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#45-1 「すべての石塊の中には彫像がある。彫刻家の仕事はそれを発見することだ。」—ミケランジェロ

 この世界に来て半年。少しずつ、この街の暮らしにも馴染んできた。


 白樫亭は客足を取り戻し、湯治場としての評判も上々。伯爵家の御用亭の称号どおり、領主や騎士団の関係者も頻繁に顔を見せる。


 けれど――それは、もともとあった価値を“蘇らせた”にすぎない。


 俺が本当にやりたいのは、その先にある。

 それは、この世界に“新しい価値”を生み出すことだ。


 ローデンブルグの街を歩いていて、ふと思う。


 あちこちに、手入れされないまま放置された建物が目につく。玄関が傾き、窓ガラスが割れたままの空き家。入り口に蔦が這っている元店舗の跡地――


 場所は悪くないのに、どうにも惜しい。


(もったいない……)


 不動産屋としての血が騒ぐ……。


 本来なら、不動産ギルドがそういう物件を管理して然るべきなんじゃないのか?

 空き家の活用も、流通の促進も、土地と建物を扱う不動産ギルドの仕事のはずだ。


 だが、実態は違う。

 奴らは貴族の屋敷や商家の大口ばかりに目を向けて、小さな物件や民間の空き家は後回し。


 その結果が、この放置っぷりってわけか。


(だったら、俺がやるしかないな)


 どうせ誰も手をつけないなら、俺が動いても差し支えないはずだ。


 この街には、まだまだ活かせる空間が眠っている。

 古い建物を、今の暮らしに合わせて作り直す。

 壊して建て直すんじゃない。直して、活かす。


 俺がいた業界では、それを「リノベーション」と呼んでいた。


 壁紙の張り替えや風呂やトイレの更新じゃあない。

 古いものを、丁寧に磨き直して、新たな価値として蘇らせる。


 そうやって街の景色を少しずつ変えていくことができたら――。


(それが、俺のやるべきことだ)


 この街の“歯車”を、俺の手で動かしてやる。


 決意はとっくに固まっていた。

 問題は——誰と組むかだ。


 詳細な設計図も施工管理の概念も存在しないこの世界で、俺のアイデアを“形”にできる職人などそう多くないだろう。


 だが、心当たりはあった。いや、一人しかいない。


 職人グラム。

 ローデンブルグ北部に構える工房の主で、ドワーフの職人。

 武具の補修はもちろん、木工と建具まで一手に引き受けるこの街きっての頑固者。

 白樫亭のサロンや浴場の改修を担ったのも、グラムだった。彼の腕は確かだ。


 昼下がり。俺はグラムの工房を訪ねた。


 分厚い扉を開けると、削り屑と鉄の匂いが鼻を突く。

 陽の射す作業場には巨大な(かんな)が壁に掛けられ、大小の槌や刃物が整然と並ぶ。すべてに手入れが行き届き、職人の気配が染み込んでいた。


「よぉ、ソーマじゃねぇか。またダンジョンに潜るのか?」


 顔を上げたグラムが、ぶっきらぼうに言った。分厚い腕を組み、こちらを見下ろしている。


「いや、今日は違う話だ。商売の話をしに来た。手を貸してほしい」


 俺は、そう言って用意していた簡単な図面、地図、そして候補物件のメモを広げた。


「俺は、この街でリノベーション事業を立ち上げようと思っている」

「……リノベーション?」


 グラムが片眉を上げる。


「古い建物を、今の暮らしに合わせて直すんだ。修繕っていうより、再設計に近い。住まいを明るくし、動線を変え、水回りを整える。見た目も住み心地も改善すれば、使い手が増える。土地の価値も上がる」

「ふん、それがお前の言うリノベーションってやつか?」

「そう。“元の形”を活かして、“新しい形”に作り変える考え方だ」

「直して、作り直す……か」


 グラムが腕を組んだまま目を細める。


「で、儂に何をさせる?」

「施工だ。設計や素材の見極めもあんたの分野だ。人手が要るなら、あんたのつてで声をかけてほしい」

「素材の調達は?」

「何が必要か言ってくれれば俺がやる。資金も確保してある。あんたに余計な手間はかけさせない」

「お前の役割は?」

「営業と広報、あとは客の要望を聞いたり物件を見て、形にする企画の部分だ。物件の数も集めてみせる」


 少しの間、グラムは顎をさすって黙り込んだ。

 俺は椅子の縁に腰掛けながら、その答えをじっと待つ。


 やがて、ふっと鼻で笑った。


「要は……古くなって放置されてはいるが、使えるもんを、今の形に活かし直すってことか。悪くねぇ」

「まずは一軒。試しにやってみようと思う。結果が出れば、続けるだけだ」

「空き家だらけのこの街で、そういう仕事が増えるなら……腕の見せどころってわけだな。いいぜ。とりあえず一軒、付き合ってやるよ」

「話が早くて助かるよ」


 差し出した俺の手を、グラムの分厚く節だらけの手が、どっしりと包んだ。


 握手の力強さは、もう何も言わずともわかる——これは、この街での本当の一歩目だ。


 この街に、まだ価値が眠っているのなら――

 それを掘り起こして、光を当てるのが、俺の仕事。


「土地は、ただの地面じゃない。そこに“生きる”って営みが重なって、初めて意味を持つんだ」


 そういう言葉が、あった……気がする。


 俺はそう呟いて、図面と共に、歩き出した。

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