#26-2 「真の旅の発見は、新しい景色を探すことではなく、新しい目で見ることだ。」 —マルセル・プルースト
「なんで、俺たちまでここで待たなきゃなんねぇんだよ!」
カイルの怒気を含んだ声が、中央階段の広間に響いた。
エリシアは表情を変えず、ぴたりとその視線を受け止める。
「説明したはずよ。これから行う調査には、ルミナス家の秘術を用いるの。だから、他の人には立ち会ってもらうわけにはいかない」
「他人、ねぇ……」カイルが口を歪めて吐き捨てる。
「それじゃあ、昨日、命預け合って戦ってた俺たちは“他人”ってことか? 貴族様ってのは冷たいもんだな!」
隣に立つコールも、腕を組んだまま無言だったが、目元には明らかな不満が浮かんでいた。
「それに、ソーマは良くて、なんで俺たちは駄目なんだよ? ソーマもルミナスの人間ってわけじゃねぇだろ?」
その言葉に、俺も少し戸惑う。カイルの言い分はもっともだ。カイル達が“他人”なら、俺だって他人に変わりない。
「もういいでしょ、カイル」
エレノアが一歩進み出て、落ち着いた声でなだめに入った。
「独自魔法っていうのは、それを使う人にとっては命と同じくらい大事なものなの。ましてや家に代々伝わる魔法なら、他人に軽々と見せられるものじゃないわ」
「……了解だよ。貴族様の言う通りってことでな」
カイルはなおも納得いかないように鼻を鳴らしたが、エレノアの言葉を無視できるほど無分別ではなかった。コールも一度小さく頷く。
「エレノア、ありがとう」
「別にいいのよ。あなたにも、ソーマにも事情があるんでしょ」
エレノアはそう言ってから、ふとエリシアを見つめ直した。
「でも……驚いたわ。あなたがあのルミナス家のご令嬢だったなんて。確かに、ただのエルフじゃないとは思ってたけど」
「隠していたことは謝るわ」
エリシアは短くそう言って頭を下げた。
エレノアは肩をすくめると、カイルとコールに向き直る。
「じゃあ、行きましょう。伯爵が、私たちにも恩賞を用意してくれてるって話よ。ありがたくいただいて、白樫亭に戻りましょう」
三人が踵を返しかけたその時だった。
「待って、エレノア」
エリシアの声に、エレノアが振り向く。
「白樫亭に戻るなら、これを持って行って」
エリシアは腰のポーチから一枚の羊皮紙を取り出し、エレノアに手渡した。淡く紋様の浮かぶその紙は、見覚えのあるもの——ランド・マップに使う媒体だった。
「もし私が考えている通りなら、白樫亭の温泉を復活させられるかもしれない。そのタイミングを、これで知らせるから。アメリアたちと準備しておいて」
エレノアは少し驚いた顔をしたが、すぐに真顔に戻り、紙を受け取る。
「……わかったわ。楽しみにしてる」
エレノアたちが完全に見えなくなったのを見計らって、俺はエリシアに問うた。
「カイルたちにちょっと冷たかったんじゃないか? 昨日は、カイルたちも一緒に地下道に入ったのに、今回は駄目だってのは……さすがに説明がつかないだろ」
エリシアは、静かに言葉を紡ぐ。
「昨日の時点で、もし伯爵に“騎士団の同行は不要”なんて言ったら、地下道調査の許可そのものが取り下げられる可能性があったわ。それに……あの時点では、地下に何かがいるのは、ほぼ確実だった。もし何もなかったら、騎士団やカイルたちには途中で引き返してもらって、私たちだけで調べるつもりだった」
「けど……なら、何で俺はいいんだ? 俺だってルミナスでもなければ、エルフでもない」
その言葉に、エリシアはじっと俺を見つめ返した。緑の瞳に揺れる感情は読めない。
「……その秘術ってやつが本当に重要なら、俺みたいな素性の分からない奴に見せるのって、むしろリスクじゃないか?」
俺がそう返すと、エリシアは微かに口元を動かした。だが、笑ったわけではない。ただ、淡々と続ける。
「正直に言えば、ルミナス家の秘術……というか、“地脈魔法”は、人に見せちゃいけないような禁忌の秘術じゃないのよ。ただ、そう言わないと、あの人たちが同行を諦めなかった。それに……」
そこで、少し言葉を濁す。
「彼らが一緒にいたら、あなたの“ランド・オラクル”を隠しきれなくなる」
