#23 「リスクとは、自分が何をしているのか分かっていないときに生じる。」— ウォーレン・バフェット
次の日、領主の館には、多くの者が集まっていた。
俺とエリシア、彼女の従者であるレオンとリシェル。そして、『三日月の剣』カイルたち三人組。
さらには、伯爵家の騎士団長レオポルド・フォン・エッカルトと数名の騎士たちが、地下道の前に集結していた。
エリシアが「俺たちの調査が終わるまでは手を出さないように」と釘を刺していたにもかかわらず、ローデンブルグ騎士団は独断で地下道の調査を行っていた。
「これは伯爵家の問題であり、我々が調査するのは当然である。侯爵家の令嬢と言えど、譲ることなどできぬ」
尊大に言い放つ。エリシアの立場を理解しているためか、トーンはやや抑えめだが。
騎士団の報告によると、地下道に入って約四百メル――元の世界の距離単位で、四百メートルほど進んだ地点で崩落が見つかったという。そこは、ちょうど白樫亭の地下の手前にあたる場所だった。
しかし、この世界は、一日が二十四時間なことといい、元の世界に酷似しているのは不思議だ。
「地下道の先が崩れていた。その為、一旦引き返してきたのだ」と話すレオポルドに、エリシアが「それで?」と、 問いかける。
「崩落現場までは何も異常らしきものはなかった。何かあるとすればその先だ。呪いが原因ということなら、あなた方の力を借りるしかあるまい」
……最初から素直にそう言えばいいのに。
そんな中、俺はエリシアに問いかけた。
「それで、何で俺はここにいるんだ?」
「あなたのランド・オラクルが必要になるかもしれないと思ったからよ」
「……ふむ」
「納得していない顔ね」
「そりゃそうだろ。俺、土木工事とか専門外なんだが?」
「騎士団の報告によると、崩落の先で『ズルズル』と何かが動く音が聞こえたらしいの。何が潜んでいるのか、あなたなら判別できるかもしれないわ」
エリシアが腕を組み、片手を顎に当てながら答える。
「ズルズルって……そんな擬音だけで俺に出動要請か?」
「音がするということは、何かがいるということです」
レオンが静かに口を出す。
「そして、それが何であるのかを調べ、場合によっては排除するのが我々の役目です」
「なるほどな……」
「とはいえ、あなたがエリシア様の盾となるなら、それはそれで悪くないわね」
リシェルが俺を見て告げる。
「おいおい、それが本命かよ?」
「冗談よ。……半分くらいだけどね」
「半分かよ!」
そんなやり取りをしていると、伯爵が杖の音を響かせながら近づいてきた。
「エリシア様の話が……真実である可能性が高いということか?」
その言葉に、俺は思わず伯爵の表情を伺う。矜持を保とうとしているが、何かを期待しているようにも見える。
ちらりとエリシアを見ると、彼女は堂々とした表情で伯爵と向き合っていた。
「伯爵、この地下道は、私たちで調査いたします。騎士団の手助けは不要。むしろ邪魔になります」
「我々、騎士団を侮辱なさるおつもりか!」
エリシアの言葉にレオポルドが声を荒げた。
「侮辱などしていません。ですが、騎士は対人間ならば戦えるでしょうが、今回の相手は『呪い』です。栄えあるローデンブルグ騎士団の皆様方は、呪いを相手にしたことは?」
「それはないが……」
「では、ここは任せてください。地下道の調査と処理は、私たちが行います」
「……しかし、騎士団として何もせず見過ごすわけにはいかぬ。我々も同行する」
エリシアは一瞬、口を開きかけたが、レオポルドの頑なな表情を見て溜め息をつく。
「……分かりました。ただし、私たちの指示には従ってください。あまり多くは連れていけません。同行者は三人までとしてください。」
「それは納得しかねる。我々は騎士として、ローデンブルグ、その領主である伯爵様を守る責務がある。指示に従うだけの役割に甘んじるわけにはいかぬ」
レオポルドは不満げに眉をひそめるが、伯爵が静かに口を開いた。
「レオポルド、エリシア様のいう通りにしろ」
伯爵の一言に、レオポルドは一瞬反論しかけたものの、伯爵の表情を見て、しぶしぶと頷く。
