第一話ーーある雨の日ーー01
「あぁ、雨が降ってきちゃったなぁ」
康二は空を見上げて呟いた。
雨が降り出した空は、ぶ厚い雲で覆われていた。
「天気予報じゃ、今日は持つって言ってたのになぁ。せっかくの休みなのに、これじゃ面倒見てやれないな。注文しておいたパーツが来るのに……」
康二は、雨が降ってきた空を恨めしそうに見ながら、急いで近くのコンビニへ雨を避けるように逃げ込んだ。
康二がコンビニに駆け込むのと同時に、バイクグループがコンビニに駆け込んで来た。雨宿りでもするつもりだろう。
ツーリングかな。こんな日に元気だね。
どうやら5人のグループらしい。皆それぞれ、見るからに早そうな最新バイクだ。その中でも一際目立つ赤いバイクがある。イタリアの名車ドゥカティだ。
ドゥカティに乗っている男がヘルメットを脱ぐと、20代前半に見える。他のメンバーも同年代だろう、皆若い。
若いのに良いバイク乗ってんな……
康二は、嫉妬とも言えるオヤジ臭いセリフを呟いて店内に入った。
店内に入ると、康二は他の商品には目もくれず、ドリンクコーナーに向かった。
「オヤジさんはUCCで裕介さんはジョージアと……なんで缶コーヒーにこだわるかな、あの二人は」
そう言いながらも、本人も缶コーヒーはポッカしか飲まない。充分こだわっている。
缶コーヒーを物色しながら外を見ると、何やら、さっきのグループが揉めているようだった。
どうしたのかな?
店内にいる康二には、何で揉めているか窺い知る事はできない。
雨はますます酷くなってきている。この天気ではよっぽどの好き物じゃなければツーリングなんて諦めるだろう。視界も悪くなるし、滑りやすくもなる。それに何より、雨具を着ての運転は蒸れて楽しくない。車と違い屋根の無いバイクには雨は天敵だ。
康二が会計を済ませて店の外に出ると、バイクグループは1台のバイクを残して出発した後だった。
「うん?」
康二は残されたバイクが気になって見ていた。
雨の中、1人取り残されていたライダーが、雨の中雨具も着ないでバイクを見て立ちすくんでいた。
康二はその姿を見て、ある日の事を思い出していた……
……土砂降りの雨の中、康二は倒れているバイクを見て立ちすくんでいた……立ち尽くす事しかできなかった……
まるで、あの時の僕と一緒だ……
それ以来、康二は雨があまり好きじゃない。
1人残されたライダーは、セルを回し始めた。
キュルルルルル、キュルルルルル、キュルルルルル、
どうやらエンジンが掛からないらしい。セルを何回も回しているがエンジンに火が入らない。
キュルル、キュルル、キュル……
そのうち、セルも回らなくなってしまった。明らかにバッテリー上がりだ。
あらら、やっちゃったか……
他人と、常に距離を置いていた康二だが、流石に見ていられなくなり、エンジンをかける事に悪戦苦闘しているライダーに声をかける事にした。
「大丈夫?バッテリー上がっちゃったみたいだけど?」
ライダーは驚いて康二を見た。それも当然だろう、雨の中コンビニ袋をぶら下げてビニール傘をさしている冴えない中年男に声をかけられたのだから……自己主張の強いライダーであったら、こんな中年男に声をかけられても迷惑なだけだろう。何よりもライダーにはプライドが高い者が多いのも事実だ。
しかし、康二は、放って置けなかった。
「驚かせちゃった?ごめんね。なんか見ていられなくてさ」
康二を見ていたライダーはヘルメットを脱いだ。
女の子!?
康二は驚いた。
体つきや、ヘルメットのカラーリングなんかを見れば、女の子だろうと想像がついてもおかしくないが、康二にはそう言った感覚は一切なかったのだ。
「朝、出た時から少しおかしくて、騙し騙し走ってたんですけど……ここでエンジンかからなくなっちゃって……」
女の子は申し訳なさそうに言った。
「ちょっと見ても良いかな?」
お節介かもしれないが、こんな所で立ち往生している人を放っておけるわけがない。康二はそんな男だった。
女の子の目が期待の色に変わった。彼女にとっては、この冴えない中年男が救世主に見えただろう。
「バイク、詳しいんですか?」
心なしか、彼女の声が弾んでいる。
「ちょっと……ね」
康二は、セルを回してみた。
キュル……
セルの回る力が無い。
ま、当然だな……
かなりバッテリーが弱っている。これ以上回しても回復する見込みもない。
朝から調子が悪かったって言ってたけど……始めからバッテリーが弱ってたんだろうな……
走り続けている分には発電される。ある程度走っていれば、充電もされる。しかし、バッテリーが弱くなっていれば充電もされなくなってしまう。ましてや最近のバイクは電子制御されているから、意外とバッテリーを使ってしまう。
「ここまで、どれくらい走ってきたの?」
康二は聞いた。
「1時間位です」
それじゃ、充電もされないな…それよりも……
康二はバイクを色々と見てみた。
全くメンテナンスしてないな……所々ガタが来てる……可哀想に……
「ちょっと、聞いて良いかな?このバイク、どれ位乗ってないの?」
「半年近く……乗っていませんでした……」
女の子は申し訳なさそうに俯いて言った。
「だろうね……」
康二はため息まじりに言った。
これじゃ、ダメだな……ちゃんと見てあげないと危ない……
「あの……ちょっと見ただけで、そんな事もわかっちゃうんですか?」
女の子は不安げに康二に聞いた。康二の険しくなった顔つきを見て只事ではないと不安に思ったのだろう。
「わかるよ……可哀想に……」
康二はバイクを撫でながら呟いた。
康二にとっては、バイクのオーナーである女の子の気持ちなんてどうでも良かった。放置されていたバイクが可哀想だったのだ。
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