そういうことか。魔獣が襲ってきたとかいう状況ならいざ知らず、調査中にランド・オラクルを堂々と使ったら、さすがに土地の様子を見てわかるとか、呪いが視えるとかいう話じゃごまかせなくなる。
「それに……あなたたちは、もう何度も地脈魔法を見てる」
「バジリスクの時の、あれか?」
「そう。あれは、対象の体内にあるマナの流れを停止させる魔法。地脈の流れを止める応用よ。バジリスクの体内のマナが膨大で、思ったよりも危険だったけど、あれがなければ倒せなかったわ」
「……あぶない橋だったんだな」
「それだけじゃないわ。あの地図、あなたたちが“ランド・マップ”って呼んでるものも、同じ」
「……ランド・マップも?」
「あれも地脈魔法を応用して作られているの。マナが刻まれた“文字の姿”を地脈を通して一定範囲内に送り届ける仕組みよ」
「……つまり、地脈を通じて魔力で情報を送ってるってことか?」
「簡単に言えばね。精霊魔法じゃそんなことできないわ。精霊はその場に存在するものだから、離れた場所には干渉できないしね」
エリシアは腰のポーチに手をやって、もう一枚の羊皮紙を取り出した。ランド・マップに使われるものと同じものだ。
「これは送信用だけど、エレノアに渡した方の紙には、魔力と共に、地脈魔法の“受信構文”が組み込まれてるの。だから、地脈の流れに載せて信号を送れば、対応する紙が情報を拾って可視化する」
「すげぇな……こっちの世界の“インターネット”だな、こりゃ」
俺がぽつりと呟くと、エリシアは小首を傾げた。
「そのイン……なんとかっていうのは知らないけど。そういうわけで、地脈魔法は確かに秘術だけど、そこまで神聖視されてるものじゃないの。あなたの“ランド・オラクル”に比べたら、隠すほどのものでもないわ」
「……なるほどな」
短く返しただけだったが、その意味は重い。
彼女が騎士団やエレノアたちの同行を拒んだ理由――それが、自分の魔法ではなく、俺の能力を守るためだったということは、もう疑いようがなかった。
その事実が、妙に胸に残った。
同時に、ふと考える。 ——そこまでして隠さなければならない“俺の力”とは、一体何なんだ?
自覚はないものの俺はマナを持たず、どうやら、この世界の理から外れた存在であるらしい。けれど、それが何を意味するのか、俺自身まだわかっていない。
そしてきっと、エリシアもすべてを語っているわけではない。
けれど今は、それでいいと思った。 問いを投げるには、まだ時期が早い。
だから、俺は黙っていた。
***
再び地下道へ向かうメンバーは、俺、エリシア、リシェル、レオンの四人だ。
出発前、ヴィクトールが、しつこく同行を申し出てきた。
「ここまで関わっておきながら、肝心の調査から外されるのは騎士団の名に関わる。危険な場所に侯爵令嬢を護衛なしで行かせるなど、いかがなものか」
その言い分は一見もっともだ。だが、ヴィクトールの目には、護衛としての責務以上の執着が浮かんでいるように見えた。俺とエリシアを交互に見つめるその視線は、何か探るような目つきだった。
レオポルドは、そんな彼の言葉を一蹴した。
「伯爵様の命令だ。これ以上は聞き入れられん。ここから先はソーマ殿とエリシア様の判断に委ねられている」
怒声とともにヴィクトールは引き下がったが、その場を離れ際、ちらりと俺たちに向けた視線が忘れられなかった。
「……あの目、嫌な感じ。面倒なことになりそうね」
エリシアもそれに気づいていたのか、俺のすぐ隣で、小さく息を吐く。
「行きましょう」
俺たちは無言で頷き合い、地下道の入り口へと向かう。
石段の下から立ちのぼる冷気と湿気が、空気を震わせていた。
「真の旅の発見は、新しい景色を探すことではなく、新しい目で見ることだ。」 —マルセル・プルースト
この言葉は、物事を新たな視点で見つめ直すことの重要性を示しています。第26話では、相馬とエリシアが再び地下道へと足を踏み入れました。以前と同じ場所でありながら、相馬の『ランド・オラクル』や、エリシアの明かされた『地脈魔法』という「新しい目」で、石化の真実と見えない呪いの根源を探ろうとします。彼らの「新たな視点」が、一体何を明らかにするのか、今後の展開にご期待ください。
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