「……承知した。無意味に足手まといにはならんと約束しよう」
こうして、俺たちは騎士団を引き連れて地下道へと向かうことになった。
***
俺たちは領主館の地下へと続く階段を下り、薄暗い地下道へと足を踏み入れた。
この地下道は、約五十年前に作られた避難路らしいが、長年放置され、壁や床にひび割れが目立つ。湿気も強く、苔やカビの匂いが鼻につく。
騎士団からは団長のレオポルドに加え、副団長のヴィクトール・フォン・グリードと、女性騎士のシグリット・エバーハルトが同行している。
ヴィクトールは金髪を短く整えた、いかにも貴族らしい整った顔立ちの男だ。
一方のシグリットは背が高く、彫刻のように整った中性的な容貌をしていた。長い栗色の髪をきちんと後ろで束ね、表情一つ崩さず、無駄のない動きで先を見据えて歩く。
「光よ、道を示せ《Valo, näytä tie!》!」
レオンが静かにエルフ語で精霊に語りかけると、淡い光の粒子が彼の周囲を包み、足元や壁の隙間を照らし出す。
「「光よ、われの手に《Licht, in meine Hand》!」」
先頭のシグリットが剣の先に、そして俺の後ろを歩くエレノアが杖の先に、それぞれ光を灯し、周囲を柔らかく照らす。
エレノアの光は、シグリットより大きく揺らぎがあり、まるで炎のようにも見えた。
「おぉ、なんか宝箱でもありそうな雰囲気じゃねぇか」
カイルが後方から声を上げる。
「おいおい、遊びじゃないんだぞ?」
コールが冷静に釘を刺す。
「わかってるって。でもな、こういう時こそ明るくいこうぜ? 暗くてジメジメしたとこで黙ってたら、余計に陰気になっちまう」
カイルが笑いながら肩をすくめる。
「やっぱり魔法ってすごいよな」 俺はポツリと呟く。
松明より魔法の灯りは助かる。魔物でも居れば、光で位置がバレる危険性もあるが、すでに騎士団が調査しているから、その心配もない。第一、暗闇のまま進むのも危険すぎる。
地下道の幅は三メートルほどで、大人三人が並ぶのが精一杯。天井は低く、長身のレオポルドが手を伸ばせば届く高さだ。
俺たちは魔法の明かりを頼りに慎重に歩を進めた。
「瘴気のようなものを感じるわ」 エリシアが低く呟く。
「そよ風よ、わが目となりて《Henkäys tuuli, ole minun silmäni》」
リシェルが囁くと、透明な気流が生まれ風精霊が現れた。それは奥へと飛び去る。
「風精霊を先行させて探索します」リシェルが集中しながら告げる。
「……地下道の先、崩落地点までは特に異常はないようです。でも、これは……何かが、いるかもしれません」
リシェルの表情が険しくなる。風精霊が感じ取ったものは、言葉では説明しにくいようだ。
「おいおい、そんな大げさな」 ヴィクトールが鼻で笑った。
「我々騎士団が、すでに崩落地点まで確認している。ただの地下道だ。精霊の反応ごときで、ビクビクする必要はない」
騎士団副団長である彼は、こんな場所でも貴族らしい余裕ぶった態度を崩さない。
端正な顔立ちだが、俺たちに向けられる視線、特にリシェルやレオンに向けられるそれは、冷たい。
彼の言葉には、常に上から目線が滲んでいて、いけ好かない感じだ。
「そもそも、エルフ如きが、我々騎士にいちいち口を出すとは、どういうことだ?」
リシェルはヴィクトールを一瞥したが、何も言わずに前を向いた。
その態度が気に食わなかったのか、ヴィクトールは鼻を鳴らす。
「ま、せいぜい頼りにさせてもらうぞ、精霊使い」
「……皆さん、気を抜かないでください。精霊が“何か”を感じ取っているようです」
リシェルはヴィクトールを横目に、警戒を緩めない。
俺はヴィクトールの態度に呆れながらも、リシェルの様子に気を引き締めた。
地下道を進むにつれ、足元の感触が変わってきた。
「……ん?」 靴の裏が、じんわりと冷たい。
魔法の光に照らされて、床に薄く水が溜まり始めているのが見えた。
エリシアが慎重に足元を確認する。
「どうやら……崩落地点に近づくにつれて、水が溜まっているようね」
