#43-4 「最も深遠な真実は、時として、最も無邪気な問いから始まる。」 — アイザック・アシモフ
「あと、もう一つ」
タナトがミノタウロスのぶ厚い掌を広げると、空中に淡い光が集まりはじめた。まるで空間そのものから削り出されたように、歯車が幾重にも組み合わさった金属の指輪が、ゆっくりとその手のひらに現れる。
「……なんだ、それ」
俺は思わず身を引いた。
「マナを貯めた指輪だよ」
タナトはにっこりと笑いながら差し出してくる。
「マナを……貯めた?」
「うん。君にはマナがないでしょ? それ、今後のためにあげるよ。人間社会って、何かと“マナがある前提”で回ってるからさ。これをつけていれば、君の周囲の人間には“マナがある人間”に見えるようになるよ。たぶんだけどね」
「……それって、つまり偽装ってことか」
「そうだね。言い方は悪いけど、君にとっては“身分証明書”みたいなもんじゃない?」
タナトは何気なく言っているが、俺の警戒心はさらに強まった。
その指輪、外見は無骨な歯車が幾層にも重なっていて、まるでダンジョンコアのミニチュア版みたいだった。
「……まさか、それをつけたら、お前に操られたりしないよな?」
「しないってば! 誓って何も悪いことはしないよ!」
タナトは大げさに胸に手を当てて言うが、まったく信用できない。
「お前が“誓う”って、なにに誓ってるんだよ……」
「僕の歯車に誓うよ!」
「その歯車が一番怪しいんだよ」
俺は指輪にそっと触れてみた。見た目のわりに軽い。だが、冷たい金属の感触とは裏腹に、妙に温かい何かがじんわりと指先から伝わってきた。
……ぞわりと背筋に悪寒が走る。
「……嵌める気にはならないな。とりあえず、もらっとくだけにしとく」
そう言って、俺は指輪を掴み、慎重にポケットへしまい込んだ。
「うん、それでもいいよ。でも、いざって時の保険みたいなものだから、覚えててね!」
タナトは嬉しそうに尻尾を振っていたが、その笑顔がどこか、満足げすぎて気味が悪かった。
「それじゃあ、名残惜しいけど、そろそろ君を地上に返すね」
タナトがいきなりそう言って立ち上がった。牛頭の巨体を揺らしながら、名残惜しげに俺の方へ近づいてくる。
「……唐突だな」
「うん。でも、このダンジョン、しばらく誰も来ていなかったからね。最近はマナがあまり溜まってないんだよ。牛君の身体を借りたりして、結構無理してるから、そろそろマナも切れそうでさ」
俺は思わず眉をひそめた。
(マナが切れる……?)
その言葉に、さっき聞いたタナトの話が頭をよぎる。——ダンジョンは、マナを効率的に集めるための装置。 つまり、ここで発生する何かが、神の“糧”になるとでもいうのか。
「おい、タナト。さっき言ってた“マナを集める”ってのは——」
「うわっ、ごめんごめん! 本当にもうやばいから!」
俺が聞こうとした瞬間、タナトがぱっと手をかざした。そこから、歯車が噛み合うような軋みと光が走り――
「おい、待っ――」
言いかけた俺の視界が、白く塗り潰された。
***
重苦しい土と石の匂い、獣の咆哮、金属のぶつかる音—— 気づけば俺は、ダンジョンの薄暗い通路に立っていた。
目の前ではカイルが獣の腕を斬りつけ、エレノアが魔法を放ち、コールが戦斧を薙ぎ払っていた。
「まさか! ソーマなのっ!?」
「おい、ソーマか!?」
驚きと安堵の声が飛び交う中、彼らの周囲では複数の魔物が、彼らを追い詰めるように襲いかかっていた。
だが、俺が現れたその瞬間、それまで狂暴だった魔物たちが、突然、動きを止め、戸惑ったように周囲を見回したかと思うと、まるで操られるように次々と身を翻し、ダンジョンの奥へと去っていった。
「おい、見てみろ……奥に引き始めてる……」
「なんでだ?」
そして、つい先ほどまで激しい戦闘が繰り広げられていた場所には、土埃と、仲間たちの荒い息遣いだけが残された。
「ソーマぁ!!」
エレノアが駆け寄ってきた。乱れた髪には土埃がつき、頬には煤汚れがついていた。その後ろに、カイルとコールの姿もある。
コールの鎧の肩紐が破れ、カイルの盾には生々しい傷跡が刻まれていた。三人とも汗と埃まみれで、疲労困憊の様子だった。
「無事……みたいね。よかった」
「まさか……本当に戻ってきたのか……!」
「おい、 どこ行ってたんだよ!」
カイルが俺の肩を掴み、安心と混乱の入り混じった顔で笑う。エレノアもコールも荒い息を整えながら、俺の無事を確かめるように目を細めていた。
俺は少し遅れて、現実に追いついた。
「……まぁ、ちょっと変な神様に会ってた」
「は?」
「いや。とりあえず……戻って来たよ」
そう言いながら、俺はふと自分のポケットを確かめる。歯車の指輪は、ちゃんとそこにあった。だが——
(……あ)
思い出した。魔晶石だ。
「奥の部屋にあるから持って行っていいよ」って、あの牛頭が言ってたじゃないか。
(あの野郎……結局くれなかったじゃねぇか。あれだけ話し込んで、最後は転送でぶん投げとか……)
舌打ちしそうになったその時——
「おい、これ……」
コールの声が聞こえた。俺の足元を見下ろしている。
「なんだ? ……石?」
「いや、ただの石じゃない。……魔晶石だ。しかも、こぶし大が二つ」
「え、いつの間に?」
エレノアがしゃがみ込んで、それをまじまじと見つめた。
「さっきまで魔晶石なんて、なかったわよ? ……ソーマ、貴方が拾ってきたの?」
「……!」
俺は目を見開いた。
ポケットには入ってなかった。落とした覚えもない。でも、俺が転移してきたこの地点に、まるで添え物のように魔晶石が転がっている。
あのタナトってやつ——約束を守ったのか。
(ったく、どこまでマイペースな神様なんだよ……)
口ではふざけたことばっかり言ってたけど、言ったことだけはちゃんとやる、ってことか。さすがは神を名乗ることだけはある。
「いや、俺が拾ったわけじゃないが……まあ、ラッキーってことにしとこうぜ」
「ま、拾えるもんは拾っとけってな」
カイルが笑いながら魔晶石を布にくるんで腰袋に仕舞う。
俺はそっと空を見上げた。
見えるはずのない神の顔が、雲の向こうでニヤついている気がして、何とも言えない気分になる。
(……借りにしておくか)
そう呟きながら、俺はもう一度、ポケットの中の指輪にそっと触れた。
歯車が幾重にも重なり合うその指輪は、夜露のような冷たさの中に、ひっそりと不思議な重みを宿していた。
「最も深遠な真実は、時として、最も無邪気な問いから始まる。」 — アイザック・アシモフ
ご覧いただきありがとうございました。
第43話のタイトルに掲げたアシモフの言葉は、素朴な問いかけからこそ本質が見えてくることを示しています。主人公の存在に向けられたタナトの純粋な好奇心は、この世界の根源や彼の特異性を照らし出しました。主人公と神との対話は、やがて物語をさらに深い領域へと導いていきます。
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