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#44 「私たちは得るもので生計を立てるが、与えるもので人生をつくる。」—ウィンストン・チャーチル

 ソーマが、ギルドのカウンターに、こぶし大の石を二つ、静かに置いた。

 ミレイがそれを一目見るなり、目を丸くした。


「これ……魔晶石!? えっ本物!?」


 驚いた声がフロアに響き渡り、あっという間に周囲の冒険者たちがざわつきはじめた。


「おいおい、あんなデカい魔晶石、初めて見たぞ」

「どこで掘り当てたんだよ、あれ……!」


 興味津々の冒険者たちがカウンターに詰め寄ってくるのを、ミレイが慌てて制止する。


「ちょっと、今から鑑定するんだから、あなたたちは下がって!」


 呼ばれた鑑定士が眉をひそめながら慎重に石を手に取り、測定具をあてがうと、わずかに光が滲んだ。

 何度か道具を替えながら確認した末に、ようやく結果が出た。


「等級は“上”。……本物だな。これなら金貨十二枚分の値打ちがある」


 その言葉が落ちた瞬間、ざわめきが一段階跳ね上がった。

 今度は、視線が一斉にこちらへ突き刺さる。


「おい、金貨十二枚だと!? 本気かよ!」

「あんなデカい魔晶石、見たこともねぇ!」

「どこで掘り当てたんだ!? 教えろよ!」


 興奮した冒険者たちが、カウンターの奥にいる私たちへじりじりと迫ってくる。

 足音と革鎧の擦れる音が近づくたび、空気が熱を帯びていった。


 矢継ぎ早に飛んでくる質問に、カイルは「まあな」「たまたまだ」「詳しくはあとでな」と軽く受け流していたが、その表情にはさすがにうんざりした色が浮かんでいる。


「おいおい、カイル! ずいぶん景気のいい土産じゃねぇか。まさか俺たちに黙って、とっておきの場所でも見つけたんじゃねえだろうな?」


 その声とともに、人垣がざわりと揺れ、押し寄せていた冒険者たちが自然と道を開けていく。前へと進み出たのは、一際目を引く大柄な戦士——ガルムだった。

 ローデンブルクの冒険者ギルドでも名の知れた実力者で、四人組パーティ『赤銅の戦輪』のリーダー。間もなくBランク昇格が噂されるベテランパーティであり、私たちが駆け出しだった頃から何度も助けてくれた、頼もしい先輩たちだ。

 ガルムの後には魔術師リリア、斥候のジン、治癒術士のメーゼもいて、いずれも場数を踏んだ者だけが纏うような貫禄を漂わせていた。


「まさかですよ、ガルムさん! ただ運が良かっただけですって!」

「ほう? それにしちゃ出来すぎじゃねぇか。後で、ゆっくり聞かせてもらうぞ」


 ガルムはニヤリと口の端を上げ、片目でソーマの方をちらりと見やった。


「皆さん! 落ち着いてください! カイルたちも戻ったばかりですから、後でちゃんと話を聞く時間をつくります!」


 ミレイの一声で、渋々と人の輪がほどけていく。

 カウンターの奥に控えていた私は、カイルやコールと視線を交わした。


 あの時のことが、脳裏に蘇る。

 ソーマが目の前の穴に落ちて消えた後、私たちは必死に探し回った、でも、彼の行方は一向に見つからなかった。

 魔獣や魔物との連戦で魔力も体力も尽きかけ、いったん外に出て態勢を整えようと考え、ダンジョンの入口近くまで戻ったところで、再び魔獣が現れた。その魔獣たちと戦っている最中、まさにその時、彼は突然私たちの目の前に姿を現したのだ。

 その彼の足元に落ちていたのが、今、目の前にある二つの大きな魔晶石だった。


 私はふと、ソーマの横顔に目をやった。

 彼は静かに冒険者たちの喧騒を聞きながら、小さく呟いた。


「……あの神様、実は結構いい奴だったのか?」


 その声音には、わずかな驚きと、どこか誤解を詫びるような響きがあった。


     ***


「この金、四人で分けよう。三枚ずつで、どうだ?」


 ギルドから魔晶石の代金を受け取ったソーマがそう提案すると、カイルはすぐに首を横に振った。


「いらねぇよ。魔晶石は、お前がダンジョンから拾ってきたものだろ?」

「ええ。あなたが無事に戻ってきてくれただけで充分よ」

「……もう、助からないと思ったぜ」


 ぽつりと漏らしたコールの一言が、妙に私の胸をざわつかせた。


 そんな私たちに、ソーマはほんの少しだけ困ったように笑って、静かに言った。


「それでも……俺一人のものにするのは、どうにも落ち着かないんだ。この金は、俺だけの力で得たもんじゃない。お前たちがダンジョンに誘ってくれたからだし、何より、俺を必死で助けようとしてくれた。だから、頼む。受け取ってくれ」


