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#25-1 「勇気とは、恐怖に抵抗し、それを支配することであって、恐怖がないことではない。」— マーク・トウェイン

 中央階段のある広間は騎士たちの怒声と悲鳴、そしてバジリスクの轟くような咆哮で満ち溢れていた。恐怖が館中に広がり、あらゆる場所から悲鳴が響き渡る。


「きゃあぁぁ!」

 メイドたちは顔を蒼白にして四方へ散り、必死に逃げ惑う。


 伯爵は忠実な執事に半ば抱えられるようにして、館の外へと逃げ出していった。


 彼らの足音が遠ざかる中、広間に残されたのは俺たちと騎士団、そして一匹の怪物だけだ。


 レオポルドの声が広間に響き渡る。 「全員、戦闘態勢を維持しろ!決して崩すな!」


 さすがだな、こんな状況でも声が震えていない。


「防御!」 レオポルドが号令をかけた。


「おぉう!」騎士たちが一斉に掛け声を上げ、盾を構えた四名の前衛が固まって防御態勢を取る。

 盾を持った騎士たちの体から青色の光の粒が立ち上り、全身を覆うのが視えた。


グギャアァァァ!!

 バジリスクが巨大な尻尾を振り抜く。


「うおぉぉぉ!」 騎士たちが叫ぶ。


ガッコオォォン!!!

 バジリスクの一撃を騎士たちの盾がはじき返した。


 最大幅二メートル弱、長さ十五メートルはある巨体。その怪獣のような生物の一撃だ。重さとスピードを考えれば、十トンを優に超える衝撃が加わったはず——人間が受けて即死しないだけでも驚異的なのに、はじき返した!?


 俺は目を見開き、騎士たちがその凄まじい衝撃を耐え凌いでいることに戦慄する。


「今だ!」

 その隙を突き、回り込んだ騎士たちが一斉にバジリスクへ斬りかかる。彼らの剣にも青い光が纏っていた。しかし——。


「なんて硬さだ……!」 傷一つつかない。


 バジリスクの鱗一つ一つにも、青色の光を纏っている。それは盾の騎士たちよりもさらに濃い光だ。


「二撃目来るぞ!構えろ!」


 バジリスクが再び尻尾を振るう。盾の騎士たちは再びその衝撃を耐えたが、三度目の猛攻に耐えきれず、ついに崩れた。


「ぐわぁっ!」


 騎士数名がまとめて吹き飛ばされ、広間の大理石の床を転がっていく。鎧が軋む音と苦悶の声が入り混じり、重厚な音が広間を埋め尽くした。


 「うぉおおりゃ!!」

 カイルが吼え、剣を振り下ろす。刃はバジリスクの足を捉えた。しかし、傷は浅い。「硬ってぇ……!」


 コールも戦斧を振るうが、鱗が邪魔をし、深くは食い込まない。


 リシェルがバジリスクの目前を縦横無尽に疾駆する。風の刃をまとった短剣が閃くが、鱗を滑るだけ。バジリスクを引きつけるも、決定打にはならない。


 レオンが弓を引いた。雷の精霊が込められた矢が一直線に飛ぶ。しかし——。


「くっ……!」

 バジリスクの鱗が火花を散らし、雷撃を弾き返した。


「傷を負った者は下がれ!まだ戦える者は、剣を振るえ!」

 レオポルドが剣を抜き、自ら前に出る。怪物を前にしても、彼の目に迷いはない。

 騎士たちも立ち上がり、レオポルドに続けとばかりに、懸命に剣を構える。


(くそっ……俺にできることなんて……!)


 俺に戦う力はない。剣も魔法も使えない。巻き込まれれば一瞬で終わる。俺はバジリスクの動きを見ながら、必死に逃げ場を探すしかなかった。


 その瞬間——

 突如として俺の中でランド・オラクルが発動した。

 世界が一瞬歪み、未来の断片が脳裏に浮かび上がる。

————

 バジリスクが大きく息を吸い込む。

 黒い霧が弾丸のように吐き出され、

 前方に立っていた騎士団員二名を包み込んだ。

 騎士団の二人が、石になる

————


「ブレスが来る!」


 俺は必死に叫んだが——すでに遅かった。

 バジリスクから吐き出されたブレスが、前方に立っていた騎士団員二名を包み込む。


バリバリッ!


「うわぁっ……!」 瞬く間に、二人の体が黒色の霧に染まり——皮膚から鎧まで、すべてが白く変色していく。


 そして彼らは、完全に動きを止めた。まるで精巧な彫像のように、恐怖に満ちた表情のまま凍りついた。


「ぐ……っ!」

 俺は奥歯を噛みしめるしかなかった。


「壊させないで!」

 エリシアが叫ぶ。騒乱の中でも彼女の声はよく響いた。

「バジリスクの石化は解除できる可能性があるわ! 彼らを死なせたくないなら、なんとしても守って!」


 次の瞬間、シグリットの透き通った声が響いた。

「Starke Kraft, explodiere!《強き力よ、はじけろ!》」


 シグリットの前方に現れた魔方陣から、力の塊が高速で飛び出し、バジリスクに触れると同時に弾けた!


