第一話ーーある雨の日ーー10
希のバイクはカウルを外され、康二が細かく見ていた。隣では、心配そうに希が見ている。
「差し入れだよ〜」
遥子が店に入ってきてサンドウィッチをテーブルに置いた。
「やった!」
「ありがとう遥子さん」
裕介と康二は、遥子に大袈裟にお礼を言った。
「ありがとうございます」
希は深々と遥子に頭を下げた。
「希ちゃんには、後でデザートがあるからね」
遥子は、希に笑顔で言った。
「俺たちには?ずるいよな康二」
「そうだよ。俺たちもデザート」
男どもが騒いでいる。
「あーうるさい!お前達はツケを払ってからだ!良い歳した親父が騒ぐな!」
遥子がピシャリと言った。
「ごめんなさい」
「ごめんなさい」
二人同時に遥子に頭を下げた。その姿を見て、希は声を出して笑った。
4人は、思い思いに椅子に座ると、裕介は早速、遥子の差し入れに手を出し、遥子に偉そうに言った。
「遥子!コーヒー!」
「お前は何にもやってないだろ!自分で淹れろ!」
と言いながらもコーヒーを裕介の前に置いている。
この3人は本当に仲が良いんだ……
希は3人のやり取りを見て、心が暖かくなるのを感じた。
それに……
改めて店内を見渡すと、綺麗に磨き上げられたバイクが並び、工具も機能的に配置されている。この店の店主の人柄が滲み出ているようだ。
「希ちゃん、遠慮しないで食べて!早くしないと男どもに食べられちゃう」
遥子が希に言った。
「はい!」
希が遥子のサンドウィッチに手を出すと、康二が裕介と希のバイクの事を話し始めた。
「オイルフィルター注文して欲しいんだよ。バッテリーも。同じ型ある?」
裕介はサンドウィッチを頬張りながら答えた。
「あったと思うけどな。無かったら注文しとく。純正じゃなくていいよな」
希が、恐る恐る裕介に聞いた。
「あの……メンテナンス料金はどれくらいかかりますか?」
「うん?料金?」
裕介が呑気に答えた。
「はい……」
まだ学生にの希にとってみれば、料金の事を心配するのも当然の事だろう。
「いらないよ」
裕介はしれっと言った。
「えっ?」
希は、当たり前のように言った裕介の言葉に耳を疑った。
「だって康二がやってるんだもん。うちは場所を貸しているだけだし。けどパーツなんかの実費は貰うけどね」
「そんな……」
希が申し訳なさそうに言った。
「バッテリーなんかは純正品だとめちゃ高いけど、互換品でも問題ないし、値段も安いしね。それ以外だと、オイルとオイルフィルターとプラグかなぁ。洗浄剤なんかのケミカル品は、サービスしちゃおう!」
「そんな悪いです……」
希にとっては、今日知り合ったばかりなのに、こんなに良くしてくれる事が信じられなかった。
「良いの良いの。気にしないで。コイツら好きでやってるんだから。それにサービスって言っても康二クンが預けてるやつ使うつもりだから」
遥子が笑いながら言った。
「バレてんじゃん」
「あんたらの考えてる事なんて、お姉さんには、まるッとお見通しよ!」
「て、それ少し古い……」
康二が突っ込みを入れると、3人はまた楽しそうに笑い合った。
「はい、これも食べて、デザート」
遥子は希の前に綺麗なソースがかかったチーズケーキを置いた。
「美味しそう」
「これ、うちの自慢」
遥子はそう言うと、ニコリと笑った。
希は、遥子のチーズケーキを一口食べると
「美味しい!」
「でしょ?これだけは美味いんだよ」
裕介がまた余計な事を言うと
「お前が言うなっ!」
遥子が裕介の頭を叩いた。
あったかい……本当にあったかい人達だ……
希にはこの空間がとても暖かい居心地の良い空間に感じていた。
私も入れるかな……
希はこの中に入りたいと思っていた。
こんな風に笑い合えるかな……
「おっ雨止んだみたいだな」
裕介が店の外を見て言った。外はいつの間にか雨も止み、少し明るくなっていた。
「康二、どうする?まだやってくか?」
裕介が康二に聞いた。
「うん?パーツも揃ってないしなぁ。大体見たし、今日は終わりにしておこうかな。希ちゃん良いかな?」
「はい。大丈夫です」
遥子が裕介に目配せをした。裕介は遥子の言いたい事をを察し、
「希ちゃん、どうやって帰るの?」
「えっ、電車で帰ろうと思ってますけど……」
「うーん、女の子がそんなカッコで電車乗るのはいかんな」
確かに、雨で濡れて決して綺麗とは言えない格好で電車に乗るとなると、明らかに周りの乗客から浮いてしまうだろう。ましてや、女の子だ。泣き腫らした目をして、化粧も崩れてしまっている。
変なところに気がまわるな……
康二は素直に自分には無い裕介のそう言うところに感心していた。
「と言うことで、康二、送ってあげな」
「へっ?」
不意を突かれた康二は驚いてしまった。裕介はニヤリと笑って康二を見た。
「俺のCB貸してやるよ。雨も止んでるし」
「いや、いや、まだ路面濡れてるし。危ないよ。なら軽トラ貸してよ」
「なんだよ。せっかく気を利かせてやってるのに……」
そう言いながら、軽トラのキーを康二に投げた。
あほ……
遥子は裕介の言いたい事がわかり、頭を抱えていた。希は意味がわかっていなかった。
「サンキュ」
康二はキーを受け取ると、希に向かって言った。
「行こうか」
「そんな良いですよ。悪いです」
希はひどく恐縮している。
「大丈夫、気にしない気にしない、康二クンが送りたいんだって」
と裕介が笑いながら言うと、後ろから遥子が裕介の頭を叩いた。
「イタッ!」
「余計な事言うな!康二クン!ちゃんと送るんだよ」
「はいよ」
実際、康二は裕介の言うように希と、もう少し同じ時間を過ごしたかった。
「そんな申し訳ないです……」
「大丈夫、大丈夫、行こ」
康二は希を連れて店を出ようとした。康二の後ろについていた希は振り返り、
「ありがとうございました」
と言って、裕介と遥子二人に頭を下げた。
「バイク、どうするかよく考えてね」
裕介は希に言った。
「はい。ちゃんと考えます」
「うん」
遥子は希の元に駆け寄って
「今度はさ、私の店においで。ゆっくり話そ」
「はい!」
希は笑顔で答えた。遥子にそう言ってもらえた事が嬉しかった。
裕介は笑顔で希に手を降った。遥子も笑顔で希を見ていた。
店の外に出ると、すっかりと雨が止んでいた。また空は雲が立ち込めているが、バイクが動かなくなった時と違い、希の気持ちは晴れやかだった。
次回の更新は、17日になります。