 まっすぐなその目に、誰も反論できなかった。

 私たちは顔を見合わせ、そしてようやく、小さく頷いた。


「じゃあ……一枚だけ、貰っておくわ」

「……ありがたく、もらっとく」

「ま、そういう性格なんだろうな。お前は」


 カイルが苦笑しながらそう言って、金貨を一枚、懐にしまった。


 結局、金貨十二枚のうち九枚をソーマが、残る三枚を私たち三人で一枚ずつ。そんなふうに、今回のダンジョン探索の報酬は分け合われた。


 金貨を分け合ったあと、私たちはギルドの外に出て、白樫亭までの道をゆっくり歩いていた。夕陽が傾きはじめ、石畳に長く伸びた影が、街を柔らかな色で包み込んでいく。


「……なあ、そろそろ聞いてもいいか?」


 ふいにカイルが口を開いた。


「お前、あの時どこに行ってたんだよ? あんなふうに突然戻ってくるなんて、普通じゃないだろ」


 ソーマは少しだけ立ち止まり、空を見上げるようにして小さく息を吐いた。


「……信じてもらえるかはわからないけど、話すよ」


 彼らしい、いつもの落ち着いた口調のまま。だけどその声には、何か、自分でもわからないことを探るような響きがあった。


「俺は、ダンジョンの奥に落ちていって……ひとつの部屋に辿り着いた。そこにはミノタウロスがいて、そいつがダンジョンマスターだった」

「お前、ダンジョンマスターに遭遇したのか!? それで無事に帰ってきたのかよ!」


 カイルの目が丸くなる。思わず、私も言葉を失いかけた。


「じゃあ、そのダンジョンマスターが、お前を助けてくれたのか?」と、コールが静かに問う。


「いや、最初は普通に襲ってきたぞ。『俺のダンジョンを奪う気か!』って、怒鳴りながら斧を振り回してきた。こっちは必死に逃げるしかなかったさ」


 それも当然だ。未管理のダンジョンなら、マスターが侵入者を攻撃してくるのは自然なこと。


「でも……途中で、そいつの突然様子が変わったんだ。まるで、中身が入れ替わったみたいに。急に静かになって、話しかけてきた。そいつはタナトって名乗った。自分は“神様”だって」


「はっ? 神様……?」


 カイルの声が低く響いた。


 ソーマは、まっすぐに続けた。


「タナトは、自分はダンジョンを創った神だと言っていた。ミノタウロスの身体を借りて……俺と話をしたいと」


「なんでお前と?」 カイルが口にする。


()()()()()()()ってことに、興味を持ったみたいでな。やたら質問されたよ」


(……やっぱり)


 思わず息が詰まった。

 ずっと感じていた違和感。彼からは、マナの揺らぎも流れもどうしても感じられなかった。それでも確信は持てず、本人が何も言わない以上、わざわざ踏み込む気もなかった。

 だからこそ、今こうして本人の口から聞いても、驚きよりも「やっぱり」という思いの方が勝った。


「マナが……ない?」


 コールが小さくつぶやく。驚きと戸惑いが滲む、その言葉が、私達の気持ちを代弁していた。


 そして——それ以上の言葉は、誰も続けなかった。


 カイルも一度だけソーマを横目で見て、何も言わずに歩く足を少し緩めただけだった。


「まあ……話が通じる神様だったのが、唯一の救いだったよ」


 ソーマは少し肩をすくめ、わずかに笑みを浮かべる。


「魔晶石は、そのタナトって神様がくれたのね」


 そう言うと、ソーマは苦笑した。


「ああ。くれるとは言ってたが、最後は勝手に転移させられてな。拾う暇もなかった。でも戻ってきたら、足元にちゃんとあった。……約束は守ったらしい」

「変な神様ね」

「だろ。でも、善人ってわけでもなさそうだ。俺と話してる最中に、こっそり別のミノタウロスを呼び出してたしな」


 ソーマは軽く笑って言ったが、その笑みには曖昧な影があった。


 ——全部は話していない。

 確証があるわけじゃない。ただ、間の取り方や視線の動き、言葉の端々に、わずかな隙間がある気がした。


 けれど、追及する気にはならなかった。

 今はただ、彼がこうして戻ってきたことが嬉しかった。タナトという神の話も、マナのことも、常識では考えられないはずなのに、不思議とソーマの口から聞くとすんなり胸に落ちる。


 きっと、彼には彼なりの理由がある。全部を今すぐ話す必要なんてない。


(まあ、そのうちぽろっと喋るでしょうし)


 ふと、笑みがこぼれそうになる。

 私たちはまだ、彼のことをよく知らない。けれど同じ時間を過ごすうちに、少しずつ距離を縮めている——そんな実感が、今日の夕暮れの光に確かにあった。


「おかえり、ソーマ」

 心の中でそう呟いたとき、彼がこちらを見たような気がした。


 ……気のせいかもしれない。けれど、そういう偶然が重なると、人は少しだけ嬉しくなるものだ。

 だから私は、そのまま何も言わず、隣に並んで歩き続けた。

本話では、魔晶石を分かち合う場面、そして主人公の告白を通して、「得ること」と「与えること」の価値を描きました。

ウィンストン・チャーチルの言葉――

『私たちは得るもので生計を立てるが、与えるもので人生をつくる。』

この言葉が示すように、人生を豊かにするのは、手に入れた物や利益だけではありません。誰かとのつながり、そして人のために差し出す勇気こそが、人を形づくるのだと思います。


というわけで……もし少しでも「面白い!」「続きが気になる!」と感じていただけたら、評価★やブックマークを作者に「与えて」応援していただけると嬉しいです(苦笑)。それが次の物語を紡ぐ大きな力になります。

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