#25-2 「勇気とは、恐怖に抵抗し、それを支配することであって、恐怖がないことではない。」— マーク・トウェイン
その瞬間——
ゾワッ、と全身の毛が逆立った。
突如、ランド・オラクルが発動する。
視界がぐにゃりと歪み、空間に黄金の光が広がる。
目の前の景色が滲み、時間の流れがゆっくりと歪む感覚が俺を包む。
見えたのは——エレノアが石化する未来。
————
バジリスクが大きく口を開き、喉の奥から黒い霧が湧き上がる。
エレノアはその正面にいた。
杖を掲げ、魔法を発動しようとしているが——間に合わない。
そして、彼女の体が灰色に染まり、硬直する——。
————
「……やらせるかぁっ!!」
目の前で起こる未来を拒絶するように、俺は叫んだ。
そして考えるよりも先に、身体が動いた。
「エレノア!!」
叫びながら、俺は彼女に向かって飛び込む。
——あと一歩。間に合え!!
思い切り彼女の身体を突き飛ばす。
「きゃっ……!」 エレノアの驚いた声が耳に届く。
次の瞬間——
バジリスクのブレスが、俺を包み込んだ。
冷たい感覚が肌を這う。全身が硬直し、視界が暗くなる。
異世界転移して、まだ二週間も経っていない。
——死んだら元の世界に戻るのかな?
そんな考えが一瞬、頭をよぎる。
しかし—— 何も、起こらない?
「……え?」
俺は自分の手を見下ろした。指は動く。足も動く。皮膚もそのままだ。
「……何で?」
俺が石化していない?
周囲が息を呑む音が聞こえる。
「お、お前……今、ブレスを……」
「……石化してない……?」
騎士たちが驚愕に目を見開き、俺を見つめる。
エレノアも地面に倒れ込んだまま、俺を見上げ、言葉を失っていた。
俺はゆっくりと顔を上げた。
バジリスクが、俺を睨んでいる。その瞳には、僅かな困惑が滲んでいる……そんな気もするが、所詮トカゲの気持ちなぞ、分かるわけもない。
「……俺、どうなってんだ?」
心臓が激しく鳴る。頭が追いつかない。
どうやら俺の異世界転移は、まだ終わらないらしい。
そして——
ランド・オラクルが、再び発動した。
視界が揺れ、頭の奥に直接流れ込んでくる"未来"の映像。
それはまるで映画のワンシーンのように鮮明だった。
————
バジリスクの吐き出すブレスが、
一人、また一人と捕らえ、石化する仲間の姿が見えた。
剣を振るうレオポルドが硬直し、目を見開いたまま石の像と化す。
リシェルが咄嗟に魔法を放とうとするが、間に合わず、石と化す。
カイルが叫びながら斬りかかるも、巨大な尾が一閃し、壁へと叩きつけられ——。
————
俺たちが、全滅する未来—— すべて、終わる。
「……くそっ……!!」 喉の奥から言葉が漏れる。
「俺の視たい未来は、こんなんじゃねえんだよ!!」
それは、叫びというより、願いだった。
絶望に塗り潰された未来が突きつけられた今、頭の奥に浮かんできたのは、かつてメモした、ある言葉だった。
「未来は予測するものじゃない。“創る”ものだ」——ピーター・ドラッカー。
未来を変えられる力を手にして、傍観するなんてまっぴらだ。
だから、俺は立ち上がる。
視えた未来なんて、クソ喰らえだ。
「ランド・オラクル——俺に世界を視せろ!!」
視界が、黄金色の輝きに満たされる。
目の前に広がる世界の全て——床も、壁も、天井も。
そこに存在する人も、魔獣も。
ありとあらゆるものが、葉脈のように、
あるいは生命の繋がりを示すかのように、
複雑極まりない光の筋によって構成されているのが理解できた。
それは世界の根源的な構造そのものを見抜くかのようだった。
――――
世界が黄金色に淡く輝く中で、
その流れに逆らう明確な異質さを示すかのように、
一点、鮮烈な赤色に染まる地点があった——。
――――
俺は瞬時に理解した。あそこに地下室がある。
「エリシア! あの位置に地下室がある! あいつをそこに落とせれば——」
俺の声は、恐怖と希望で震えていた。
「……分かったわ。やるしかないわね」
声は平静を保っていたが、そのわずかな震えに、彼女の緊張が滲む。
「レオン、リシェル、私が今からあいつを止める。その隙にあいつの足元の床を崩して!」
エリシアの言葉を聞いて、普段冷静沈着なレオンが叫ぶ。
「エリシア様、地脈魔法を使う気ですか!? この状況では、エリシア様の負担が大きすぎます!」
リシェルも叫ぶ。 「エリシア様、ダメです!」
「ここで止めなければ、甚大な被害がでるわ。ここでやるわよ!」
