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#43-3 「最も深遠な真実は、時として、最も無邪気な問いから始まる。」 — アイザック・アシモフ

 俺は慎重にタナトの様子を伺い、これ以上深入りされないよう話題をそらそうとして——

「……そういえば……地脈と言えば、このダンジョンの地脈、普通と違って整然としてるよな」

 思わず口を滑らせた。


 次の瞬間、タナトが驚いて目を見開く。


「え? 君、マナの流れが見えてるの?」


(しまった…!『整然としてる』なんて、普通の人間に言えることじゃない!)


 ランド・オラクル——この力は、俺にマナがないことと関係があるのか…?


 タナトの目が、さらに探求の色を濃くするのを感じる。


「……あ、いや、その……」


 どうごまかすか考えていると、タナトが瞳を輝かす。


「すごい! ねぇねぇ、君、どうやってマナを見てるの?」

「……いや、なんとなく、整然としてるなって思っただけだ」

「ふーん、そうなのかぁ。でも確かに、このダンジョンの地脈は特別だよ!」


 タナトは得意げに胸を張り出した。


「特別?」

「そう! ダンジョンコアでこの地の地脈を制御しているんだ。ダンジョンを創るときに、地脈の流れを効率よく管理するように整備したんだよ」

「整備って……お前がやったのか?」

「うん! 芸術的でしょ?」

 

 タナトは胸を張り自慢げに語る。


「普通の地脈ってさ、木の根っことか川みたいに、入り組んでぐちゃぐちゃしてるでしょ? でも僕のダンジョンは違う。地脈を機械的に配置して、エネルギーの流れを無駄なく管理できるようにしてるんだ!」

「……だから、まるで構造的に整えられた流れのように見えたのか」

「そうそう! さすが君、わかってるね!」


 嬉しそうに尻尾を振るタナトを見ながら、俺は複雑な気持ちで頭を抱えた。


「それにしても、君ってやっぱり面白いね。普通の人間はマナを感じるだけで精一杯なのに、君は見えちゃうんだもん!」

「いや、見えるってほどじゃないけど……」


 なんとかごまかそうとするが、タナトの興味は尽きないようだ。


「いいなぁ、君。やっぱり解剖したいかも……」

「おい、やめろ!」


 俺が慌てて制止すると、タナトは不満そうに鼻を鳴らした。


「ちぇっ、仕方ないなぁ。でも、君の秘密はやっぱり解き明かしたいんだよねぇ……」


 タナトが尻尾を振りながら無邪気に笑っている。

 俺は内心、警戒を解かないまま、ふと自分の体が微かに震えているのを感じた。


(おかしい……急に震えが止まらない……)


 胸騒ぎがして、俺は周囲に視線を巡らせる。


 その時だった——


グモォォォォッ!


 突然、洞窟内に重低音のような咆哮が響き渡った。

 反射的に振り向くと、広間の扉がいつのまにか開いていた。薄暗がりの奥から巨大な影がゆっくりとこちらに近づいてくる。


 徐々に明るみに現れたその姿——

 一回り大きな体格のミノタウロスが一体、こちらをじっと睨みつけていた。


「な、なんでミノタウロスが……!」


 俺が叫ぶと、タナトがくすくすと笑いながら言った。


「ねぇ、君、さっきから気づいてなかったの? 僕、ずっと呼んでたんだよ?」

「……呼んでた?」

「うん。だって君、逃げ足が速いからさ。さすがに一人で捕まえられないと思って、牛君の仲間を呼んでおいたんだ」

「お前……!」


 俺は絶句した。


(こいつ、話しながら裏で仲間を呼んでやがったのか……!)


グァアアアッ!


 ミノタウロスが咆哮し、俺をタナトと挟み込むように動き出す。


(やばい……! この狭い空間じゃ逃げ場がない!)


 俺はランド・オラクルを発動し、次の動きを必死に読み取ろうとする。

 新しいもう一体が、俺に向かって真っすぐ突っ込んでくる未来が視えた。


(くそっ、挟み撃ちかよ!)


 絶望が胸を締め付ける。


「タナト、あいつを止めろ!」

「うーん、どうしよっかなぁ……」


 タナトは呑気に鼻を鳴らして考え込んでいる。


「お前が呼んだんだろうが! ふざけんな!」

「だって、君が悪いんじゃん? 僕のお願いを聞いてくれないからさぁ」


(くそっ、マジでこいつ、話が通じねぇ……)


 ミノタウロスが突進の態勢に入った。


(このままじゃ……!)


 思わず体を低くしようとしたその時——。


「——うん? あ、待って、誰だろ?」


 突然、タナトが虚空に向かって話し始めた。

 その瞬間、突進体制に入っていたミノタウロスが動きをピタリと止めた。


(え? なんだ、急に止まったぞ……?)


