第一話ーーある雨の日ーー12
「行きたかったよね……」
康二は呟いた。
好きなに人と久しぶりに会えるんだもんな……
希は少し考えて言った。
「行きたかったですけど……でも……」
「でも?」
「行けなくて良かったかなって思います。皆さんのお話を聞いたのもあるんですけど、やっぱり私には覚悟みたいな物が足らないのかなって……うまく言えないですけど……」
そう言いながら、希は軽く笑った。
「このままだったら、絶対事故ってたかもしれませんし、みんなに迷惑をかけてたかもしれません。あまりにもバイクを軽く考えてた所ありますし……そう、自転車とおんなじ感覚みたいな……」
康二は黙って聞いている。
「それってやっぱり危ないですよね。今日はそれを教えて貰えましたから、実は感謝してるんですよ?」
「そうなの?」
「はい。そうですよ」
康二は希がそう思ってくれて、心の底から嬉しかった。なんせ、康二達がやった事は、受け取る側にしてみたら、要らぬおせっかいとも言えるようなものでもある。それを希が変な誤解も無く、素直に自分達が言った事をわかってくれて本当に嬉しかったのだ。
それに、どんな形であれ、バイクに嫌な印象を持って欲しく無かった。せっかく、バイクっていう素晴らしい物に出会えたのだから……
それが、たとえ、希がバイクに乗らないという決断をしたとしても……
しかし、康二は希に、バイクに乗り続けて欲しかった。せっかくバイクに巡り合ったのなら、自分と同じように、もっと楽しい事を経験して欲しかった。たくさん楽しい事を教えてあげたかった。
「あっ!ここら辺でいいです。もうすぐそこなんで」
康二は、ハザードを出して軽トラを車道の端に寄せて止めた。休日の雨上がりのせいか、車通りはそんなに多くは無い。
「ありがとうございました」
そう言うと、希は頭を下げて軽トラから降りた。康二は軽トラの窓を開け希に思わず声をかけた。
「希ちゃん!」
希は少し驚いた顔をして
「はい!?」
「あの……僕がこんな事を言うのはなんだけど……」
「はい」
希は康二の顔を見ている。康二は、ひどく緊張をしていた。
「あの……」
「はい?」
康二は意を決して希に言った。
「バイク、降りないで欲しいな……きっともっと楽しい事いっぱいあると思うから、これからも乗り続けて欲しいと思う」
希は、康二の緊張した顔を見て、少し吹き出してしまった。
「ふふっ……あっ、ごめんなさい……康二さん、あまりにも真剣な顔なんで、つい……」
「そうだったかな?」
康二は、顔を真っ赤にしていた。康二のそんな顔を見て、希は微笑みながら言った。
「はい。ありがとうございます。よく考えて答えを出したいと思います」
そう言うと頭を下げて、
「今日はありがとうございました。気をつけて帰って下さいね」
「うん。それじゃ……」
康二は軽トラを発進させた。希は軽トラを見送ると、歩き出した……が
「あっ!」
「あっ!」
康二も気がついた。
「免許証!」
「免許証!」
「マジかよ。康二らしいな」
そう言うと裕介が大声を出して笑った。
「そんな、笑っちゃダメだよ。康二クンも真剣だったんだろうしさ……だけどさ……」
遥子も必死に笑いを堪えている。
「いいよ、遥子さん、笑ってくれて。俺がマヌケなんですよ」
希のバイクを見ながら康二が拗ねて見せた。
「いい歳したおじさんが拗ねても可愛くねぇって」
「おじさん……」
裕介にそう言われた康二はショックを受けていた。それを見ていた遥子は追い討ちをかけるように康二をからかった。
「いい加減自覚しなよ。十分おじさんだよ」
「おじさんか……」
「なんだよ、楽しそうだな」
そう言いながら、オヤジさんが帰ってきた。
「おっ、いつまでも若いつもりでいるオジイが帰ってきたぞ」
裕介が軽口を叩いた。
「なんだと!」
「いやいや、いつまでも若くて良いなって話」
すかさず、遥子がフォローを入れた。ここら辺のコンビネーションは長い付き合いだからこそと言えた。
「どうせ、偏屈だの、頑固だの言ってたんだろ」
オヤジさんはブツクサ言いながら、希のバイクを見回していた。
「どうだ、康二、バイクの様子は?」
「うん?一応、一通りは見たけど、雨ざらしじゃなかったみたいだから、思ったほど悪くは無いかな」
「そうか。タンクの洗浄とインジェクションも見た方が良いな」
なんだかんだと言いながら、希のバイクが気になっているようだ。
「わかった。あ、希ちゃんみんなにお礼言ってたよ」
「お礼?」
「うん、バイクの事を教えてくれてありがとうございましたって」
「俺は何にもしてねぇ。裕介、何か余計な事言ったのか?」
オヤジさんは照れくさそうに言いながら、裕介に矛先を向けた。
「何にも言ってねぇよ。なぁ?」
裕介は遥子と康二に助けを求めた。遥子はイタズラっぽく笑って、
「いやいや、なかなか語ってたよ?」
「ちょっと、待ってよ」
裕介は焦った。
ヤバい、これはヤバい……
「うん、語ってた、語ってた」
康二も遥子に乗っかって、裕介をイジリ始めた。
「なんだよ、康二まで」
裕介は、ますます焦り始めていた。
このままだと、こいつらのイジリが始ま……
「なんだよ、お前、偉くなったもんだな」
「いや、いや、そんなんじゃねぇって」
裕介は必死に否定をしていた。これ以上、この3人にいじられたくなかったのだ。
本人もらしく無い事をした事は自覚している。だからこそ、いじられるとどうやって返していいのかわからなかった。
「結構響いてたみたいだよ。バイクの事もちゃんと考えるってさ」
「そうか……」
裕介は、素直に嬉しかった。
「お前、何言ったんだよ?さすが、お姉ちゃんのいる店で遊びほうけてるだけあるな」
オヤジさんはニヤニヤしながら裕介に言った。
「いやいや、普通の事、言っただけだってば。まいったな」
本当に困っている裕介を見て、3人は笑った。
「昔から、裕介はこういうの苦手だもんな」
遥子は笑いながら言った。
「やめてくれよ。本当にさ……」
笑い合っている3人を見てオヤジさんがボソリと呟いた。
「本当にお前ら、仲の良い兄弟みたいだよな。ここに康一がいたら……」
次回の更新は、24日になります。




