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#10-2 「過去は決して死なない。それは過ぎ去りさえしない。」— ウィリアム・フォークナー

 そこで、カイルが思い出したように口を開く。

「そういや、お前、エルフ女と一緒に戦ったんだよな?」


「エルフ女じゃなく、“エリシア”な」


「お、おう……エリシアって言うのか」


 俺は簡潔に事の顛末を語った。

 カイル達は相槌を打ちながら話を聞き、最後に感心したように息をつく。


「いや、すげぇな。でもよ、お前、剣も魔法も使えねえって言ってたよな? どうやってフィオナを助けたんだ?」


「いや……ほとんどはエリシアが戦った」 俺は苦笑する。


 しかし、カイルは責めるでもなく、むしろ納得したように頷いた。

「やっぱり、あの……エリシアだっけ、か。相当できる奴だったんだな。最初に見た時から、ただのエルフじゃないとは思ってたが」


「エリシアは、最近白樫亭に来たのか?」


「十日くらいじゃないか? なんたってエルフだからな、見たら忘れねぇ」


「そういえば、この街に来てから、他にエルフを見かけないな……この辺じゃ珍しいのか?」


 俺の問いに、カイルが「ああ」と頷いた。「この街っていうか、この国全体で見ても、エルフは珍しいな」


 エレノアが続ける。

「エルフ族は基本的にルミナス侯爵領に住んでいて、めったに外には出ないの。だから、エルフがこの街にいるのは、かなり珍しいわ」


「ほう……なぜだ?」


「理由はいくつかあるけれど、一番の理由は、人間とエルフの争いの歴史のせいね」


 エレノアの話を聞きながら、俺は得た情報を整理する。


 エルフはもともと、この大陸に広く根を張って暮らしていた種族である。

 彼らは地脈を管理し、精霊魔法を駆使して独自の高度な文明を築いていた。

 しかし、数百年もの時を経て人間の勢力が猛烈に拡大し、大陸の主導権を巡る争いが勃発した。

 戦火の中で人間の王国が次々と興り、やがて「神聖ヴァルゼオン帝国」が大陸全土を武力で統一したのだ。


 帝国の時代、人間による徹底的な土地支配が進み、エルフや他の種族は過酷な支配下に置かれ、その文化や力は抑圧された。

 だが、栄華を誇った帝国も内乱と外敵の侵攻により瓦解し、再び血塗られた戦乱の時代が訪れた。

 その混沌の中から、現在のラウフェル王国を含むいくつもの国が誕生したのだ。


 このラウフェル王国は、建国時に、かつての敵であったルミナスというエルフの一族との間に特別な盟約を結んだ。

 彼らに王国の大地の調和を保ち、その活力を守護するという重責を担わせる代わりに、ルミナスには爵位を与え、彼らが暮らす広大な森の自治権を認めたのだ。


 つまり、エルフたちはラウフェル王国の国民として公認されているものの、基本的にはルミナス領にとどまり、王国の中でも独自の文化を守りながら暮らしている。

 そのため、一般の都市や辺境の街でエルフを見かけることは少ない、というわけか。


「王都にはそれなりの数がいるって話だけどね」

 エレノアが付け加えた言葉に、俺は頷く。

 王都なら貴族となったルミナスというエルフの一族もいるだろうし、外交や商業の関係で出入りする者もいるはずだ。


「なるほどな……」

 ローデングラムのような地方都市でエルフを見かけるのは確かに珍しいが、王国全体の構造を考えれば、完全に異例というほどではない。


 それでも、エリシアはどこか特別な印象を与える。

 彼女の立ち振る舞いや、周囲との距離感は、ただの旅人や商人ではない雰囲気を醸し出している。


 この街にいる理由は、単なる偶然なのか。それとも……?


 ふと、彼女の横顔が脳裏をよぎる。


 淡い金色の髪が静かに揺れ、深いエメラルドの瞳がどこか遠くを見つめていた。

 まるで、この世界のどこにも属さないかのような、不思議な気配をまとった瞳。

 そして、フィオナを助けたときに見せた、揺るぎない強さと勇ましさ。


 それはエルフという種族が持つ気品なのか、それとも彼女自身が生まれながらに備えたものなのか──いずれにせよ、エリシアというエルフは、俺にとってまだ謎に包まれている。

