#45-3「すべての石塊の中には彫像がある。彫刻家の仕事はそれを発見することだ。」—ミケランジェロ
数週間後、改装が終わった『槌音コート』は、あっという間に全ての借り手が決まった。
募集はシンプルに張り紙で行うことにした。
「リノベーション」というこの世界では耳慣れない言葉は避け、六つの空き部屋の内、五つを同時に貸し出した。
賃借人の募集では、かつてリノベーション事業で何度か実施したことのある『オープンハウス』という方法を試すことにした。
これは、特定の期間中、興味のある人が誰でも自由に、予約なしで部屋を見学できるようにするものだ。この世界の住人には馴染みのないやり方だろうが、多くの人に見てもらうには最も効果的だと考えた。
カイルやユージンたちの伝手を使って、冒険者ギルドや商業ギルド会館の目立つ場所に張り紙を出した。
「新しい暮らし、始めませんか?」
大きくそう書き出し、絵師に頼んで描いてもらった、明るく生まれ変わった部屋のスケッチを添えた。間取り図と家賃を明記し、指定された期間のオープンハウスへの来場を促す文言と、問い合わせ先として白樫亭の情報を載せた。
数日後、問い合わせが入り始めた。
今回の募集で貸し出しをしない部屋は、実は、あえて一室だけ元のまま残しておいた未改装の部屋だ。オープンハウスでは、改装した部屋に加え、その変化をより際立たせるため、それも公開した。
この比較展示が功を奏し、内見者が続々と現れた。単なる部屋探しだけでなく、その劇的な変化に興味を抱き、珍しがって見に来る人も多かった。これは、今後のリノベーション事業の具体的な見本となるという、俺の狙い通りの展開だった。
俺は長屋の前で訪れる人々を迎え、改装した部屋を案内した。どの部屋も同様に生まれ変わっており、見学者はその変化に一様に驚きの声を上げた。
特に、改装前と改装後の部屋を見比べたときの反応は格別だった。
やがて、二十代半ばの若い女性が内見に訪れた。長いこと生活に疲弊していたのか、その表情にはどこか諦めにも似た影が差していた。しかし、疲れた目の奥には、新しい場所への微かな期待の色が揺れていた。
「……ここが、募集されてた家?」
「はい、よく来てくださいました。俺は相馬と言います。この長屋を、今回改修させてもらいました。中、案内しますね」
案内されて室内へ足を踏み入れた彼女は、広く明るい空間を見て、はっと息を飲んだ。
「……えっ、ここ……本当に、外から見た長屋の部屋なの?」
長屋の外観はまだ古さを残している。そのギャップには、見学者の誰もが驚く。
「ええ。骨組みはそのままですが、床や水回り、内装を新しくしました。以前は暗くて使いづらかったですが、壁を取り払って窓を増やし、動線を変更したんです」
俺の説明を聞きながら、彼女はゆっくりと部屋を見回る。床の感触を確かめるように歩き、窓辺に立ち、差し込む光を浴びた。一つ一つの仕草から、単なる物件探しではなく、ここで実際に暮らす自分を真剣に想像しているのが伝わってきた。
しばらくの沈黙の後、彼女はぽつりと呟いた。
「……すごく、落ち着く感じ」
そして、窓の外を眺めながら、少し遠い目をして続けた。
「私、今までずっと、荒れた場所で暮らしていて……こういう、自分が落ち着ける場所っていうのが、なかったから……」
言葉を選びながら、彼女は続ける。その様子に、俺は胸の奥を締め付けられるような何かを感じた。そして彼女は顔を上げ、希望に満ちた、少し潤んだ瞳で、確かな声で言った。
「……もしかしたら、ちゃんと“帰ってきたくなる家”って、こういうのを言うのかなって、今、思いました」
まさに、俺が目指し、この場所で創りたかったものだった。単なる住居ではない。安心して、自分らしくいられる場所。この異世界で、俺自身が求め、ようやく白樫亭に見つけつつある、あの感覚。
「そう言ってもらえると、作った甲斐があります」
俺の言葉に、彼女は笑った。その笑顔は、春の陽差しのように明るかった。
その日のうちに彼女が最初の借り手となった。家賃は周辺の長屋より少し高いが、この立地で、これほど快適で安心できる部屋は他にないと感じたのだろう。
時代や世界がどれだけ違っても、土地に関する本質は変わらない。それは、日本で不動産業に携わっていた頃からの、俺の揺るぎない信念だ。
そして今、この異世界で、その信念を一つずつ形にできている。この長屋の、生まれ変わったこの部屋が、その確かな第一歩になる。
***
『槌音コート』と俺のリノベーション事業の評判は、思った以上に早く広がった。
オープンハウスで実際に部屋を見た人々が、その驚きを友人や近所の人に興奮して語ったらしい。
「あの汚かった長屋が、あんなに明るくなるなんて」「まるで魔法みたいだ」――そんな驚きの声が、街角で囁かれた。
白樫亭にも、問い合わせが続々と舞い込むようになった。
彼らは、古い長屋の一室が、明るく、温かい空間に生まれ変わった様を目の当たりにして、驚き、そして感心した。
単なる改装ではなく、そこで営まれる新しい暮らしまで想像させる、それが俺の目指したリノベーションだった。
