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#50-1 「人生とは、人生以外のことを夢中で考えているときにあるんだ」—ジョン・レノン

 ベルクシュタット会館改修計画が承認され、資金の目処が立ったことで、俺はすぐにグランツ商会を訪れた。


 ユージンは、俺の来訪を予期していたかのように、余裕綽々といった態度で迎えた。


「おやおや、これは相馬さん。……いえ、今はローデンブルグの地域開発顧問殿、と呼ぶべきやね。いやぁ、 ご出世、心よりお慶び申し上げます。面白い風が、うちの店先まで吹き込んで来そうやなぁ」


 彼の言葉は軽く、まるで世間話のように聞こえる。だが、その奥に隠された真意を理解している俺は、改修に必要な資材や人材のリストを差し出しながら迷いなく答えた。


「この街で最高の流通網と人材を用意できるのは、ユージンさんのところしかいないと知っていますからね」

「随分と口が達者になったなぁ、ソーマさん。…いやはや、その商売人めいた嗅覚、どこで身につけたことやら ……おや、それはリストやね? わざわざ恐縮やけど、用意いただくまでもありませんでしたよ」


 そう言うと、ユージンはリストを受け取るでもなく、自分の机から一冊の帳簿を取り出し、差し出した。


 俺はそれに目を落とし、驚いた。そこには、資材の種類、数量、そして熟練の職人の手配まで、俺が作成したリストと寸分違わないどころか、より詳細な情報が記されていた。


 ユージンの情報網と正確さに、思わず舌を巻く。


「しかし、ベルクシュタット会館の改修とは……伯爵も思い切った決断をされましたなぁ」

「ええ、それだけベルクシュタットの再生に伯爵が本気だということです。俺も、この事業にかける思いは伯爵に劣りません」


 ユージンは眼鏡をくいっと上げ、値踏みするように俺を見つめた。 その瞳には、一切の甘さがない。

 

「ほほう。その熱意は感心やね。で、それがうち、グランツ商会にとって、どれほどの金貨に化けるんやろうなぁ。今のベルクシュタットに、そこまでの経済的魅力があるとは、正直思えんのやけど?」

「確かに、目先の利益は小さいかもしれません。しかし、この改修は、魔石の枯渇で活力を失ったベルクシュタットが、鉱山に頼らない新たな生業や文化を育むための起点となる。ユージンさんがこの再開発を後押しすることで、グランツ商会も新たな地域経済の成長と共に、多様な商機を掴む、その足がかりとなるでしょう」


 ユージンの表情は変わらないままだったが、俺の話を聞き終えた後、僅かに口角を上げた。


「なるほど。ソーマさんの見立ては分かったわ。未来の商機、ですか……フム。まぁ将来の金貨にならずとも、相応の対価さえもらえれば、依頼された仕事を全うするのみ。それがうちの流儀やからね。――いいでしょう、お求めのもんはすぐに手配させてもらいましょ」


「そういえば」 ユージンはふと尋ねた。


「以前、紹介したカレンさんは、どうやった? 」

「ええ、おかげさまで助かっています。今も色々と手伝ってくれています」

「そうやろ。あの娘も、なかなか面白い目を持っているからねぇ。それに、なにより器量良しや。地域開発顧問殿の右腕にはぴったりやな」

「はは……ユージンさんはよく見てますね。彼女の働きは、本当に心強い限りです」



 その二日後には、彼の言葉通り、必要な木材、石材、金具、そして熟練の職人たちが、グランツ商会の情報網と流通ネットワークを通じて、瞬く間に手配された。


 ユージンという男は、自分が商機と見たものには、出し惜しみをしないようだ。



     ***



 数日後、俺たちは再びベルクシュタットへと足を踏み入れた。


 会館の敷地には、既に巨大な輸送馬車が何台も連なり、山積みにされた木材や石材、金属加工品が運び込まれていた。埃っぽい空気が、活気ある労働者の熱気と混じり合う。


 グラムは、待ってましたとばかりに腕まくりをしていた。


「おう! これだけあれば、当分は寝る間もねぇな!」


 彼の言葉に、屈強な職人たちが「へい!」と声を上げる。

 

 グラムは図面を広げ、声を張り上げながら指示を出していく。

 老朽化した部分の撤去作業が始まり、埃と木くずが舞う。内部構造の確認と、新たな間取りのための測量が進められていた。グラムと職人たちの連携を間近で見守りながら、俺自身のアイデアが現実の形となっていく光景に、確かな手応えを感じていた。


 俺もまた、現場を歩き回り、資材の配置や工程の確認、職人への細かな指示出しに奔走した。

 この世界に来て初めて、大規模な建設現場の「現場監督」として動いている、そんな実感があった。

 かつてオフィスでデスクワークをしていた俺が、今や異世界の泥と汗にまみれながら、荒廃した建物を蘇らせる指揮を執っている。異世界が、新たな自分を発見させてくれたような気がした。


 眠っていたベルクシュタット会館が、確かに息を吹き返しはじめている――。

 そんな中でも、俺の心の片隅には、小さな違和感が残っていた。


(……白樫亭のときのような不動産ギルドからの妨害が、今回はない)


 俺たちの動きは彼らの権益を脅かしているはずだ。それなのに――


「さすがに、伯爵の肝入りのプロジェクトには手出しできないってことか……?」


 だが、このときの俺は、少し楽観的すぎたのかもしれない。

 それがわかったのは、暫くしてからのことだった。

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