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#54-1 「恐れは、無知から生まれ、理解によって消えていく。」 — マリー・キュリー

 ベルクシュタットの街に足を踏み入れた瞬間、肌を刺すような視線の圧をいくつも感じた。


 通りの商店主、広場で井戸端に集う婦人たち、道端に座る老人までが、俺たちを射抜くように見つめている。

 無言の問い、露骨な疑念、そして隠しようのない敵意。その全てが、まるで目に見えない刃となって、容赦なく俺たちに向けられていた。


 ひそひそと交わされる囁きが、風に乗って耳に届く。


「……あれが、例のソーマってやつか」

「家を奪われるらしいぞ」

「鉱山にまで手を出すつもりだとか……」

「領主様も、何であんな奴を……?」


 まるで生き物のように、陰湿な噂が俺たちに絡みつき、じわじわと広がり始めていた。


「皆さん、どうか、落ち着いてください……! 後日、皆さんに正確な情報をお伝えする場として、説明会を必ず設けますから――」


 俺は立ち止まり、努めて冷静な声で呼びかけた。

 しかし、俺の声は、吹き荒れる不信の風にかき消されそうになる。

 それでも、わずかに足を止め、戸惑いの表情を見せる者もいた。

 

 この焦燥感が、果たして彼らに伝わってしまっていないか。そう思うと、奥歯を噛み締めるしかなかった。


 ベルクシュタット会館――かつて廃墟寸前だったこの場所が、今や再開発の成否を決める、まさに戦場になっていた。

 一週間後の説明会で、再開発計画の具体的内容を住民に説明する予定だが、それ以前に鎮めねばならない火種がある。


 町の基盤であり、住民の生活そのものである鉱山に関する噂が、町を大きく揺るがしていた。

 本来、俺たちの再開発計画とは無関係なはずの鉱山の噂が、今や再開発計画全体に黒い影を落としているのだ。この問題に手を打たねば、説明会で再開発の利点を説いたところで、誰も耳を傾けてはくれないだろう。



***



「おい、聞いたか? 今度の説明会とやらで、奴ら、とうとう鉱山の権利まで奪うつもりらしいぞ」

「ああ、魔石の産出量が減ったからって、俺たちの生活を脅かしやがって。この町は鉱山があってこそだっていうのに」

「ドワーフまで連れてきてるって話だ。よほど本気で掘り起こすつもりなんだろうな」


 私たち三人は、情報収集を兼ねてこの古びた酒場に足を運んでいた。

  

 誰が言い出した訳でもない。ソーマとカレンが、町長と共に説明会の準備で忙殺されている間、私たちは町の様子を探ることにした。

 彼が、住民の追及や悪意の的になることを避けたかったからだ。

  


 カイルは無言でラタラ・ワインをあおり、一瞬だけこちらを見た。その視線に感じる苛立ちは、私とコールが感じているものと同じものだ。


「……予想以上ね、この雰囲気」


 ――ソーマが、どれだけこの町の未来を真剣に考えているかを知っているからこそ。根も葉もない言葉の棘が、容赦なく胸に刺さる。


「これじゃあ、まともに話を聞いてもらうことすら難しいわね。最初から聞く気はないと決めつけてるみたい」

「……噂の広まり方が不自然だな」


 コールが低く呟く。

 カイルはグラスをテーブルに置き、低く唸った。

 

「クソッ……聞いてられねえ。あいつらにひとこと言ってくる!」

 

  そう言って、カイルは勢いよく立ち上がろうとする。


「待ちなさい、カイル!」

 

  私が素早く彼の腕を掴み、制止した。

   

「そんなことをしても、ますますこじれるだけだわ。火に油を注ぐようなものよ」

「……ソーマの負担を増やすだけだ」


 コールもまた、カイルの肩に手を置き、落ち着かせようとする。

 カイルは一度大きく息を吐き、苛立ちを抑え込むように再び席に座り直した。

 

 「……分かったよ。けどな、黙って見てるだけってのも、腹が立つんだよ」


 その気持ちは、私もまったく同じだった。

 ただでさえ、ソーマは何でも一人で背負い込む性分だ。こんな理不尽な中傷を前にしても――。


「……きっと、また自分だけで抱え込むつもりよね」  

「ああ。特に、あいつの“あれ”を知ってるからな。余計にな……」


 私がぽつりとつぶやくと、カイルが腕を組み、天井を仰いだ。


 “あれ”。


 それは、あの日――ダンジョンから無事戻ってきたソーマが口にした、信じがたい言葉。


 「……俺に()()()()()ってことに、興味を持たれたみたいでな」

 

