表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/88

#35 「外の出来事が我々を傷つけるのではない。私たちの“それに対する判断”が、傷つけるのだ。」— マルクス・アウレリウス

「ふん! 貴様らの調べた情報など、出所の不明確なものに過ぎん! 仲間が王都文書館で調べたと言うが、貴様たちのような者が正規の記録の全てを理解できるとでも思っているのか!? 数日足らずの調査で、文書館の全てを網羅できたと本気で嘯くか!」 

 

 ヴィクトールの声が、広間に響き渡った。


「しかもだ! 『関連記録が見当たらない』だと? 王都文書館は広大であり、記録の分類や保管場所は時代や担当者によって異なる! 貴様らが数日調査しただけで『一切見当たらない』と断言するなど、調査の網羅性不足か、意図的に見つけられなかっただけではないのか!? 」


 鋭い言葉の刃が、俺たちの調査自体に疑念を投げかける。


「あるいは、七十年という歳月の中で、一部の記録が散逸したり、王家内部の機密性から別の部署や場所に保管されている可能性もある! 欠落していること自体を証拠とするなど、論理の飛躍も甚だしい!」


 畳み掛けるように、ヴィクトールは俺たちの調査の不十分さ、証明の甘さを容赦なく突いてくる。奴の攻撃は、一見、論理的だ。

 さすがは、法印局の家門とやらを自慢するだけはある。その言葉が審問の場に重くのしかかる。


 グスタフが、ここぞとばかりに、追撃する。


「その通りです! 私の提示した文書は、王都文書館に保管されていた『正規の文書』です。王国の機関が認めた記録だ! これこそが、七十年前の王家の真実の決定を示す揺るぎない記録なのだ! 貴様たちは、この文書の地番体系が当時の一般的慣習と異なると指摘したな?  だが、これは王家による特定の計画地に関するものだ!  王家が特別な計画のために、一般の地番体系とは異なる、一時的な、あるいは計画専用の特殊なコードを用いたとしても何らおかしくない! 事実…」


 グスタフはそこで言葉を切り、傍らのエベラールに視線を向けた。


「…エベラール殿、“不動産ギルドの職員として”貴殿もご存知のはずでは? 国の主要な開発計画においても、同様に一時的な特殊コードが過去に用いられた事例が存在すると聞いておりますが?」


 グスタフの問いかけに、エベラールは僅かに眉を動かしたが、静かに頷きながら答えた。


「確かに、不動産ギルドの記録によれば、王国のいくつかの大規模な都市計画において、一般とは異なる一時的な地番コードが用いられた事例は存在します。ただし、その適用には特定の基準と手続きが…」


 グスタフはエベラールの言葉を遮るように、自信を取り戻した笑みを浮かべた。沈黙よりも、専門家によるわずかな肯定の言葉の方が、彼にとっては都合が良いと判断したのだ。


「……聞いたか! この文書が示す地番コードこそが、これが通常の土地ではなく、王家が特別に扱った計画地であったことの動かぬ証拠なのだ!」


 グスタフは、ヴィクトールが開けた道をさらに広げるように、公式記録の絶対性と、自身の文書の特殊性を強調する。その声には力が込められていた。


(——仮換地か!?)


 グスタフの主張は、現代日本の仮換地番号に近い。仮換地番号とは、土地区画整理事業において、従前の土地に代わって一時的に使用・収益する土地(仮換地)に割り当てられる番号のことだ。この番号は、登記簿には記録されない。あくまで事業の進行中に一時的に使用される番号に過ぎず、区画整理事業の完了後、正式な地番が割り当てられる。


 そんな制度が、この異世界にもあるとは……。


「そして、白樫亭の帳簿など、所詮は一介の庶民の記録に過ぎん! それが、王家の公式な決定を記した文書に優先されるとでも言うのか!? こいつらが計画地指定後も、王家の目を盗んで不法に営業を続けていた可能性もある! 税金を納めていたというのも、所詮はローカルな行政との、土地の『使用』に関するやり取りに過ぎん! それが、王家の正式な決定に基づく土地の所有権の所在に影響を与えるものか!? あの土地は王家の療養地として指定されており、そもそも伯爵家の領地には含まれていないのだ! 我々が主張するのは、王家の正式な決定に基づく。この土地の管理権限は、王家から正当な権利を与えられた我々、不動産ギルドにあるということだ! 我々は王家の意思の元、正規の手続きに基づいた主張をしているのだ! 対する貴様らは……その文書鑑定士とやら」


 グスタフの視線がゾルタンに突き刺さる。ゾルタンは書面以外のことは、我関せずといった様子だ。


「貴様は、この封印が偽物だと宣ったな? 魔力定式がどうの、星屑石がどうのと、奇妙な理屈を並べていたようだが……なるほど、魔法鑑定なる専門技術があるのかもしれん。王家封印に魔力が関わっていることも否定はできまい」


