#21 「忠義に軽重なし、禄の多少によるべきや。」— 真田信繁
「それで、どうするの?」
エリシアが鋭い視線を向けてきた。
夜の白樫亭に集まったのは、俺、カイル、コール、エレノア、そしてエリシア。放火事件のあと、今後の方針を決めるための話し合いだ。
「やっぱり、温泉を復活させるしかないな」
俺はそう言いながら、周囲を見渡す。
「温泉が復活すれば、この街で《白樫亭》の地位は揺るぎないものになる。そうなれば監視の目も行き届き、不動産ギルドも下手な手出しはできなくなる」
放火騒ぎの後、俺はユージンのもとを訪れ、改装用の建材や食材の買い付けを頼んだ。白樫亭の名を伏せ、ユージンの名義で購入するよう手配したが——
「今回は手助けしますけど、早めに何とかしたほうがええですよ。ウチもいつまでも助けられるとは限りませんし」
ユージンの言葉は、暗に「次はない」と釘を刺すものだった。俺たちはもう時間がない。
「で、地下道の入口は見つかったのか?」
俺の問いに、皆が顔を見合わせ、わずかに沈黙が落ちた。
カイルが頭をかきながら、苦笑交じりに答える。
「ダメだった。手分けして探したけど、手がかりはゼロだった」
「冒険者ギルドでも、廃坑や古い地下施設の話は出たがな……。確信持ってる奴はいなかった」
コールが補足するように言った。
すると、エレノアが指先を顎にあてながら口を開いた。
「ただ、領主館の地下には“密談部屋”があるって噂は昔からあるの。もしかすると、その辺りに地下道の名残があるかもしれないわ」
「つまり……存在は否定できないが、街の連中も詳しくは知らない。仮に入口があるとして、場所は領主館の中……最も可能性が高い場所が、最も面倒なルートってわけか」
俺は頭をかき、ため息をついた。
エリシアが静かに頷く。
「やっぱり、最初に考えた通り、伯爵に直接頼むしかないわね」
「ただ……問題は、その領主が不動産ギルド寄りだってことだな」
「でも、もともと街の開発時に作った地下道なら、館には確実に入口があるはず。他に見つからない以上、嫌でも、話をつけるしかないわね」
エリシアは現実を突きつけるように淡々と言い切った。
「そう言えば——」
カイルがふと思い出したように言った。
「伯爵家は、ここ数年で急に体調を崩す者が増えたらしいぜ。酒場で飲んでると、そんな話をよく耳にするんだが……『シュトラウス家は呪われている』なんて噂まで出てるらしい」
「呪いねえ……」
俺が聞き返すと、カイルは肩をすくめた。
「まあ、どこまで本当かは分からねえけどな。単なる偶然かもしれねえし、何かしらの環境要因があるのかもしれねえ」
「私も聞いたことがあるわ。ご子息のユリウス様も体が弱いって話よ」
エレノアが続ける。
「まだ十一歳なのに、最近はほとんど外に出てこないとか。病気なのか、他に理由があるのかは分からないけど」
「体質の問題ならともかく、もし他に原因があるなら気になるな」
コールが腕を組んで考え込む。
「伯爵様の体調も悪化していて、最近では政務も満足にこなせなくなっているって話もあるわ」
エレノアの言葉に、場の空気が少し重くなる。
「つまり、伯爵家には健康面に何かしらの問題があるってことか」
「それが分かれば苦労しないわよ」
エレノアがため息をつく。
「ねえ、結局のところ、伯爵に直接会って話してみないことには何も始まらないんじゃないかしら?」
エリシアがテーブルを軽く叩いて言った。
「まあ、そりゃそうだが……」
俺は言葉を濁す。——それができたら、苦労はしない。
「だったら、私が話をつけるわ」
場の空気が止まった。
「……お、おい、本気かよ?」
カイルが目を見開く。
「本気よ。私なら、伯爵と対等に話せる」
さらりと言うが、具体的な理由は語らない。
「どういうことだよ? なんでお前がそんなことできるんだ?」
「まあ、色々あるのよ」
カイルの問いにも、エリシアは肩をすくめてはぐらかした。
「……まあいい。じゃあ、エリシアに任せるか」
俺がそう言うと、カイルたちは不思議そうな顔をしながらも、それ以上は何も言わなかった。
「決まりね。私とソーマで伯爵に会いに行くわ」
エリシアが立ち上がる。