 あの時、彼の言葉を聞いた瞬間、私の胸には「やっぱり」という確信が広がった。

 ずっと感じていた違和感の理由が、全て腑に落ちる感覚だった。


「だが、本当なのか……マナがない、なんて」


 コールが静かに口を開いた。

 

「そうだよな。そんなことあるのかよ」


 カイルもまた、信じられないといった様子で呟いた。


「私は、本当だと思う。こんなことで私たちに嘘をつく必要はないし、なによりも、彼には、生物にあるはずの魔力の揺らぎを一度も感じ取れなかった」


 私がそう言うと、二人は静かに頷いた。


「私にとっては……、むしろ腑に落ちた部分もあるの」


 私が正直な気持ちを打ち明けた。カイルとコールが、僅かに目を見開いて私を見た。

 

 「ソーマには確かに、私たちとは違う、何か不思議な力があるように感じる。でも、それが何なのか、漠然としたままだった。ソーマの強さは、マナに頼らない、彼の本質そのものから来ている。だから、彼がどんな秘密を抱えていようと、私たちは彼を信じられる。白樫亭を助け、今はベルクシュタットの町のために一生懸命になっている彼を、私は支えたい」


 私の言葉に、二人は黙って頷いた。言葉にしなくとも、同じ思いを共有しているのが伝わってきた。


「しかし、この町のやつらが、ソーマを誤解しているのは、見ていられないぜ」


 カイルが腕を組み、不満げに呟いた。


「どうであれ、このままじゃ話にならない。説明会とやらで話す前に、何か手立てが必要だ。ソーマのために、俺たちもできることをするぞ」


 カイルがそう締めくくり、私たちは互いに顔を見合わせ、静かに頷いた。



   ***



「……住民の不信感は、俺たちが予想していた以上だな」


 ベルクシュタット会館の一室で、俺は資料を広げながら、眉をひそめた。

 今日まで、俺とカレンはハンス町長と共に、説明会で提示する再開発計画の詳細を詰めていた。しかし、町に蔓延する悪評のせいで、その道のりは困難を極めていた。


「ええ、特に鉱山に関する根も葉もない噂が酷い。ソーマ殿が、『ご領主様を騙し、鉱山へ不当に手を伸ばし、未発見の魔石を独占しようとしている』などと……」


 ハンス町長が苦渋の表情で言う。彼自身、町の代表として町民たちの感情を肌で感じ取っているのだろう。


「意図的に流された噂を、採掘ギルドなどが真に受けているという構図です。彼らにとって、鉱山の再開発など、まさに既得権益の侵害に他なりませんから」


 カレンは冷静な口調ながらも、その声には鋼のような硬質さが滲んでいた。ただ事実を述べるだけでなく、不当な煽動への反論が含まれていた。


 俺たちの議論が続く裏で、町の空気は剣呑さを増す一方だった。説明会までに打開策を見つけなければと焦るものの、名案は浮かばなかった。



ゴォン、ゴォン、ゴォン!


 突如、町全体を揺るがすように、鈍く重い鐘の音が轟いた。


「……何の鐘ですか?」


 突然の鐘の音に、当惑しつつカレンと顔を見合わせた。


「この鐘は……!」ハンスの顔色が変わる。「鉱山の非常警報だ!崩落かもしれん……!」


 部屋の空気が張り詰めた、その瞬間だった。


「大変です! 鉱山から魔物が!」


 息を切らした町民が、転がり込むように部屋へ飛び込んできた。


「魔物だと!? 馬鹿な……鉱山に魔物など……!」


 長年町を治めてきたハンスでさえ、信じがたい報告に絶句する。

 俺もまた、予期せぬ報せに一瞬、思考が止まった。

 

 しかし、すぐに状況の深刻さを悟る。


「詳しい状況は? どこから、どれくらいの数が?」


 俺は混乱するハンスに代わって、即座に問い質した。


「十八番坑道です! オークが、次々と……!」


 男の言葉に、部屋にいた全員の顔から血の気が引く。ハンスや他の者たちが混乱する中、俺はすぐに行動を起こすことを決めた。


「カレンはここに居てくれ! ハンスさんは可能な限り住民の避難誘導を!」


 俺は指示を飛ばすと同時に、部屋を飛び出した。

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