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#37-1 「隠しきれないものが三つある。太陽と月、そして真実である。」— ブッダ(釈迦)

「エベラール殿、不動産ギルドとして、この証拠について見解を」


 エベラールは冷静な面持ちで、ゆっくりと口を開いた。


「エリシア様の魔法により顕現したこの物理的な痕跡は、白樫亭の主張の正当性を裏付けるものであり、提示された王家文書の『形式的な正当性』を覆すに十分な証拠であると判断せざるを得ません」


 そして、一瞬言葉を区切り、わずかに表情を引き締めた。


「……不動産ギルドの者として、ローデンブルグ支部長グスタフ・ハインリヒの今回の行動は、誠に遺憾であります。不動産管理において公明正大であるべきギルド、それも支部長ともあろう者が、登記に関わる由来を自ら偽造し、王家の名まで利用して偽りの管理権を主張する。これは看過できない問題です。不肖ながら、ギルドを代表して、エヴァレット夫人、そしてソーマ殿に、この度の騒動について深く謝意を表します」


 そう言うと、エベラールは俺たちに向かって頭を下げた。


 その姿を見て、何故だか——俺は思った。


 エベラールは一見、立場に則った公正な評価と謝辞を示しているように見える。

 しかし、彼の言葉には、地方支部の失態というより、グスタフが自滅したことへ、隠しきれない冷ややな評価が滲んでいるように感じられた。


 次に、伯爵の視線はシルヴィアに向けられた。王女の代理として立会う彼女の言葉は、この場の決定打となるだろう。


「シルヴィア殿は、いかが思われましたか?」


 シルヴィアは一歩前に進み出ると、毅然とした声で宣言した。


「わたくしは、レティシア殿下の命を受け、この審問に立会っております。今ここに示された証拠は、偽造の決定的証左であり、王家の権威を不当に利用せんとした大罪を証明するものです。殿下の名代、近衛騎士シルヴィア・フォン・ヴァルファートの名において、この証拠を公式のものとして認めます。シュトラウス伯爵様、裁定を下してください」


 シルヴィアの言葉により、議論の余地は完全に消滅した。

 伯爵は厳かに椅子から立ち上がると、グスタフとヴィクトールを真っ直ぐに見据えた。


「不動産ギルド、ローデンブルグ支部長グスタフ・ハインリヒ。貴様には公文書偽造、および不正な手段で他者の財産を奪おうとした罪で、直ちに身柄を拘束する」


 グスタフはうめき声を上げた。

「ば、馬鹿な!わ、わたしは不動産ギルドの……!」


 伯爵は構わず続ける。


「騎士団副団長ヴィクトール・フォン・グリード。貴様にはグスタフの偽証を幇助し、審問の場を愚弄せんとした罪、および正当な審問の進行を妨害しようとした罪で、直ちに謹慎を命じる。後日、貴様の処遇は改めて決定する」


 ヴィクトールが顔を歪め、血走った目で叫んだ。


「伯爵閣下!これは、誤解です! わたくしはただ、グリード家を代表して、この審問が滞りなく遂行されるよう立ち合いを行っただけでして……! 仰るような妨害など、とんでもない! わたくしは潔白です! 不正? そんな、わたくしは何もしておりません! これは、これは、きっと、誰かの、陰謀だ! そうだ、罠だ!」


「黙れ!!」 伯爵の怒声が響き渡った。


「王家文書を汚し、ローデンブルグの秩序を乱そうとしたグスタフ。それに加担した貴様が、どの口で家門を語る! グリード家は法を護る家であろうが! 貴様はそれを踏みにじったのだ。弁解は一切聞き入れん!」