「 うちにも空き家があってな……ちょっと見てくれないか」
「使ってない倉庫を、住まいか店にできないか?」
空き家を抱える大家や、古い建物の扱いに困る人々から、相談や依頼が雪崩のように舞い込んできた。街のあちこちで声をかけられ、白樫亭の朝食時には待ち構えられ、商業ギルドからの紹介まで届くようになった。
目立たなくても、空き家の多さは、この街の静かなる問題だったのだ。朽ちるに任せるか、取り壊して更地にするか。不動産ギルドは小さな物件には見向きもせず、解決策は示されなかった。
だが、“俺が変えた”という事実が、街の人々の目に希望の光を灯したようだった。
俺自身、目が回るほどの忙しさになった。
朝は白樫亭を手伝い、午前中は現地調査と打ち合わせ、午後からはグラムと一緒に現場作業や資材手配、夜は図面作成や見積書づくり。
製図道具も不十分な中で、手探りながらも形にしていく日々は大変だったが、大家や住人が「家の未来」を具体的に思い描けるようになるのを見るのは、心底やりがいのある時間だった。
ある夜、白樫亭の裏庭で、湯上がりの火照りを冷ましていると、背後から声がかかった。
「なぁ……さすがに、倒れんじゃねぇか?」
カイルが、心配そうに声をかけてきた。隣にはエレノアとコールもいる。三人の顔には、俺を気遣う色が滲んでいた。
「大丈夫だよ、カイル。ちょっと疲れているけど、それ以上にやりたいことがあるんだ。こうして、俺のやっていることに人が集まって、街が少しずつ変わっていくのを見るのが、楽しいんだよ」
エレノアが微笑み頷いた。
「でも、わかる気がするわ。ソーマが動き出してから、この街、なんだかちょっとずつ賑やかになってきてるもの。冒険者の中にもソーマの作った部屋に引っ越したってのが居たわよ」
「……無理は、するなよ」
コールの短い言葉が、胸に温かく沁みた。
みんな、俺のことを気遣ってくれている。白樫亭は、俺にとって本当に大切な場所になっていた。異世界で初めてできた、心の底から気を許せる、居場所だ。
部屋に戻ろうとしたところに、帳簿を抱えたフィオナが声を掛けてきた。
「ソーマさん、次の工事の件なんですけど、あそこの大家さん相談したいって……紹介しても大丈夫ですか?」
フィオナは、俺の仕事にも興味を持ったらしく、白樫亭を通じて寄せられる工事や改修の相談を、いつの間にか手際よく取り次いでくれるようになっていた。
「また来たか……いや、ありがたい話ではあるんだけどさ」
俺が苦笑すると、フィオナは心配そうに俺を見上げた。
「ほんと、働きすぎで倒れないでくださいね!」
そんなやり取りをしていると、奥からアメリアの声が飛ぶ。
「フィオナ、いつまでそうしてソーマ君とお話してるの。ソーマ君の手伝いもいいけれど、白樫亭の仕事もちゃんとやってね」
「えぇっ、はい!」
笑い声が弾ける食堂の片隅で、俺は頭の中で、増え続ける空き家リストの項目を整理していた。その数は、日に日に増えていく。
事業の課題は山積みだ。素材価格は変動し、依頼は、建物の状態も要望も千差万別。資金繰りも常に悩みの種だ。決して楽な道ではない。
それでも、街の人々が希望に満ちた眼差しで俺を見てくれるのを感じると、不思議と力が湧いてくる。グラムやフィオナ、白樫亭の仲間たちの協力も、大きな支えになっていた。
「空き家ってのはな、風を通して人を入れれば、それだけで価値を持つんだ」
駆け出しの頃、仕事でお世話になった大工の棟梁の言葉だ。それが、今、この異世界で、自分の言葉として心から信じ、実践できている。
たった一棟の小さな長屋から始まった、地味で、剣も魔法も使わない活動。けれど、これは間違いなく、この街の未来と俺の異世界生活を変える最初の歯車だ。
冒険者として強くなることだけが、全てじゃない。ダンジョンに潜り、モンスターを倒すことだけが、異世界での生き方じゃない。
この街で、俺の知識と経験を活かし、人々の暮らしを豊かにすること。忘れられ、見捨てられていた場所に、再び命と価値を吹き込むこと。
それが、俺がこの異世界で見つけた「新しき居場所」であり、「やるべきこと」なのだ。
ご覧いただき、ありがとうございました。
ミケランジェロの言葉――
「すべての石塊の中には彫像がある。彫刻家の仕事はそれを発見することだ。」
この一節が伝えてくれるのは、見た目だけでは分からない「隠れた価値」を見抜くことの大切さです。
今回の物語でも、主人公が古びた長屋の可能性に気づき、「リノベーション」という形でそれを引き出しました。それはまさに、何気ない石の中に未来の彫像を見つけ出す仕事だったのかもしれません。
そして、第45話にしてようやく、タイトルにもある「異世界で起業して土地革命!」の看板にふさわしい展開が見えてきました。ここまで少し時間がかかってしまいましたが、物語の舞台となる仲間と世界の土台をしっかり描いてきたつもりです。
その分、この先の動きがぐっと面白くなるはず——少なくともそのつもりで書いてまいります。
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