「……これ、崩落の影響で地下水が染み出しているのか?」
「可能性はあるわ。でも、それだけじゃなさそうね……」
俺たちは、警戒を強めながら、崩落地点へと向かっていった。
***
「ここが崩落地点だ……」
レオポルドが厳しい表情で瓦礫の山を見据える。
天井が崩れ、石や土砂が通路を完全に塞いでいた。元は整った石造りだったが、その面影はほとんどない。天井の一部は今にも落ちそうにひび割れ、壁も歪んでいた。
レオポルドがエリシアに問いかける。
「どうなさる?」
「瓦礫を取り除いて道を開きます。ただし、天井が崩れないように支えながら慎重に行わなければなりません」
エリシアの言葉に、レオポルドは頷く。
「シグリット、天井と壁の補強を頼む」
「承知しました」
シグリットは前へ進み、崩れかけた天井を見上げた。足をしっかりと踏みしめ、両手を広げながら詠唱を始める。
「構造固定術式——Kraft, binde dich unerschütterlich!《力よ、揺るぎなく固定せよ》」
詠唱と共に、シグリットの身体から光る粒子が立ち上り、粉雪の様に足元へと落ちていった。ボワっとした光が地面に魔法陣を描き出す。
そして——途端、光を強めた。
魔法陣から放たれた強い光が、天井や壁に向かってドーム状に広がり、見えない力場となって空間を覆っていく。ミシリと不吉な音を立てていた石や土砂の動きが止まり、まるで凍り付いたかのように静止した。歪んでいた壁や沈みかけていた天井が、その力場によって固定され、安定を取り戻していく。
「……これで天井は当面の間、崩れることはないでしょう」
シグリットが手を下ろしながら告げた。
「瓦礫を撤去します」
エリシアは瓦礫の山に向かい、目を閉じた。周囲の空気が静まり、彼女の周囲に何かが集まり始める。
「Oi Maan Henki, oi Maan Voima – avaa polkuni ja vie minut eteenpäin!《おお大地の精霊よ、大地の力よ──我が道を開き、我を導け!》」
エリシアの詠唱が響くと、その足元から土がめくれの砂の粒子が集まった人形のような姿の精霊がふわりと浮かび上がる。
精霊は、彼女の手の動きに合わせて舞い上がり、瓦礫へと向かった。
そして瓦礫の周囲を包み込んだ。
「頼んだわ」
エリシアが優しく囁くと、静かに瓦礫が動きはじめる。重そうな岩がふわりと転がり、通路の脇へと移動する。その動きは驚くほど滑らかで、全く音を立てることがなかった。
「すげぇ……」
カイルが感嘆の声を漏らす。
「これなら時間もかからなそうね」
エレノアが微笑む。
「おい、気を抜くなよ。こっちは警戒担当なんだからな」
コールが戦斧を手に、後方を確認する。
作業は順調だった。瓦礫が少しずつ取り除かれていく。
しかし——
その時、俺の視界が黄金色に染まった——。
————
崩落の向こう側。暗闇の中を、蠢く大きな影。
ゆっくりと、慎重に這うように近づいてくる。
長い胴体をくねらせ、瓦礫の少し手前で動きを止めた。
まるで、こちらの様子を伺うように……
次の瞬間、それは突然動き出した!
ズルッ——ズルルルルッ!!
それまでの遅さが嘘のように、一気に加速する。
巨大な影が瓦礫に向かって突進し、勢いよくぶつかる瞬間
————
俺は咄嗟に叫んだ。 「——離れろ!!!」
「なっ——!?」
全員が驚き、反射的に後退する。
ドゴォォォン!!!
凄まじい衝撃音が響き渡る。
瓦礫が粉々に砕け、俺たちの目の前に土砂と石の破片が飛び散る。
同時に、巨大な影が、崩れた瓦礫の向こうから姿を現した——。
ご覧いただきありがとうございました。
今回のあとがきに選んだ名言は、ウォーレン・バフェットの「リスクとは、自分が何をしているのか分かっていないときに生じる。」です。
これは、真のリスクは未知そのものにあるのではなく、理解不足のまま行動することから生まれるという警鐘です。今回の話では、まさに正体不明の危険に直面しました。彼らがこのリスクをどう乗り越えるのか、次話以降にご期待ください。