「え? うん、うん、そうそう、今ちょっと面白い子見つけたからさ……うん?」


 まるで誰かと電話でもしているかのように、一人で会話を続けるタナト。

 空を見上げながら、時折頷いたり、何かを呟いたりしている。


「うん、うん、わかってるってば。え? だって面白いじゃん。いやいや、そっちがそう言うならさぁ……えっ!そうなの? そういうことかぁ……うん、うん」


 タナトは眉をひそめ、あきらめたようにため息をついた。


「はぁ、わかったよ。もう捕まえたりしないからさ……うん、うん、それじゃあね」


 会話が終わったのか、タナトは俺の方に振り返ると、やれやれとばかりに肩をすくめ、ミノタウロスに向かって手を振った。


「もういいよ。戻ってくれる」


 すると、ミノタウロスは、まるで命令を聞いたかのようにその場で体の向きを変え、しばらくしてから入口へと歩き出した。


 俺はその光景を唖然と見つめながら、ようやく息を吐いた。


「……お前、誰と話してたんだ?」

「ん? ルーヴェだよ」

「ルーヴェ? もしかして……あの、大地神ルーヴェか?」

「え、ルーヴェって今は『大地神」とか呼ばれてるの? そうなんだぁ。ルーヴェとは 久しぶりに話したけど——千年ぶりくらいかなぁ? まぁ、君に手を出すなって怒られちゃった」

「はぁ?」


 ルーヴェが俺に手を出すなと……? 理解できない。なぜ大地神が俺のことを知っているんだ?


「なんでルーヴェが……?」

「さぁねぇ。でも、『君には手を出すな、助けてやれ』ってさ。ルーヴェには借りがあるからね。だから、君を解剖するのはやめておくよ」


 タナトは、あっけらかんと告げた。


「ルーヴェが助けろと言った? それに従ってあっさりやめるとか……お前、それ本当なのか?」

「本当だってば。言ったじゃん。ルーヴェには借りがあるって」


 タナトは少しむくれたように唇を尖らせて言った。


「借り……? なんの借りだよ」


 俺が訝しむと、タナトは「神様の秘密だよ」と軽くはぐらかす。


「そんなこと気軽に話すわけないじゃん。それよりさ、僕が君を助けてあげるよ!」


 タナトは満面の笑みで、俺に向かって手を差し出してくる。


「助けるって……どういうことだ?」

「君、何か困ったこととかない? 僕、神様だからさ、君の願いを一つぐらい叶えてあげてもいいよ?」


 タナトがしっぽをぶんぶん振りながら、得意げに胸を張って言ってのけた。


「困ってること? ……そうだな」


 俺はゆっくりとタナトを見上げ、真顔で告げる。


「現在進行形で“神と名乗る牛頭の巨人”に絡まれてるって状況が、だいぶ困ってるんだが?」


「えっ……」


 タナトは目をぱちくりさせて、それから「ひどっ」と子供みたいに唇を尖らせた。


「いやいや、僕は好意で話しかけてるのに、ひどい言い方じゃない?」

「俺は、さっきまで命がけで逃げてたんだよ」

「もう捕まえないって。ルーヴェとの約束守ってるじゃん!」

「まぁ……たしかに、今は襲ってきてないが……」

「でしょ? つまり、今の僕は無害。超安心!」

「それはお前の自己申告だろ……」


 タナトはふてくされた顔でしっぽを床にバタンバタンと打ちつけていたが、やがてまた笑顔になって言った。


「だからさ、願いごと、あるでしょ? 神に会えたんだよ? これはチャンスだよ?」

「……んじゃ、まずはダンジョンから無事に出してくれ」


 俺がそう言うと、タナトはまた口を尖らせた。


「え〜、それだけ? そんなの願いっていうより避難要請じゃん。もっとこう、“空飛べるようになりたい”とか“無限にお金欲しい”とか、ないの?」

「(上を指して)飛べるようになんて、なれるのか?」

「んー、それはさすがにできないかなぁ。僕、あくまでダンジョンの神だからさ」

「できないんかい! 適当なこと言ってんじゃねぇよ!」

「だって君、言ってることしょぼいんだもの。もっと夢のある願い事しなきゃ損じゃん? じゃあ、お金はどう?」

「……無限に金なんていらねぇよ。ただ、今すぐ使える小銭がなくて困ってはいるがな」

「……それってつまり、貧乏?」

「言い方ァ!」


 俺が額に手を当てると、タナトはクスクス笑いながら頷いた。


「じゃあさ、奥の部屋に魔晶石がいくつかあるから、それ持っていきなよ。換金すれば、当面の資金にはなるはずだよ」

「そんなホイホイくれていいのかよ」

「いいっていいって、君おもしろいし! それに僕、神だし!」


 タナトは笑顔で、なぜか自慢げに鼻を鳴らした。


「……助かるけど、恩着せがましく言わないでくれ」

「ふふ、気にしない気にしない」


 とにかく、なんとかダンジョンに来た目的は果たせそうだ。問題は、この“神様”がノリで何をしでかすかわからないことだが——。

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