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#55-2 「恋と戦は、しばしば似たような策略を必要とする。」 — ミゲル・デ・セルバンテス

 オークの襲撃から三日。

 ベルクシュタットの町は、まるで何事もなかったかのように静まり返っていた。

 あの騒乱が幻だったのではないか――そう錯覚するほど、坑道も山肌の道も、ただ穏やかな風にさらされている。


 負傷者たちはようやく呼吸を整え、軽傷の住民はすでに家へ戻り始めていた。表向きは「日常」に戻りつつあったが、人々の心の奥底に沈んだ不安だけは、容易に拭えない。

 ――「また来るかもしれない」

 その恐怖が、ベルクシュタットという土地に深く染み込んでいた。


 そんな中、ローデンブルクからの援軍がついに到着した。


「ソーマ殿、お待たせいたしました」


 馬上から声をかけてきたのは、騎士団副団長シグリットだった。生真面目な表情はいつも通りだが、その瞳には張り詰めた緊張が宿っていた。

 彼女の背後には、見慣れた顔――アムスとカークの二人の騎士が控えている。


 軽く挨拶を交わしたのち、俺はさらにその後方へ視線を移した。

 そこには、二つの集団が控えていた。いずれも見覚えのない顔ぶれ。だが、皆が武具を帯び、ただ者ではない気配を纏っている。


「……あれは」


 俺よりも先に反応したのはカイルだった。

 驚きと喜びが入り混じった声が響く。


「ガルムさん! 来てくれたんですか!」


 視線の先にいたのは、大柄な戦士――ガルム。

 四人組の冒険者パーティ『赤銅の戦輪』。ローデンブルクでも名の通った実力者だ。


「よお、カイル! 随分派手にやらかしたらしいな!」


 ガルムが豪快に笑いながら歩み寄る。その背後には、魔術師ヨナス、斥候ジン、治癒術士メーゼ――長年彼と共に戦ってきた仲間たちが並んでいた。

 カイルたち三人も、自然と表情をほころばせて駆け寄る。顔に浮かぶのは安堵、そして再会の喜びだった。彼らにとって赤銅の戦輪は、間違いなく頼れる先輩冒険者なのだろう。


 一方、もう一つのパーティは対照的だった。


 黒髪の剣士が、無駄のない動きで前に出ると、口元に皮肉めいた笑みを浮かべて声をかける。


「相変わらず賑やかですね、ガルムさん」

「他の奴らが静かすぎるんだよ」


 ガルムが肩をすくめて笑い返すが、剣士は反応せず、すぐにこちらへ視線を向けてきた。


「あなたがソーマ殿ですか。初めまして。我々は冒険者ギルド・ローデンブルク支部所属、『白銀の翼』です。私はゼスト。そして弓使いのセレネ、治癒術士のメリッサ。以後お見知りおきを」


 彼の背後には二人の女性が控えていた。

 ひとりは細身の体に弓を担ぎ、冷ややかな瞳で辺りを見回しているセレネ。

 もうひとりは穏やかな微笑を浮かべ、落ち着いた気配をまとったメリッサ。

 二人とも洗練された雰囲気を漂わせてはいるが、カイルたちに対してもどこか距離を取るような空気が感じられた。


 両者の再会と紹介を見届けていたシグリットが、一歩進み出て、状況の説明を始める。


「我々ローデンブルク騎士団にも守るべき任務があり、派遣できる人数には限りがありました。そこで、伯爵閣下の裁可により、ギルドから冒険者たちの派遣が決定されました。特にオークが相手で、坑道の探索が想定されるため、実戦経験を積んだ彼らの方が、騎士団よりも適任であると判断されたのです」


