#43-2 「最も深遠な真実は、時として、最も無邪気な問いから始まる。」 — アイザック・アシモフ
「……は?」
あまりに突拍子のない返答に、俺は呆然とする。
「ちょっと待て。お前が神だって? 神っていうと、ルーヴェやカリーネといった神様と同じだって言うのか?」
「そうだよ! 僕は探求を司る神」
タナトと名乗ったミノタウロスは、誇らしげに胸を叩くが、その動きがあまりにぎこちなくて滑稽だ。
「でもさ、お前、その……ミノタウロスじゃないか?」
「あぁ、これはね、今はこの牛君の体をちょっと借りてるんだ」
「借りてる?」
「うん! 君と話したくて、ダンジョンコアを通して牛君に意識を遷してるんだよ。僕自身がここにいるわけじゃないけど、ちょっとだけ身体を使わせてもらってるんだ」
「……ミノタウロスを乗っ取ってるってことか?」
「そういうことになるのかな? だって、君、面白そうなんだもん! 僕、どうしても話したくてさ」
タナトは無邪気に笑うが、その笑顔が逆に不気味さを増す。
神が俺と話したくてミノタウロスを乗っ取った……信じられないが、この状況なら納得もできる。
「ダンジョンコアってなんだ?」
「ダンジョンコアは、僕が生み出したダンジョンを創るための装置みたいなものだよ。ほら、そこにあるやつ」
タナトは、無数の歯車が組み込まれた球体を指さす——これが、ダンジョンコア……。
ダンジョン内の地脈の異様さが、タナトの言葉で繋がる。それは、ダンジョンに足を踏み入れたと同時にランド・オラクルが感知した違和感だった。
「ダンジョンってのは、僕が考えたシステムなんだ。この牛君がダンジョンコアに触れてダンジョンマスターになったから、このダンジョンが形成されたってわけ」
「ほら、このダンジョンって牛みたいなのばっかりだったでしょ? それはダンジョンマスターになった、この牛君の意思が反映されているからだよ」
(ダンジョンは"神"が生み出したシステム……それをこいつが?)
一瞬、言葉を失い、目の前の巨大な牛頭を見上げる。
「ってことは……お前がこのダンジョンを作ったってことか」
「うん! そうそう!」
「でも、なんで神様がダンジョンなんてものを生み出しているんだ……?」
「それはね、効率的にエネルギーを集めるためだよ。でも、その話は今はいいや。僕、君のことをもっと知りたいから!」
タナトは話題を切り替え、こちらを見つめる。
(効率的にエネルギーを集めるため…? ダンジョンで…? それが、この神の目的?)
「エネルギーを集めるってなんだよ?」
「エネルギーって言えばマナのことでしょ!? あっ、そうか、人間は詳しくは知らないんだっけ。でも、もういいじゃん! そんなことは。さぁ早く、なぜ君にマナがないかを解き明かそうよ!」
「……お前、本当に神なのかよ」
「本当だってば! 君、僕のこと疑ってるの?」
「当たり前だろ! 神ってもっとこう、威厳とか威圧感とかあるもんだと思ってたんだが」
「威厳? 威圧感? そんなの面倒じゃん」
タナトはつまらなそうに鼻を鳴らし、ふてくされる。
「でもさ、君のことは本当に知りたいんだ。マナがないのに生きて、動いている理由をさ」
「俺自身、そんなの分からねぇよ……」
タナトはその言葉に、一層目を輝かせた。
「じゃあ、一緒に調べようよ! 僕と一緒に、君の謎を解き明かそう!」
「……解剖抜きでな」
「うん、約束する!」
ミノタウロスの巨体で尻尾を振る姿は妙にアンバランスで、ギャップがかえって恐ろしい。
(神様が、なんで俺にこんなに興味を持つんだ? 単に『マナがない』ってことだけなのか? それとも、俺が異世界から来たことにも薄々気づいているのか…?)
タナトの無邪気さの中に、自分が知らない事への探求心——“飢え”のようなものが垣間見える。俺の正体が知られたら、この神の欲求の道具にされるのでは?
