたしはコーヒーでも淹れてきてやるかな」
「奢り?」
裕介は笑いながら言った。
「あん?たまには、ちゃんと金払って注文しろよ!」
裕介と遥子の掛け合いが、また始まった。
康二は、そんな3人を見て、心から感謝をしていた。
みんなが居たから、僕はバイクを降りなかったんだ……
そして康二は、雨の中立ち尽くしていた希の姿を思い出していた。
本当はさ、あの日の僕と重なったんだよ……
雨の中、動かないバイクの前で立ち尽くしていた希と重なるように、康二は自分の過去を思い出していた。
何も出来なかった自分を……
康二にオヤジさんが声をかけた。
「康二、タンク洗っちまうか?」
「そうだね!」
康二とオヤジさんは、希のバイクの整備を始めた。
次回の更新は、27日になります。




