#02 「真の英雄とは、恐怖に直面してもなお一歩を踏み出す者である。」— ナポレオン・ボナパルト
かすかな、しかし確実に戦いを思わせる響き。
金属が衝突する甲高い音、誰かの短い叫び声、そして地面を揺るがすような重い足音。
心臓が早鐘を打つ。
全身が緊張で強張る。
だが、情報への渇望が勝った。
この音の先に、この世界のことを知る人間がいるかもしれない。
慎重に足を進める。
枝葉をかき分け、音のする方へ向かう——視界が開けた。
そこで目にしたのは、血と泥にまみれた戦場だった。
鋼と獣がぶつかり合う、現実離れした光景。
三人の冒険者が、魔物に立ち向かっていた。
盾を持った剣士、斧を振るう戦士、そして魔法使い風の女。
剣士が刃を振るい、斧使いが強烈な一撃を叩き込む。
魔法使いの女は目を閉じ、集中して呪文を唱えている。
彼女の体から赤色の光が立ち上り、光の粒が彼女の顔先に魔方陣らしきものを形作ろうとしていた。
そして——彼らが戦っている巨大な獣。
灰色の毛に覆われた、異様に発達した筋肉質の胴体。
鋭い爪が空を裂き、赤黒い瞳が獲物を射抜くように光る。
人間の二倍はある体格に、むき出しの牙。
(……デカい)
本能的な恐怖がこみ上げる。
「くそっ、剣が通じねえ!」
剣士が叫んだ直後、魔物の一撃が、その男を吹き飛ばした。
盾ごと地面を転がり、鈍い衝撃音とともに呻き声を上げる。
斧使いが、渾身の力を込めて振り下ろす。
狙いは魔物の肩口——
刃が分厚い毛皮を割って食い込むが、それでも深手にはならず、すぐに弾かれた。
直後、魔物の爪が逆襲する。
ザクリッ——!
肩当てが裂け、鮮血が飛び散った。
苦痛に歪む顔。
膝をつきながらも、なお斧を構えようとする。
立ち上がった剣士が、庇うように剣を振るう。
(……まずい。このままじゃ、全滅する)
勝負になっていない。
魔物の皮膚は異常に硬く、刃が弾かれ傷を与えられない。
(……どうする?)
俺は瞬時に周囲を観察する。
魔物の動き、冒険者たちの布陣、そして地形——
そのとき、異変が起こった。
(……っ!?)
足元で、大地が静かに脈打つ。
黄金色の筋が浮かび上がり、血管のように張り巡らされていく。
淡い光を宿した葉脈のような輝きが、大地の隅々まで広がる。
金色の粒子がふわりと立ち昇り、ゆるやかに絡み合う。
やがて、流れる光の筋が交差し、刹那の情景を編み上げていく——
————
剣士が地面に転がる。
その上へ、魔物の鋭い爪が振り下ろされる。
空中に浮かぶ金色の粒子が、爪の軌跡を描き出した。
————
(まずい……!)
剣士の体勢、魔物の爪の動き、距離——すべてが視えた。
何故視えたのかは分からない。
だけど、視ただけでは何も変わらない。
俺は反射的に手に持っていた枯れ枝を、魔物の頭へ全力で投げつけた。
「避けろ!!」
枯れ枝が魔物の視界をかすめる。
一瞬、魔物の動きが鈍る——爪がわずかに軌道を逸れた。
次の瞬間、剣士が転がるようにして身を翻す。
直後、魔物の爪が空を切った。 間一髪の回避。
「……助かった!?」
驚愕の表情を浮かべ、剣士がこちらを見る。
斧使いも一瞬だけ動きを止め、俺の存在に気づいた。
(……何だ、今の……?)
錯覚か? それとも——俺が “視た” 未来だったのか?
混乱する頭をよそに、胸の鼓動が早まる。
こんな経験初めてだ。
そのとき。
魔獣の獰猛な瞳が、俺を捉えた。
(……まずい)
低く唸る声が響く。
そして、巨体が地面を蹴った。
ズシン——!
大地が震え、猛烈な勢いでこちらへ突進してくる。
「っ……!」
咄嗟に身を翻し、近くの木の陰に飛び込む。
そして——
再び、大地が輝いた。
————
収束した光の粒子が、魔物の輪郭を描き出す。
魔物の動きが、残像のように金色の軌跡を引き、
ゆらめく光の筋となって浮かび上がる。
それが示しているのは——。
————
(……避けられる!)
確信めいた感覚が走る。 俺は全力で横に飛んだ。
だが——
体がついてこなかった。
「ぐっ……!!」
魔物の爪が振り抜かれた瞬間、背筋に冷たい刃を突きつけられたような感覚が走った。
本能が叫ぶ。
——死ぬ!!
避けなければならないのに、体が追いつかない。
世界がスローモーションのように歪む。
そして——
ズバッ!!
脇腹を鋭い衝撃が貫いた。
鈍い痛みが一拍遅れて襲いかかる。
「……ッ、あああ!!」
スーツの上着が裂け、熱い液体が肌を流れる。
自分の体から吹き出したものだと気づくのに、一瞬の間があった。
——脳が混乱する。
痛みと恐怖が、身体の動きを阻害する。
手足が震え、心臓が異常な速さで脈打つ。
(……やばい、やばい、やばい!!)
目の前の景色が回転する。
足元の地面が遠のいたかと思うと、次の瞬間、猛烈な浮遊感に襲われた。
宙に投げ出される——
一瞬、重力を失ったような錯覚。
(……落ちる!)
現実に引き戻された瞬間、地面が急接近する。
無意識に両手で頭を庇う。
ドサッ!!
全身が地面に叩きつけられる。
(ッ……!)
そして——
「Feuerblitz!!!」
突如、轟音が響き渡った。
視界が閃光に包まれ、俺の意識は、一瞬だけ真っ白になった——。
ご覧いただきありがとうございました。
「真の英雄とは、恐怖に直面してもなお一歩を踏み出す者である。」
本日のタイトルとして引用したナポレオンの言葉は、真の勇気とは恐怖を感じないことではなく、それを乗り越えて行動することにある、という意味を示唆します。
主人公は、突如現れた強大な魔物への本能的な恐怖、そして死の危険に直面しながらも、とっさの判断で行動を選びました。その経験を経て、自らの過去と向き合い、この異世界での新たな目標を見出します。彼の今後の物語に、引き続きご注目いただければ幸いです。
「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけたら、ブックマークを是非宜しくお願いします。また、作品の評価★、感想をいただけると嬉しいです。