 そして、この街の、この世界の成り立ちを知るほどに、その謎は深まっていくようだった。



     ***



 夜のローデンブルグは、昼間とは違う表情を見せていた。

 通りの灯火は揺らめき、店々の看板が風に揺れる。昼間は喧騒に満ちた市場も、今は静けさに包まれ、時折、酔客の笑い声が路地裏に消えていく。


 俺は、そんな夜の町を歩きながら、天を仰いだ。


 弐拾弐の刻——元の世界だと二十二時。深夜に差し掛かる頃だ。雲の切れ間から覗く月が、異世界の風景に淡い輝きを与えていた。


 夕食を外で済ませた俺たちは、ようやく《白樫亭》へと戻ってきた。


 扉を開けると、静けさが迎えてくる。木造の床がわずかに軋み、ランタンの明かりが壁に柔らかく揺れていた。

 白樫亭の中は人影もなく、まるで時間が止まったかのような静寂が漂っている。


 カイルが軽く伸びをしながら振り向いた。「結構遅くなったな」


 コールとエレノアも後ろから続いて入ってきたが、ふと食堂の奥に視線をやると、どこか落ち着かない様子を見せた。


 カイルもエレノアたちの視線の先を見て、小さく肩をすくめる。「悪いが、俺たちはもう寝ることにするわ」


「……?」 不思議に思っていると、カイルが視線で示した。その先には、食堂の隅に立つエリシアの姿があった。


「お前、呼ばれてるぜ」

 そう言うと、カイルたちはすごすごと部屋へと引き上げていった。どうやら、彼らはエリシアを苦手としているらしい。


 エリシアは、彼らが立ち去るのを見届けると、ゆっくりと俺へと視線を向けた。

 俺は自然と背筋を伸ばす。


「少し、話せるかしら?」


「……まあ、別にいいけど」


 エリシアは、俺をテーブルへと促した。二人で静かに腰を下ろす。

 今の白樫亭には、俺たち以外の気配がない。アメリアも、フィオナも、既に自室に戻っていた。


 エリシアは、しばし俺を見つめていた。その琥珀色の瞳は、警戒と探求心が入り混じった複雑な光を宿している。


「あなたが、フィオナを助けた時に使った力について、話してもらえるかしら?」


「力って言われても、俺自身もよくわかってないんだよな」


「そうでしょうね。けれど、私にはあれが、ただの偶然とは思えないの。少なくともあの時、あなたは三度、不思議な力を使っている」


 エリシアの声は低く、真剣そのものだった。俺を疑っているというより、むしろ慎重に見極めようとしているように感じられる。


「一度目は、フィオナの足跡を見失った時。二度目は、犯人たちの人数を四人だと言った時。 そして最後は、私が床を踏み抜いたとき。もしかしたら、梁の上やテーブルの陰に隠れていた男たちを見つけたのも、その力かもしれない」


「……話すつもりはなかったけど、そこまで言われたら仕方ないな」

 俺は腕を組み、記憶を手繰るように言葉を選ぶ。


「フィオナを助けに向かったあの路地裏で、俺の目の前で突然……地面が光り出したんだ」


「光?」


「ああ。そして、まるで脈みたいに、地面の中を流れる何かが浮かび上がってきた。金色に輝く細い筋が走って、それが地面一杯に広がっていった」


 俺を見るエリシアの目が見開かれた。


「……その光が、まるで粒子みたいに舞い上がって、それが俺の目の前に映像みたいに広がったんだ」


「映像……?」


「フィオナが攫われている様子が見えた。おそらく、あの場所の過去の映像じゃないかと思う」


 エリシアは沈黙した。その表情には驚きが浮かんでいる。


「君が男と戦っていた時も、同じように光の脈が広がって、二人の足元の床下の土台が腐っているのが見えた。そして、君がそこを踏み抜いてしまう様子もね」


「……信じがたいわね」そう言いながらも、エリシアは何かを思い出すようにテーブルの木目を指でなぞる。


「俺もそう思うよ」 俺は苦笑する。


「でも、もしそれが本当に『未来』と『過去』を映し出す力だとしたら?」


「……?」 エリシアの問いに、俺は一瞬言葉を詰まらせた。


「あなたのその力は、ただの直感や偶然ではない。もしかすると、それは……」


 彼女は深く息を吐いた。


「ランド・オラクル——土地を見る力」


ご覧いただきありがとうございました。

今回のタイトルは、「過去は決して死なない。それは過ぎ去りさえしない。」— ウィリアム・フォークナー という名言から引用しました。この言葉は、過去の出来事や歴史が単に過ぎ去ったものではなく、常に現在の状況や人々の心に影響を与え続けていることを示唆しています。


第10話では、エルフと人間の長い戦いの歴史、そしてそれが現在のエルフたちの生活にどう影響しているのかが語られました。また、カイルたちが白樫亭を支援する理由も、過去に受けた恩義という「過ぎ去らない」出来事に根差しています。この世界もまた、積み重ねられた過去の上に成り立っているのです。


明日予定の第11話も、19時に更新します。

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