「俺たちはどうする?」 コールが尋ねる。
「白樫亭がまた狙われるかもしれないし、警戒しておいてくれないか?」
「分かった」
「じゃあ、領主の館へ行くとしようか」
「ええ、準備は万端にしておきましょう」
俺は気を引き締めて言うと、エリシアが不敵な笑みを浮かべた。
こうして、俺とエリシアは領主との交渉に向けて動き出した。
***
ローデンブルグの賑わう街並みを抜け、俺とエリシアは領主の館へと向かっていた。
石畳の道には商人や旅人が行き交い、露店からは香ばしい焼き菓子や異国の香辛料の匂いが漂ってくる。各地の商隊が荷馬車を連ね、積み荷を運ぶ労働者の掛け声が絶えず響いていた。
そんな喧騒の中心を抜け、高台にに目を向けると、一転して静けさが広がる領主の館が見えてきた。高い塀に囲まれたその建物は、街の活気とは対照的に、交易の要衝を治める者としての権威を示すかのように堂々とそびえていた。
門前には、商会の代表らしき人物が馬車から降り、護衛と共に館へと入っていく姿が見える。
「やっぱり、商人の出入りが多いわね」
エリシアが小さく呟く。ローデンブルグは交易都市であり、領主の館は単なる権力の象徴ではなく、商業の要となる交渉の場でもあるのだ。
館の正門が見える位置まで来たとき、二つの影が俺たちの前に立った。
「お待ちしておりました、エリシア様」
透き通るような白銀の髪を持つ美しい青年が、恭しく頭を下げる。
その隣には、同じく白銀の髪をした美少女が、俺に向かってじっと睨みを利かせていた。
俺は眉をひそめ、エリシアに視線を送る。「こいつらは?」
「レオンとリシェルよ。私の従者」
エリシアが何でもないことのように答える。
従者、ときたか——旅のエルフにしては違和感があるとは思っていたが、こうなると、彼女の素性が気になってくる。
エルフ商人のご令嬢? いや、まるで貴族のような……。
「……で、そっちは何か言いたそうだな?」
俺への視線が気になり、リシェルと呼ばれた少女を見ると、彼女はさらに目を細め、敵意というよりも値踏みするような眼差しを向けてきた。
「エリシア様、こいつを本当にお連れするんですか?」
俺ではなくエリシアに確認するあたり、従者としての忠誠心は本物らしい。
まるで『うちの姫様に妙な虫がついていないかチェックします』みたいな顔をしている。……いや、実際その認識だろうな、これ。
「ええ。彼の力が必要なの」
「……そうですか」
リシェルは小さく息を吐き、俺をじろりと睨んでから視線をそらした。
納得しきれてはいないようだが、エリシアの判断には従うつもりらしい。
「伯爵にはちゃんと話が通ってる?」
「問題ありません。シュトラウス伯爵は、予定通りお待ちです」
エリシアが話を戻すと、レオンが即座に応じた。
ここまで手際よく領主との面会を取り付けるあたり、エリシアの手回しの良さがよくわかる。
「領主との面会の約束なんて簡単に取れるもんじゃないと思ってたが」
「エリシア様ですから」
レオンは、にこりと答える。その瞳の奥に、主への絶対的な忠誠が垣間見えた。
俺は再びエリシアに目を向ける。こうして堂々と従者を従え、自然に指示を出す彼女の姿は、明らかに庶民のそれとは違った。おそらくエリシアは貴族とか、高貴な家の者なのだろう。
俺は不動産営業として多くの人々を見てきたが、元の世界でも、金持ちのご令嬢なんかはこんな感じだったな。優雅で、どこか自分の世界を持っていて、周囲の人間が当然のように動く。
あのときは営業として適当に話を合わせていたが……まさか異世界でも似たような相手と関わることになるとは。
しかし、それはそれとして——
「じゃあ、行こうか」
俺とエリシアは門をくぐり、領主の館へと足を踏み入れた。
ご覧いただきありがとうございました。
今回のタイトル「忠義に軽重なし、禄の多少によるべきや。」は、戦国武将、真田信繁の言葉です。
報酬の多寡に関わらず、忠誠心や信念には本質的な価値がある、という教えを示しています。
本話では、エリシアの従者レオンとリシェルの行動から、その「忠義」の姿勢が垣間見えたのではないでしょうか。また、高貴な出自を匂わせるエリシアの思惑にも、今後ご注目ください。