 納得のいく話だった。

 騎士団には騎士団なりの守るべき任務がある。 加えて、坑道内での戦闘となれば、冒険者の機動力と柔軟性の方が求められるのも当然だ。


 俺たちは一通り挨拶を交わし、それぞれのパーティの顔ぶれを確認した。


 《赤銅の戦輪》は、和やかにこちらと談笑を始める。


「まさか、こんな騒ぎになってるとはな。だが安心しな、俺たちが来たからには派手に片付けてやるぜ」


 ガルムが豪快に胸を叩き、カイルが憧れ混じりの視線を向ける。


 だが、《白銀の翼》のゼストは違った。俺たちには目もくれず、まっすぐにエレノアを見つめて口を開いた。


「お久しぶりですね、エレノアさん。あなたほどの方が、カイルのような男たちと共にあるのは惜しい。以前から何度も申し上げていますが――あなたの力は、私のパーティでこそ活きるはずです」


「おい、ゼスト!」


 露骨な引き抜きに、カイルの笑みが消えた。コールも眉間に皺を寄せる。

 エレノアは迷惑そうに息を吐き、肩をすくめて答えた。


「その話は、もう何度も断ったでしょう。私は今の仲間を解消するつもりはないわ」

「だとさ、ナンパ野郎!」


 カイルの皮肉を受けても、ゼストは涼しい顔で受け流し、今度は俺の隣に立つカレンに視線を移した。


「……おや、そちらは初めてお目にかかりますね」


 胸に手を当て、優雅に一礼する。


「白銀の翼のゼストです。この町はまだ不案内でして……もし戦いの後などに、町の案内をしていただければ嬉しいのですが」


 物腰は丁寧だが、その言葉にはどこか余計な艶が混じっている。


 カレンは瞬きを一つして、手帳を閉じた。

「申し訳ありません、業務中ですので」

「それは残念。しかし、こんな素敵な方がいらっしゃるとは……この町も奥が深い」


 ゼストの笑みは崩れず、視線だけが粘り強くカレンを追う。


 そのとき、カイルが一歩前に出て、低く言った。

 

「ゼスト、それくらいにしとけ」

「おや、君の知り合いだったか? いや、ただお茶でも、と思っただけだ」

「鉱山に行く準備は整ってるはずだろ。余計な寄り道してる暇はねえ」

「ふむ。戦いの後に一杯くらいならいいだろう?」


 軽口を叩くゼスト。だが、カイルの目は鋭く細められていた。

 一触即発の空気が広がったその時、シグリットが声を張った。


「やめなさい、あなたたち! ここは戦場ではありません。くだらない諍いはここまでに」


 その言葉に、二人はしぶしぶ視線を外す。

 だがゼストは、最後ににやりと笑った。


「では――勝負にしましょうか、カイル。今回のオーク討伐、どちらのパーティが多く仕留められるか。我々《白銀の翼》か、君たち《三日月の剣》か」


 場が一瞬、凍りつく。


「そして賭けの対象は……こちらのご婦人にお願いしよう。勝った方が、彼女と一度だけ食事をする権利を得る」


 あまりに軽々しい言葉に、カレンが「失礼ですが――」と抗議しかけたが、その声は周囲のざわめきに呑まれた。


 ゼストは本気の目でカイルを見据え、カイルは怒りを押し殺した声で応じる。


「……受けて立つ。ゼスト、後悔するなよ」


 二人の視線が交錯し、火花が散った。


「へっ、面白ぇ。なら見届け人が必要だろ? 俺が務めてやる」


 ガルムが腕を組んで笑うと、周囲の冒険者たちは一気に色めき立った。あちこちで賭けが始まり、笑いと怒声が入り混じる。


 オーク討伐という公的な任務は、男たちの意地と一人の女性を巡る私闘へとすり替わり――本人の意思など置き去りに、火蓋が切られたのだった。


ご覧いただきありがとうございました。


「恋と戦は、しばしば似たような策略を必要とする。」この名言は、ミゲル・デ・セルバンテスの著書『ドン・キホーテ』に出てくる言葉で、駆け引きと戦略が両者に不可欠と説いています。

本話では、オーク討伐という「戦」の裏で、一人の女性を巡る「恋」の駆け引きが展開されました。互いの「策略」が交錯する勝負の行方に、どうぞご注目ください。

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