 巨体が大きくよろめく。一瞬バジリスクの動きが止まった。


 その隙を見逃さず、騎士たちが一斉に攻撃へと移る。


「おのれぇ……!!」


 剣を握りしめた若い騎士が勇敢に突撃するが、バジリスクの巨体は揺るぎない壁のように立ちはだかる。

 彼の剣はただ鱗を掠めただけで、かすり傷すら与えることができない。


 その間にも、後方で負傷した騎士たちが、回復役の騎士から癒しの魔法を受け、徐々に傷を回復させていく。魔法の光が彼らの傷を包み込み、淡い緑色の輝きを放っていた。


「まだ終わらん! 全員、持ちこたえろ! 勝機は必ずある!!」


 レオポルドが剣を振り上げ、バジリスクへ斬りかかる。

 騎士たちは恐怖に耐えながら剣を振るい、槍を突き続ける。バジリスクの体に次々と刃が叩きつけられるが、濃い光を纏った鱗の防御はあまりにも強固だった。


「攻撃が通らない……!」

 苦悶の声が上がる。絶望が徐々に彼らの心を蝕み始めていた。


「あきらめるな!攻め続けろ!」

 レオポルドが咆哮し、再び剣を振るった。


ミシ……ミシミシ……!

 突如として不吉な音が響き、広間の中央階段が軋み始めた。バジリスクの巨体の重みと激しい戦いで、建物自体が悲鳴を上げていた。


「全員、下がって!」

 振り返ると、エレノアが両手を広げ、眩い光を放つ巨大な火球を構えていた。

 キッとバジリスクを睨み、狙いを定める。


 ——しかし。


「うぉぉぉお!」

 エレノアの声に気づくことなく、ヴィクトールが飛び出した。


 (まずい。あいつ周りが見えていないぞ!)


「下がれ、ヴィクトール!」

 レオポルドが制止する間もなく、彼は青い光を纏った剣を振り上げ、バジリスクに突っ込む。


「くっ……!」 エレノアの火球が消失する。魔法を解いたか!?


 ヴィクトールの一撃はバジリスクの前足を捉え、黒い体液が飛び散った。


「どうだ!」


 ——だが。


ドゴォオン!

 身体を捻って繰り出されたバジリスクの尾が、ヴィクトールを薙ぎ払った。


「ぐぁ……!」

 吹き飛ばされ、壁に叩きつけられるヴィクトール。 粉塵が舞い上がる。


「馬鹿が!」 叫ぶレオポルド。

 

 騎士の一人が、ヴィクトールへ駆け寄ろうとして——。


「おい!こっちだ。化け物!」 カイルが吼えた。


 カイルの全身を淡い光が包み込み、さらに手にした(カイトシールド)(ブロードソード)に集中していく。


 コールの巨大な戦斧(バトルアクス)は、カイルよりも濃い光を纏っていた。周りの空気がビリつく。


 バジリスクがヴィクトールへ追撃をかけようとするところに、カイルが割って入り、巨大な尻尾の一撃を盾で受け流す。

 ギィン!と耳障りな高音と共に、バジリスクの攻撃の軌道が逸れた。


 その隙を見逃さず、コールが戦斧を振りかぶり、バジリスクの前脚の一点目掛けて、垂直に叩き下ろした。


「うおおおらあああ!!」 鈍い音と共に、戦斧がバジリスクの硬い鱗と肉を断つ。

 黒い体液が噴き出し—— その片足が、根本から切り離された。


グギャアァァァアア!!

 絶叫する巨大なトカゲ。巨体がバランスを崩し、よろめく。


「やったか!?」 カイルが叫ぶ。


 しかし、バジリスクは残る七本の脚ですぐさま体制を整え、憎悪に満ちた目で二人を睨みつけた。


 エレノアの赤い唇から魔法の言葉が紡がれた。

「Flamme, werde Klinge!《炎よ、刃となれ!》」


 突如、カイルの剣が燃えあがる。炎が武器を包み込み、広間を照らす。


「サンキュー! エレノア」


  カイルは叫び、炎を纏った剣で再びバジリスクに斬りかかる。

 バジリスクの脚の一本を狙い、渾身の一撃を放つ。

 ザンッ!! 炎の力も相まって、もう一本の脚が切り落とされた。


「よし!これで二本だ!」 カイルが叫ぶ。


(さすがはパーティだ。息がぴったり合っている……っていうか、こいつら強い!)


 燃え盛る剣と、オーラを纏う斧が何度もバジリスクの鱗を打ちつけた。その一部が焦げ付き、わずかながらも亀裂が入り始める。

 攻撃のたびにバジリスクが身をよじらせ、痛みを感じているように見えた。


「効いてる……!よし、ダメージが通るぞ!」

 カイルが息を切らしながら叫ぶ。彼の顔に希望の光が宿る。


「まだだ!胴体が硬すぎる!」

 コールの太い腕の筋肉が盛り上がる。斧がバジリスクの胴に食い込み、黒い体液が滲んだ。しかし、それでも致命傷には程遠い。


 カイルも炎の剣で切りつけたが、鱗を焦がし、亀裂を入れるのが精いっぱいだった。


ぐぎゃああああ!!

 バジリスクの咆哮が広間に響き渡る。窓ガラスが振動するほどの轟音だ。


 効果はある——だが、今のままでは決定打にはならない。

 バジリスクの動きは止まらない。


「くそっ……こいつ、いい加減にしやがれ……!」


 カイルが息を切らしながら叫ぶ。顔に疲労の色が深まる。

 コールも同じだった。息は荒く、握る手が震え始めている。


 彼らの攻撃も、決定打とならないことは、誰の目にも明らかだった。


「全員、下がれ!もう持たない!」

 レオポルドの叫びが響く。


 さすがの彼も、限界を感じ始めている。騎士たちは皆、血と汗にまみれていた。

 剣を構える手はすでに限界に近い。傷を負った者も多く、戦線を維持するのがやっとだった。


「……まずい、ここで押し切られたら!」

 俺の心臓が痛いほど高鳴る。体が硬直する。


 バジリスクは確実に戦場を支配し、俺たちは押し潰される寸前だった。


「何か……何か打開策を……!」


 その瞬間——

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