 グスタフは、一旦ゾルタンの専門性を認めるような言葉を口にする。しかし、それは否定するための布石だった。


「だが! その鑑定を行ったのが、他ならぬ白樫亭側が、自らの主張のために連れてきた人物であるという点を、審問官たる閣下はどのように評価なさる!? 彼が、我々の文書を偽造と断定するために、都合の良い『鑑定結果』を捏造したのではないかと、我々は強く疑わざるを得ない! その鑑定結果が、真に公正なものであると、どうして証明できるのか? 我々にとっては、白樫亭側の人間が、自分たちの主張に合わせて用意した、“証拠にならない一方的な主張”に過ぎんのだ!」


 ゾルタンの鑑定結果そのものを否定するのではなく、鑑定を行った「ゾルタン自身の信頼性」に焦点を絞る。

 彼が俺たちの側の人間であること、そして鑑定結果が「都合の良い捏造」である可能性を強く示唆する。これは、証拠の内容ではなく、証拠の提出者の信頼性を攻撃する、狡猾な戦術だ。


 ヴィクトールが、最後に追い打ちをかけるように言い放つ。


「貴様らは、もはや無駄な抵抗のために、王家の権威にまで泥を塗るつもりか! この審問で嘘や偽証が発覚すれば、ただでは済まないぞ、ソーマ。王家に対する反逆と見なされれば、その首があっても足りないだろうな!」


 ヴィクトールとグスタフの言葉が、場の空気をさらに張り詰めさせる。 彼らは、文書の形式的な正しさと、王家の権威という揺るぎない「盾」を最大限に活用し、俺たちを打ち砕こうとしている。


 追い詰められる。彼らの言葉が、重くのしかかる。心臓が早鐘を打つ。思考がまとまらない。

 俺たちの指摘は、彼らにとっては単なる「非公式な憶測」「調査不足」「私的な記録」「証明不能なこじつけ」、そして「身内による捏造」でしかないのか——このままでは、グスタフの偽装が通ってしまう。


 審問の空気は、再びグスタフ側に傾いた。


 アメリアが、心配そうにこちらを見つめているのが視界の端に映った。その瞳には、状況への不安と、俺への信頼が混じっているように見える。


 エリシアは、唇をきつく引き結び、グスタフの言葉に反論の糸口を探しているようだ。しかし、形勢が不利になったことで、焦燥の色を隠せないでいる。


 額に冷や汗が滲む。焦燥感。時間がない。

 どうする? 俺たちが集めた情報だけでは、奴らを屈服させられないのか?


 この世界の常識、権威、形式――そういった訳の分からないものが、俺がこの世界で見つけた居場所を押し潰すのか?


「外の出来事が我々を傷つけるのではない。私たちの“それに対する判断”が、傷つける」——マルクス・アウレリウス


 そうだ! まだだ!まだ、思考を止めるわけにはいかない!


 この世界のルールだけでは通じないのなら、俺だけの「視え方」を、この世界の理屈に変換して、誰にも反論できない形で示す!


 目を閉じる。深く集中する。

 グスタフが提示した文書。それを、ランド・オラクルを通じて『視る』。


 前回、ランド・オラクルを使った時にも「歪み」や「新しい情報の層」は視ていた。だが、あの時はそれが何なのか、この世界の何と結びつくのか分からなかった。単なる感覚だった。


 ——しかし、今は違う。


 王都からレオン達が届けてくれた「当時の正規のパターン」(地番台帳、王家封印の規則性、記録管理構造)。白樫亭の「七十年間の営業実績」という歴史的事実。そして、ゾルタンの「文書に刻まれた魔力反応を見る」という鑑定技術の断片。


 積上げてきたこれらの客観的な情報が、ランド・オラクルが捉える“歪み”を解釈するための『テンプレート』となった。


 ——視える。


 文書に、本来あるべき時代の記録とは明らかに異なる、人工的に重ねられた“情報の層”が視えた。


 それは単なる書き換えではない。まるで、特定の意図を持って、別の性質を持つマナが流し込まれ、無理やり『偽りの情報』が定着させられたような痕跡だ。


 ゾルタンが言っていた「文書に刻まれた魔力の履歴」…‥そして、——エリシアが語ったランド・マップの原理。


 これらの点が、この瞬間、俺の頭の中で一直線に繋がった。


 これだ。この「視えた」痕跡こそが、偽造の「手口」を示している!


 俺にしか視えないこの「歪み」の正体を、この世界の物理的な形で示す方法が、見つかった!


 目を開けた。視界がクリアになる。もう、怯えはない。

 焦燥感は消え失せ、代わりに、冷静な確信が胸を満たしていた。


「外の出来事が我々を傷つけるのではない。私たちの“それに対する判断”が、傷つけるのだ。」

この言葉は、ローマ皇帝マルクス・アウレリウスのもので、出来事自体よりも、それに対する私たちの判断が重要だと説きます。

本話では、主人公ソーマが窮地でこの名言を思い出し、自身の「視え方」を信じることで、表面的な権威に囚われず、真実を見抜く新たな突破口を見出しました。


第1部「土地所有権の真贋」も、あと少しで完結予定です。引き続きよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