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#24 「暗やみに歩き回る疫病をも、真昼に荒らす滅びをも恐れることはない。」— 旧約聖書 詩篇 第91篇 第6節

ドゴォォォン!!!

 凄まじい衝撃音が響き、瓦礫が砕け散る。


 飛び散る破片に思わず顔を背けるが、鼻をつく土とカビの匂いは容赦なく襲いかかる。


ズル……ズルル……

 這いずるような、何か湿ったものが地面を這う音。


 俺は見た。


 黒く、鱗に覆われた巨大な体躯。ぬめるような動きで、瓦礫の隙間からその巨体が現れる。


 蛇……? いや、違う。


 異様に肥大化した胴、そして獲物を見据えるかのような鋭い瞳。

 その巨体には、短い八本の脚が申し訳程度に生えている。黄金色に輝くその双眸に、心臓が凍りつく。


「……これは……」

「バジリスク……!」


「バ、バジリスクだと!?」

 カイルが剣を構えながら、驚愕の声を上げる。


「バジリスクとは、あの……!」

 シグリットの声が震える。


「石化の魔物よ!」 エリシアの言葉と同時に、空気が張り詰めた。

「バジリスクの口から吐くブレスには絶対に触れないで!」


 その言葉に、全員が息を呑んだ。


ブワァァァッ!!

 バジリスクが口を大きく開き、黒い霧のようなブレスを吐き出す。


 エリシアが両手を広げ、詠唱を唱えた!


「T|uuli, suojele meitä!《風よ、我らを守れ!》」


 地下道の空気が凝縮していく。風がうねり、俺たちの周囲に強力な気流の結界が生まれる。

 バジリスクのブレスが結界に触れると、霧のように拡散していった。


「防いだ……!?」


 バジリスクが唸り声を上げ、さらにブレスを吹き出そうと口を開く——だが。


「やらせない! 魔力打撃術式、|Machtschlag!《力よ!敵を打て!》 」


 詠唱の終わりと同時に、シグリットの手から放たれた強い魔力の塊が、バジリスクの巨大な顎に直撃する。

 それは凄まじい衝撃と共に、バジリスクの口を強引に閉じさせた。


「長くはもちません!」


グギャアァァァ!!!

 バジリスクが暴れた。突進の勢いで壁に身体を打ちつけ、地下道を揺るがせる。


「くっ……天井が崩れる!」 レオポルドが叫ぶ。


 その時——ヴィクトールが突撃した。

「チッ……どけ、お前ら!」 剣を構え、バジリスクの胴へと切りかかる。


 だが——


「ダメだ、ヴィクトール!」

 レオポルドが制止の声を上げるも遅い。


 ガキィィンッ!!

 鋼のような鱗に弾かれ、ヴィクトールの剣が空を切る。

「なっ……!?」


 次の瞬間、バジリスクが頭を振り回し、ヴィクトールを強烈に弾き飛ばした。


「ぐっ……!!!」 ヴィクトールが壁に叩きつけられる。


「クソッ……!」 レオポルドが駆け寄ろうとする——


「|Tuuli, opasta häntä!《風よ、彼を導け!》」

 リシェルの精霊魔法が発動した。


 レオポルドの周りに風が舞う。


「……!」 レオポルドの動きが加速した。


 その一瞬の加速を利用し、レオポルドがヴィクトールを抱え、後方へと飛び退いた。


「レオン!」 エリシアが叫ぶ。


 レオンが弓を構え、雷精霊ストーム・ウィプスの魔力を込めた。

「S|alama, asu nuoleeni!《雷よ、我が矢に宿れ》」


 矢が紫電を纏い、バジリスクの右目を目がけて放たれる。


 ビシュッ——!!

 雷光を纏った矢が一直線に飛び、バジリスクの右目を貫いた。


ギャアァァッ!!!

 怒り狂うバジリスク。右目を失っても、その動きは止まらない。


「くそっ!こんな狭いとこじゃ戦えねぇぞ」

 カールが剣を振るいながらも叫ぶ。


「撤退よ。一度撤退するわ!」 エリシアの声が響く。


「わかった!」 レオポルドが即座に従う。


 シグリットが天井に向けて杖を向けて、魔力を込めた。

「|Machtschlag!《力よ!敵を打て!》 」


 詠唱と共に、シグリットの手から放たれた魔力が天井にぶつかる。

 地下道の天井が凄まじい音を立てて崩落し、瓦礫が降り注ぎ、バジリスクと俺たちの間を再び塞いだ。


「これで時間を稼げます!」

「今のうちに撤退するぞ!」


 彼女の叫びと同時に、レオポルドが頷く。


 全員が踵を返し、走りだした。


 しかし、その瞬間——。


ドゴォォォン!

 鈍い轟音とともに、瓦礫がバジリスクの巨体によって吹き飛んだ。


「くっ……!!」 シグリットが唇を噛む。


 バジリスクは怒り狂ったように頭を振り回し、瓦礫を弾き飛ばす。


「急げ!!!」

  レオポルドが叫び、俺たちは必死に地下道を駆け抜けた。


 しかし、背後にはバジリスクが迫る。その時——


「皆、目を閉じて!」 エレノアが呪文を唱え、手を前に翳す。

「Sal|ama, sokaise silmät!《閃光よ、目を奪え!》」


 地下道全体が閃光に包まれた。


 バジリスクが咆哮を上げる。

 視界を奪われたバジリスクは、一瞬ひるんだが、そのまま速度を落とさず、後方にいたシグリットへ向かう。


「くっ!?」 シグリットが息を呑む。


 バジリスクがその口を広げた瞬間——まるで身体が凍りつくような感覚が俺を襲った。


 足が動かない。

 心臓が喉までせり上がり、全身の血が沸騰するような錯覚に陥る。

 生きたまま獲物として飲み込まれる、そんな感覚——。


 バジリスクの巨体は既にシグリットの目前に迫っていた。


「シグリット! 動け!!」 レオポルドの怒声が飛ぶ。


「Läpäise |pahuus, Maan keihäs!《邪を貫け、大地の槍よ!》」

 エリシアが呪文を唱えた!