その考えが、恐怖を煽る。
「話をするだけなら、いいだろう。けど、変なことをしたら容赦なく逃げるからな」
「わかった! 楽しみだよ!」
「なあ、タナト。お前が神だっていうなら、教えてくれ」
「うん? なに?」
「マナって、結局なんなんだ?」
俺の問いかけに、タナトは一瞬目を見開き、嬉しそうに笑う。
「マナ? マナってのはね、万物の根源だよ。生き物にも、石にも、水とか火にも——この世界に存在するすべてのものに宿っているエネルギーだね」
「万物の根源……?」
「そうそう! 世界はね、マナが形を成しているんだ。生きているものはもちろん、風や水、地面や空、すべてがマナの流れで繋がっているんだよ」
牛の巨人が鼻を鳴らす。
「例えばね、人間や獣は自分の中にマナを持っているから、魔法を使ったり、力を増幅させたりできるわけ。でも、そのマナは、自然から取り込んで、体の中で循環させているんだよ」
「なるほどな……」
「特に強いマナが集まる流れを“地脈”って言うんだけど、それも自然界のマナが集まっているんだ。地脈が濃い場所に住む生き物や植物はマナが豊富だから、特別な力を持つことが多いんだよ」
「じゃあ、俺がマナを持っていないってのはどういうことだ?」
その問いに、タナトは真剣な表情を浮かべる。
「うん、それがね、不思議なんだよ。君は動いて、しゃべってる。でも、生きているはずなのに、マナが感じられない。普通はありえないんだ」
「普通ありえない?」
「うん! この世界にはね、どんなに微弱でもマナを持たない生き物なんていないんだよ。植物や石ですらマナを持っている。いや、アンデットとか死人にさえマナがある。なのに、君だけは“無”なんだ。存在しているのに、存在していないみたいな……そんな感じ?」
(そりゃそうだろ……元の世界にはマナなんて概念すらなかったんだから。マナなんてもの無しでも、生きているのが俺にとっては『普通』だ。でも、こいつが言うには、この世界じゃそれが『ありえない』ことらしい。もしかして、俺が異世界から来たせいで、この世界の『法則』が俺には適用されないとか……そういうことなのか?)
だけど、こいつにそのことを話すのは絶対に危険だと俺の直感が言っている。俺が『異物』であると確定すれば、この神はもっと積極的に俺を『探求』しようとするだろう。
解剖なんて、冗談では済まなくなるかもしれない。
「でもさ、考えてみて? 君の体はちゃんと動いているし、心臓も脈打っている。つまり、エネルギーは何かしらあるはずなんだよ」
「エネルギー……?」
「そう! マナがないなら、別のエネルギーで動いているってことになる。でも、それが何なのかが全然わからない。神である僕でも、まったく手がかりがないんだ」
タナトは興味津々で俺を覗き込む。
「君、何を食べて生きているの?」
「……普通に飯だよ。パンとか肉とか、他の奴らと変わらない」
「それで生きているってことは、やっぱり食べ物からマナを得ているのかな? でも、それだけじゃ説明がつかない。君の体は、食べ物からマナを吸収できないのかもしれないし、別のエネルギー変換経路があるのかも」
タナトはひたすら考え込んでいる。
俺自身、どうやってこの世界で生きているのか、正直わからない。
「それとも、もしかすると……君はなにか特別な存在なのかな? 例えば、別の世界から来た異物とか……」
「……異物ってなんだよ」
俺は冷や汗を隠し、乾いた笑みを浮かべる。
「だって、そうとしか考えられないじゃん! この世界の理に合わない存在なんて、そうそういないんだよ。君、本当に面白いね!」
タナトは楽しげに笑い、まるで新しいおもちゃを見つけた子供のようだ。
(こいつ、俺の正体に薄々気づきかけてるのか?)
冷や汗が止まらない。彼の無邪気な探求心が、俺にとっては最大の脅威だ。
もし、俺が『別の世界から来た異物』だと確信されたら、どんな手を使ってくるか分からない。
少しでも余計なことを話せば、下手をすれば全部バレかねない。




