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#34-1 「私が偽りを語ればその責任を取らねばならないし、真実を語れば真実がそれに応えてくれる」 — トーマス・フラー

 ローデンブルグ領主館の重厚な門が、俺たちを出迎えた。

 

 俺たち四人は、その門を潜ろうとしていた。アメリアは白樫亭の古文書と帳簿を胸に抱きしめ、エリシアは胸当てこそ装着していなかったが、腰に剣を帯び、その表情は固く引き締まっていた。


 文書鑑定士のゾルタンは、館の建築を興味深そうに見上げ、瓶底眼鏡を光らせた。


「ふむ、壁にも石にも、様々な記憶が染み付いていますな。特に、この門扉の鉄…幾多の権力と、それを潜った紙切れの歴史が刻まれている。面白い」


 まるで珍味を目の前にした美食家のように目を輝かせる。この男は、本当に文書そのものにしか関心がないらしい。


 カイルたちは、白樫亭で待機だ。俺たちが所有権についての議論をしている間に、グスタフが強硬手段に出ないとも限らない。

 カイルたちがいる。その安心感が無言の支えとなる。


 俺は深く息を吸い、冷たい空気を肺に満たす。行こう。


 重い鉄の門を押し開き、一歩踏み出すたびに地面を踏みしめる音が響く。戦場へ向かう兵士のような緊張が、全身を満たしていく。


 広間を通り、案内されたのは、いつもと違う会議室だった。


 扉が開かれると部屋の中央には、既に奴らがいた。

 グスタフは勝ち誇った笑みを浮かべ、ヴィクトールは腕を組み、俺たちを見下ろすような態度だ。


(余裕だな。まるで、自分たちの本拠地、ホームのような顔をしてやがる)


 視線が交錯する。空気が一瞬にして凍りつく。敵意、侮蔑、そして絶対的な自信。


「おやおや、アメリアさん。よくお越しくださいました。まさか、まだ白樫亭の土地の所有権を主張なさるおつもりですか?  王家の決定に逆らうなど、無駄な足掻きですよ」

 グスタフが低く嘲笑を含ませて言った。


「私に白樫亭の将来をお任せいただければ、あなたとお嬢さんのためにも最善の道をご用意できます。ここは潔くお認めいただくのが賢明かと。そうすれば、私たちの関係も、より良い方向へと進められることでしょう」


 アメリアは一歩も引かず、真っ直ぐにグスタフを見返す。


「グスタフさん。そのような心配は無用です。白樫亭は、亡き夫ルーカスとそのご両親達が守り続けてきた場所。私は、その正当な権利を示すために来ました。必ずあなたの嘘を暴きます」


 思わぬアメリアの反撃に、グスタフの顔がわずかに強張った。


「そいつは何だ?」


 ヴィクトールが、ゾルタンを顎で指し示す。一瞬、ゾルタンの異様な雰囲気に警戒の色を浮かべたが、すぐに侮蔑的な表情に覆い隠した。


「さぁな」 俺は肩を竦めて応じるだけだ。


「ふん。相変わらずこざかしい奴だ。抵抗するにしても、もう少し賢い手を考えろ。この期に及んで、そんな取るに足らん者を連れてくるとはな」


 ヴィクトールの視線はすぐにゾルタンから離れ、興味を失ったふりをした。だが、それは見せかけの演技だ。文書偽造への自信と貴族のプライドから、ゾルタンを「取るに足らぬ者」と見下していると示すためだ。


 ヴィクトールがゾルタンを疑っている。それが、ゾルタンがグスタフ側の人間ではないという証左でもあった。


「ゾルタンさんの同席は、伯爵の許可を得ている。それより、騎士団の副団長に過ぎないお前こそ、なんでこの場にいる?」

「俺は法印局を司る家門の者として、お前らが閣下を謀らぬよう監視しているのだ!」


 ヴィクトールは誇らしげに胸を張る。


「へぇえ、法印局の家門ねぇ。でも、お前、地方貴族の騎士だろ? そんなご立派な一族の人間が、なんで法印局とやらに務めずに、地方貴族の元で、使い走りの騎士なんかやってるんだ?」

「な、何だと!」


 怒りに任せて立ち上がろうとするヴィクトールを、グスタフが手で制した。「まぁまぁ、ヴィクトール様」グスタフが手を差し伸べるように言った。


「ソーマ殿も、ただ確認したいだけでしょう」


 ヴィクトールは肩を上下させながら、なんとか怒りを抑え込む。


(おっ、よく耐えたな。)


 グスタフはやれやれという顔をすると、エリシアに視線を向けた。


「エリシア様。エルフであり、王国の土地の守り手たる一族の御令嬢が、なぜこのような場に、しかも白樫亭の側に立たれるのです?」


 エリシアは毅然とした声で応じた。


「ルミナスは、この国の土地に刻まれた歪みを正す使命を帯びています。白樫亭の土地には、明らかな歪みが刻まれている。それを正すために、私はここにいるのです」


 グスタフの表情が一瞬、硬直した。エリシアの言葉が、彼の偽装に潜む「歪み」を突いていることを、彼は理解したのだ。


 場の空気が、さらに緊張感を増していく。一秒が、永遠のように長い。


 その時、扉が開く音が響いた。ローデンブルグの領主、オスヴァルト・フォン・シュトラウス伯爵が入室する。

 その後ろには、執事と衛兵、数名の従者が連なっていた。伯爵は、銀色の鎧を纏った女性騎士と、細身で初老の男性を伴っていた。


 その二人の素性を俺は知らない。一瞬戸惑うが、エリシアが女性騎士を見て微かに頷く。その瞳は「心配ない」という静かな確信を伝えていた。


 俺は、彼女の判断を信じることにした。


 ヴィクトールが伯爵に詰め寄る。

「伯爵様、この方々は何者で、なぜこの場に同席を許されたのですか?」


 一方で、グスタフの目には計算外の事態への焦りが滲んでいた。


 伯爵は落ち着いた声で告げた。


「こちらはエベラール殿。ヴェルディアの不動産ギルド支部から来た方で、この審問の公正を期すため立ち会っていただくことになった。そしてそちらの騎士は、シルヴィア殿だ」

「何ですと! このような重要な審問に、突然の来訪者を同席させるなど、到底承服できません!」


 ヴィクトールが声を荒げるが、グスタフが再び手を上げて制した。


「ヴィクトール様、お静かに。エベラール殿の同席は、むしろ我々の正当性を示す機会となります」


 だが、その言葉とは裏腹に、グスタフの表情は僅かに翳っていた。


「白樫亭女将アメリア。そなたも異論ないか?」


 アメリアは俺とエリシアを見やり、エリシアが優しく頷くのを見て答えた。

「はい。異論ございません」


 伯爵は最後に俺に視線を移す。


「また、白樫亭側の要望により、文書鑑定士ゾルタンの同席も認める」


 ゾルタンは自分の名が呼ばれたことすら気付かないかのように、執事の手元のファイルをじっと見つめていた。獲物を捉えた獣のような、あるいは古の研究者のような、危うい光を宿す眼差しで。


 伯爵が一歩前に出た。


「では、これより白樫亭の土地所有権に関する審問を開始する」


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