彼女の顔には、覚悟と決意が浮かんでいた。
「エレノア! 止めをお願いするわ!」
「……わかったわ!」
そう言うとエレノアは、杖を構え目を閉じ、呪文の詠唱に入る。
カイルとコールは、エレノアを庇うようにバジリスクの前に立ちふさがった。
「レオポルド団長!バジリスクをあの階段の右側に誘導して!」
エリシアの指示が飛ぶ。
「ローデンブルグの騎士たちよ。ここが正念場だ! お前たちの覚悟を示せ!」
「おぉ!!」
戦える騎士は5名。彼らはバジリスクをけん制して、エリシアが指定した中央階段の右側へ誘導する。
エリシアは一瞬目を閉じ、深く息を吸い込んでから目を見開き、歯を食いしばる。
彼女の周囲に魔力が渦巻き始め、髪が風もないのに揺れ動いた。
彼女が発したその声は…… 世界への祈りだった。
「マナよ……世界よ……我が声に応えよ……!」
彼女の全身から淡い光が溢れ出し、足元から大地が震え始めた。
広間全体に魔力の波動が広がり、空気が重くなる。
「Manae…… Orbis Vīs《世界の力よ》…… Audī Precēs Meās《我が祈りを聞き届けよ》…… Luce Pressā《光を圧し》……」
そして——俺は視た!
この世界に張り巡らされた、血管を思わせるような光の脈。
複雑に絡み合い、微細な光の筋は、どこまでも——
いや有機物、無機物問わず全てに張り巡らされている。
それは——まるで世界の骨格が可視化されたかのようだった。
もちろん、バジリスクにも!
そのバジリスクを形づくる光の脈が、エリシアの魔法の詠唱に伴い、徐々に光を失っていく。切れては点き、切れては点き、明滅する。まるで切れかけた蛍光管のように。
やがてその光は完全に停止した。
そして——バジリスクの巨体がピタリと止まった。まるで時が凍ったように。
「今よ!」
エリシアは最後の力を振り絞るように叫ぶ。
彼女の顔は蒼白で、体から汗が滴り落ちていた。
レオンとリシェルが魔法を放つ。
「Salama, murskaa!《雷よ、砕き散れ!》」
「Tuuli, juokse!《風よ、奔れ!》」
眩い閃光と共に雷が落ち、激しい風が巻き起こる。雷と風が絡み合い、まるで意志を持つかのように広間の床、バジリスクの足元に集中して吹き飛んだ。
轟音と共に、床が崩れ落ちる。
グギャアアアア!!
バジリスクが突如として動きを取り戻した。しかし、怒りの叫び声を上げながらもバランスを崩し、地下へと落ちていく。その巨体が目の前から忽然と消える。
——ズシンッッ! バキバキ!
足元から響く音が、バジリスクが穴に落ちたことを知らせる。
突然落ちた深い穴から、バジリスクは必死に這い上がろうとするが、もう遅い!その巨体は狭い地下室の中で身動きが取れなくなっていた。
「今だ、エレノア!とどめだ!」
エレノアの詠唱が完成した。彼女の顔には集中力と決意が表れ、全身をマナが赤色に染め上げていた。
「Flamme, verbrenne alles!《炎よ、全てを焼き尽くせ!》 Flammenstoß! Doppelschicht!《フレイムバースト!ダブルレイヤー!!》」
エレノアの頭上に巨大な二重の魔方陣が出現し、そこから眩い光と共に巨大な火球が放たれた。その火球はまるで太陽のように輝き、轟音と共にバジリスクの頭部、大きく開けた顎。その中に直撃した。
地下から猛烈な熱波と光が噴き出し、広間全体が一瞬明るく照らされる。
そして——バジリスクは断末魔を響かせながら、果てた。
戦いは終わった。
俺は荒い息をつきながら、地面に膝をついた。全身から力が抜けていく。
ランド・オラクルが発動しなければ、この勝利はなかった。 俺の能力が、初めて仲間たちの役に立った瞬間だった。
——そして、ようやく。
静寂が、広間に戻った。
ご覧いただきありがとうございました。
今回は、マーク・トウェインの「勇気とは、恐怖に抵抗し、それを支配することであって、恐怖がないことではない。」という言葉がテーマでした。
恐怖を感じながらも、それに抗い、立ち向かう真の勇気を描きたく、主人公相馬や騎士たちの奮闘を通して表現しました。特に、バジリスクとの激戦の中、相馬が自身の能力を信じ、絶望的な状況を打開しようとする場面は、まさにこの言葉を体現しています。
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