 地下道の地面が大きく震え、突如としてバジリスクの真下から太い土の槍が突き上がった。それは、バジリスクの顎を強烈に打ち上げた。


「効いたか!?」


 バジリスクは仰け反り、その反動で巨大な頭が勢いよく地面に叩きつけられる。

 硬い石畳が砕け、衝撃が地下道全体に響き渡った。


「今のうちだ!」


 俺たちは振り返る余裕もなく、ただひたすらに駆けた。

 背後では、地下道全体が揺れるほどのバジリスクの咆哮が響き渡る。


 地下道を駆け抜け、命からがら撤退した。


 俺の心臓はまだ、恐怖と興奮で跳ね上がっていた——。



     ***



 暗闇の地下道を、俺たちは必死に駆ける。


 背後から響く咆哮が、心臓を直接締め上げるように迫る。


「ズシン!」という轟音とともに、バジリスクの巨体が地下道の壁を削りながら這い追いすがる。


 振り返る余裕などない。


 振り返れば、その巨大な顎に囚われ、終わりを迎える。


 息が苦しい。喉が焼けつくように痛い。

 それでも足を止めるわけにはいかなかった。


 このままでは、誰かが犠牲になる——



 地下道の床に広がっていた水が途切れた瞬間——。


「Salama|, kiitä maan poikki!《雷よ、地を駆け抜けろ!》」

 レオンの鋭い声が響いた。


 閃光が炸裂し、水面にスパークする雷撃。その瞬間——


ギャラァァァ!!!

 耳をつんざく絶叫が響き、バジリスクの巨体が痙攣した。

 レオンの雷魔法が、水を伝ってバジリスクを直撃したのだ。


「今よ!」 リシェルの声が響く。

「|Tuuli, opasta häntä!《風よ、彼を導け!》」


 次の瞬間、風が足元を包み込む。加速する。

 地面を蹴る力が倍増し、苦しかった呼吸が一瞬だけ楽になった。


 二人がいなかったら、俺たちは間違いなくバジリスクに飲み込まれていただろう。


 ——だが、まだ終わっていない。


 地下道の終点が見えた。階段だ。


「もう少し!」 館への階段を駆け上がる。あと少し、あと少し——


「バジリスクだ!! バジリスクがくるぞ!!!」


 先頭を走るレオポルドの怒声が、館内に轟いた。


 中央階段前の広間には伯爵、七名の騎士、そして執事やメイドたちがいた。彼らは地下道の入口から響く異様な音を聞き、後続の準備を進めていたところだった。


 だが、俺たちの形相を見た瞬間、全員が凍りつく。


「騎士団よ、迎撃態勢を取れ!!」


 レオポルドの指示に、異常を察知した騎士たちが即座に体形を整え、抜剣する。


 最後尾のレオンが地下道から飛び出した、その瞬間——


ミシ……ミシミシ……!! 大階段が震えた。


「っ……!?」


ゴギャァァァァァァン!!!

 壁を突き破り、バジリスクが姿を現す。石と木片が飛び散り、宙に舞った。



 白日の下に晒されたバジリスク——蛇の王。


 その胴は、まるで巨大な丸太を幾重にも束ねたかのような圧倒的な質量を誇っていた。その体躯に生えた八本の脚が、石畳を踏み砕きながらねじれるように動くたび、筋肉の塊が蠢き、周囲の空気が揺らぐ。


 黒光りする鱗は、鋼鉄の装甲のように鈍い輝きを放ち、陽光を反射して不吉な影を作り出す。頭部には、まるで戴冠を許された覇王の証のように、赤黒い鶏冠の痣が刻まれていた。

 その異形の威圧感。視線だけで押し潰されそうになる。


 その姿に、館の者たちは絶望の色を浮かべた。


「なっ……!」 「きゃあぁぁ!!」


 騎士たちですら、恐怖に足を竦ませる。


 しかし——。


「隊列を崩すな!!」 レオポルドの怒号が響く。


 剣が、盾が、一斉に構えられた。


 カイルたちも振り向き、即座に迎撃態勢を取る。


 だが、エリシアもシグリットも、荒い息を吐きながら肩を激しく上下させていた。

 シグリットに至っては、膝に手をつき、今にも崩れ落ちそうなほど疲弊していた。彼女の魔法が限界まで使われたことは、その虚ろな目からも明らかだった。


「シグリットは下がれ!」 レオポルドが指示を飛ばす。


 その隣では、傷ついたヴィクトールも剣を構える。


 皆、一様に迎撃の準備を整えようとしていた。


 地獄の続きを迎える準備を——


ご覧いただきありがとうございました。


今回のタイトルは、旧約聖書詩篇の一節で、「闇夜の災いや昼間の破滅を恐れない」という、神の守りを示す言葉です。バジリスクという圧倒的な脅威に直面した今回の地下道での死闘は、まさにその意味を体現しています。彼らがどう切り抜けるのか、次回にご期待ください。


「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけたら、作品の評価★、ブックマークを是非宜しくお願いします。

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