 伯爵が命じると、屈強な衛兵たちがグスタフとヴィクトールに詰め寄った。


 衛兵がヴィクトールに手を伸ばした瞬間、彼は顔色を失い、まるで獣のように激しく取り乱して叫んだ。


「触るな! 俺に触れるな! 貴様らのような貴族でもない下等な者が、貴族である俺に触れるなど!」


 喚きながら衛兵に抵抗し、もがくヴィクトール。

 騎士としての矜持など欠片もない、ただ捕まりたくないという醜い本能だけが露わになっているように見えた。


 その最中、彼の血走った目が俺を捉えた。恨みがましい叫びが飛んでくる。


「貴様のせいで! 全ては貴様のせいだ!」


 その言葉と共に、ヴィクトールはまるで獲物に飛びかかるかのように、こちらに襲い掛かってきた。


 反射的に体が強張る。

 エリシアが咄嗟に前に出ようとするのが視界の端に映った。


 だが、俺への攻撃は奴の本心ではなかったのだ。奴は、衛兵や俺たちの注意をそらすために、そう見せかけたに過ぎない。

 真の狙いに気づいた瞬間、俺の背筋に冷たいものが走った!


 ヴィクトールは――俺の隣に立ち、混乱の中でまだ事態を飲み込めていないアメリアさんに向かって手を伸ばした。その細い腕を掴もうとした。


 やめろ! 体が勝手に動こうとするが、僅かに遅れる。


 人質に取ってこの場を切り抜けようとする、どこまでも卑劣な悪足掻きだ!


 しかし、俺や衛兵たちが反応するよりもさらに速く、一筋の閃光のようにシルヴィアが動いた。


 ヴィクトールがアメリアさんの腕に指先が触れる、まさにその刹那。シルヴィアが二人の間に鋭く割って入り、ヴィクトールの伸ばされた手首を、正確無比な動きで的確に捉えた。

 

 そして、迷いなく、その腕を関節ごと捻り上げる!


「これ以上、貴女方に迷惑はかけさせません」


 シルヴィアの容赦ない動きに、ヴィクトールは苦痛のうめき声を上げた。


 人質を取ろうという最後の手段も失敗し、完全に追い詰められたヴィクトールは、身動きを封じられ、衛兵に腕を掴まれると、まるで糸が切れたように崩れ落ちた。


 観念したように膝をつき、縋るような目で伯爵を見上げた彼の顔には、もう騎士としても貴族としても、誇りは微塵もなかった。

 

 ただ、惨めで情けない声で懇願する。


「閣下……どうか……お、お考え直しを……。わたくしは、グリード家の……。お願いです……」


 その懇願は、伯爵には届かない。衛兵は容赦なくヴィクトールを立たせ、引きずっていく。

 抵抗する力も意味もなく、ヴィクトールは崩れ落ちそうな体を衛兵に任せながら、出口へと運ばれていった。その顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになり、見ている者全てが目を背けるほど情けなかった。


 連行される最中、彼は誰にともなく、途切れ途切れに呟いた。

「……うそ、だ……こんな、はずじゃ……俺は……グリード家の……」


 グスタフもまた、「貴様ら!不動産ギルドが……、黒い薔薇が……ただでは済まさんぞ……!」と捨て台詞を残し、衛兵に連行されていった。


 二人が完全に退室した後、伯爵は改めて俺たちに向き直った。

 その顔から厳格さは消え、安堵した表情と、俺たちに対するある種の畏敬の念が浮かんでいたように見えた。


「ソーマ殿、エリシア様……そしてアメリアよ。見事であった。貴殿たちのおかげで、この度の不正が招きかねなかった混乱を防ぎ、ローデンブルグの平穏を守ることができた」


 伯爵は深々と頭を下げた。衛兵たちもそれに倣う。


 アメリアは、その場で膝から崩れ落ちそうになり、慌てて支えた。

 彼女の目からは、涙が溢れ落ちていた。 安堵、感謝、そして亡き夫ルーカスの思いに応えられたという様々な感情が混ざり合っているようだった。


「伯爵様……あ、ありがとうございます……!」

 かすれた声でアメリアが答える。


「白樫亭の土地は、五十年前に正式にシュトラウス伯爵家へ下賜され、エヴァレット家へと引き継がれたものである。今後も正当な所有者はエヴァレット家であると、ここに改めて宣言する。ギルドによる訴えは完全に退けられた」


 伯爵は優しくアメリアに声をかけ、改めて白樫亭の正当性を保証した。

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