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#22-1 「われわれが感覚で捉えるものは、真の実在の影でしかない。実在は、イデアとして知性によってのみ捉えうる。」— プラトン

 ローデンブルグの領主館は広大で、格式の高さが窺える造りだった。俺たちは案内役の執事に導かれ、応接室へと通された。


 部屋に入ると、目に飛び込んできたのは豪奢ながらも洗練された調度品の数々だった。重厚な木製の家具、壁にはこの地方の風景を描いた壮大な絵画。まるで博物館にでも来たかのような感覚だ。


 ほどなくして、メイドが上質な茶器を並べ、香り高いお茶と、見るからに高級そうな茶菓子を用意した。

 エリシアは優雅にカップに手を伸ばし、一口含む。俺もそれに倣い、湯気の立つお茶の香りを楽しみ、そっと口をつけた。


 静寂の中、応接室の扉が再び開く。


「お待たせして、大変申し訳ありません」


 低くしわがれた声とともに、ゆったりとした動作でローデンブルグの領主、オスヴァルト・フォン・シュトラウス伯爵が姿を現した。


 歳は三十代半ばと聞いてはいたが、顔色は悪く、頬はややこけており、目の下には深い隈ができているせいで、五十に手が届くくらいに見える。

 だが、その身のこなしや姿勢には、不思議と貴族としての矜持が滲んでいた。体調は悪そうだが、決して、ただの弱った男ではない。


「ようこそローデンブルグの館へ。エリシア・フォン・ルミナス侯爵令嬢、『ルミナス・スター』にお目にかかれるとは、幸甚の至り」


(侯爵令嬢……だと……? 爵位って……たしか、公爵→侯爵→伯爵→子爵→男爵だから……! 上から二番目じゃねぇか!)


 無表情を保ちながらも、内心では軽く衝撃が走る。


(まさか伯爵より格上の侯爵家とは……)


 驚きを悟られないよう、俺は静かに呼吸を整える。


 エリシアは相変わらず優雅な姿勢を崩さず、伯爵の挨拶を受け止めていた。

 その姿を見て、俺は内心さらに冷や汗をかく。


(そりゃ態度も貴族のそれだわ……!もしかしたら貴族かも?くらいに思ってたけど、規格外すぎるだろ……)


 伯爵はゆっくりと顔を上げ、エリシアに目を向ける。その視線には敬意があったが、俺に対しては視線すら寄越さない。


(うん、俺は空気か……いや、当然か。貴族社会じゃ俺みたいな一般人はただの同伴者だもんな)


 俺が心の中で納得している間に、エリシアが優雅に一礼する。


「お目にかかれて光栄です、伯爵様。お忙しい中、お時間を割いていただきありがとうございます。そして、何よりも体調がすぐれぬ中、このようにお迎えいただいたこと、深く感謝申し上げます」


 柔らかく、それでいて一切の隙のない挨拶。「さすがだ」と内心思う。


「……お気遣い痛み入ります。さて、本日はどのようなご用向きで?」

 伯爵が椅子に腰を下ろし、低く問いかける。


「ローデンブルグの地下にある旧地下道の調査を許可していただきたく存じます」     


 エリシアの言葉に、伯爵の眉がピクリと動いた。「……地下道?」


「はい。この地の地脈に異常が発生している可能性があります。この街の成り立ちは、温泉が湧き出る宿場町でした。数年前、その源泉が枯れたと伺っていますが、そのことに、地脈の乱れが関与していると考え、調査した結果、その乱れは白樫亭の地下に集中していることが判明しました。そこへ辿り着くには、領主館へと繋がる旧地下道を利用するのが最も合理的な手段です」


「……あなたが何故、この街の地下道の事を知っているのですか?」

「私はルミナスです。その気になればこの国の隅々まで知ることができます」

「確かにそうだった。貴方はルミナスだ」


 伯爵の表情が険しくなる。


「……旧地下道は、先代の時代に崩落し、五年以上前に封鎖されたままだ。今では内部の状況すら分からぬ。それをなぜ、今になって調査しようと?」

「それがルミナスの使命と関わるからとだけ、申しておきます」


 伯爵の目が細められる。

「ルミナスの使命のためか」 低く、威圧感のある声。


 だがエリシアはたじろがない。


 「ルミナス」というワード。エリシアの家柄が特別なのは理解したが、その詳細まではわからない。だが、伯爵の反応を見る限り、彼女がこの国の深部に通じる立場であるのは間違いないらしい。


 しばしの沈黙の後、伯爵は深く息を吐いた。 

「許可できませんな」


 空気が一段と重くなる。


「ローデンブルグの管理は、私と不動産ギルドが責任を負っている。貴方の立場を考えれば無碍にはできませんが……今ここで軽々に決定するわけにもいかないのです」


 伯爵は目を閉じた。病に蝕まれた疲労と、慎重な判断を求める意志が滲んでいる。


(……やっぱそうなるよな)


 正直、貴族社会のことはよく分からないが、伯爵は不動産ギルドと関係が深いと聞いている。エリシアを無下には扱えないが、ギルドとの関係を損なう決定は下したくない。体調が悪いとなれば、面倒ごとを増やしたくないのは当然だ。


 しかし、エリシアはすぐに口を開いた。

「伯爵様のご体調、そしてご子息のことを案じてのことでもあります」


 伯爵の眉がわずかに動いた。


「……どういうことですかな?」

「現在、伯爵様とユリウス様は、高名な治癒士に診てもらっていると伺っております。そして、いくら治療を施しても、一向に回復の兆しが見えぬと。だとしたら、それは単なる病ではなく、土地の問題が関与している可能性が高いのです」

「それがルミナスの見立てだと」

「はい」

「我がシュトラウス家の抱える『問題』を解決できる、そう言うのですか?」

「ええ。私たちなら可能です」


 エリシアは静かに、確信を持ってそう言い切った。


 俺は横目でエリシアを見る。彼女は静かに伯爵を見据えたまま、次の言葉を考えているようだった——


「んっ? 私たちと言うと?」

 伯爵が俺の存在を初めて認識したようだ。


「私と、ここに居るソーマ・ナオキの二人でなら、可能ということですわ」


 エリシアは、にこやかな笑みを浮かべて、そう断言した。

第22話は、少し長いので前半と後半に分けています。

後半は夜に投稿します。

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