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#16-1 「投資が最も賢明なのは、それが最もビジネスライクであるときだ。」— ベンジャミン・グレアム

第15話は、19時と20時半の2二回に分けて更新します。

 ローデンブルグの商業地区は、朝から活気に満ちていた。

 石畳を踏みしめながら、俺たちは目的の場所へと向かう。


「ここがグランツ商会か……」


「そうよ。行きましょう」

 エリシアがそう言いながら、視線を店の正面へと向けた。


 グランツ商会——ローデンブルグでも有数の商会の一つで、独立系ながら貴族や大商人たちとも取引のある影響力の強い組織だ。

 建物は三階建てで、正面には広いガラス窓がはめ込まれ、入り口には立派な彫刻が施された扉が堂々と構えている。


「……なんか、すげぇな」 俺は思わず感嘆の声を漏らした。


「当然よ。ここはローデンブルグの経済の中心の一角とも言える場所なのだから」


 エリシアはさらりと言うが、俺にとってはこういう場所に足を踏み入れるのは久しぶりだった。

 日本にいた頃は不動産関係の仕事をしていたし、俺の会社も駅前の高層ビルにあった。

 しかし、異世界の商会となると、独特の緊張感がある。なにより、総石造りの豪華さは、現代日本の建築物ではなかなか御目にかかれないものだ。


「アメリアさん、大丈夫ですか?」

 俺は隣にいるアメリアへと視線を向けた。彼女はどこか落ち着かない様子で、軽く手を握りしめていた。


「……ええ、大丈夫よ。ただ、こういう場所にはあまり来たことがないから……」


「私もです……」 フィオナが小さく呟く。


「まあ、難しい話は俺がやります。アメリアさんとフィオナは、あくまで白樫亭の代表として立ち会ってもらえればいいですよ」


 俺がそう言うと、アメリアは少し緊張をほぐしたように頷いた。

「……ありがとう、ソーマさん」


 それを見て、俺は深呼吸し、扉を押し開けた。


 中に入ると、涼しげな香草の香りが漂っていた。

 奥には商品の陳列棚が並び、受付傍の応接コーナーで、数人の商人らしき男たちが来客の対応をしている。


「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」

 受付の女性が柔らかい笑みを浮かべながら俺たちを迎えた。


「グランツ商会のユージン様にお会いしたいのですが、ご都合はいかがでしょう?」

 俺がそう伝えると、受付の女性は少し目を見開き、改めて俺たちを見た。


「ユージン様と……? 失礼ですが、ご予約はされていますか?」


「いいえ。ただ、エリシアが紹介者として同行しています」


 エリシアが一歩前に出ると、受付の女性の表情が変わった。

「……かしこまりました。少々お待ちくださいませ」


 彼女はすぐに奥へと引っ込んでいった。俺たちは受付近くの椅子に座り、待つことにした。


「……ユージンってどんな人なんだ?」


 俺が小声で尋ねると、エリシアは少し唇を引き締めた。

「商売人としては優秀よ。冷静で合理的。でも……油断ならないわ」


「なるほどな……」


 それから数分後——。

「ユージン様がお待ちしております。奥の部屋へどうぞ」


 俺たちは案内され、奥へと進んだ。



     ***



 通された部屋は広々としていた。豪華な調度品が並び、壁には各地の地図がかけられている。

 それはただの装飾ではない。市場を掌握するための「戦場」なのだと直感した。


 部屋の中央に座っていたのは、一人の男。

 ダークグレーの髪を後ろで束ね、切れ長の瞳が金縁の眼鏡の奥からこちらを見据えている。仕立ての良いロングコートを纏い、袖を軽くまくった姿は、商人というより剣士のように洗練されていた。


 ユージン・グランツはまず、エリシアに目を向け、軽く肩をすくめながら微笑んだ。

「おや、エリシア様。しばらくお見かけせんうちに、また一段とお美しゅうなられましたね」


「相変わらず口がうまいわね、ユージン。でも、私はエルフよ。何年か会わなかったくらいで見た目は変わらないわ」


「おっと、それは失礼。とはいえ、そう言われて悪い気はせんでしょう?」


「どうせ誰にでも同じことを言ってるんでしょう?」


「もちろんです。商売人としては、相手の気分を良くするんも、大事な務めですから」


「開き直るのね」


「誠実な商売人であるつもりですからね。褒め言葉に真実かどうかは、さして重要やないんです。大事なんは、それを聞いた方がどう感じるか、ですわ」


 彼はまるで当然のことのようにさらりと言ってのけたが、その余裕の笑みの奥にはどこか鋭さを隠していない。


 やり取りから、エリシアがこの男に一目置かれていることがわかった。

 だけど——エリシアっていったい何者なんだ?


 ユージンは彼女に一礼した後、俺たちへ視線を向けた。

「さて、自己紹介をお願いできますか?」


「アメリア・エヴァレットと申します。白樫亭の女将を務めております」

「フィオナ・エヴァレットです」

「俺は相馬直樹。白樫亭の再建計画を進めている者です」


 ユージンはそれぞれの言葉を聞き、ゆっくりと頷いた。

「ふむ……では、本題に入りましょうか」


 俺は深く息を吸い込み、切り出した。

「白樫亭の再建について、ご相談があります」


 俺は、白樫亭の再建計画について説明した。


 アメリアが土地の所有権を示す証書を取り出し、真剣な表情で頭を下げる。

「この土地を担保に、ユージン様には私共に融資をお願いしたいのです」


 ユージンは証書を一瞥し、指で軽く叩く。まるで手の中の金の純度を測るような仕草だった。


「正式な所有権を証明するものですね。……なるほど、これは興味深い」

 ユージンの目が少し輝く。


「土地を担保に金を借りる、という考え方自体は理解できますけど、この国ではまずお目にかかれへんやり方ですからな。ボクとしても、実際にこういう契約に関わるのは初めてです」


「ええ……私も、それは分かっています」

 アメリアが小さく息をつきながら頷く。


「エヴァレット夫人、ボクと契約する以上、そのリスクはきっちりご理解いただいてますよね?」


「理解しているつもりです……」


「つもり、ねぇ……」

 ユージンは静かに息をつき、アメリアをじっと見つめる。その笑みは柔らかいが、どこか冷たい。

「本当に、理解されていますか?」


 アメリアの指がわずかに震えるが、それでも真っ直ぐにユージンを見据えていた。


「もし万一、この話がうまくいかんかった場合、返済が滞って……その結果、白樫亭の土地も建物も、ボクの手に渡ることになります」


 ユージンの言葉は淡々としている。だが、その中には「当然の帰結」だとでも言わんばかりの冷徹さがあった。


「もちろん、白樫亭の担保価値は今回の融資額よりはるかに大きい。差額はグランツ商会がお支払いしますが、それでも白樫亭があなたの元を離れるという事実は変わらんでしょう。……その覚悟があると、そういうことでよろしいですね?」


「……覚悟はできています」


「それは結構。しかし、もう一つ考えておくべき点があります」

続きは20時半に更新します。


「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけたら、ブックマークをお願い致します。




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