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驚きと安堵と

 

 一方ユーリは思いも依らない真実に打ちのめされていた。様々な感情がユーリを揺さ振った。

 あの夏、一緒に遊んだ男の子に心惹かれて悩んだ日々を思う。どうして気付かなかったのだろう。クリスははっきりと<弟>だと紹介した。それにいつだってディーは、お下がりだというズボンとざっくりした白のシャツを着ていた。言葉だってどう聞いても男の子然としていた。村の子どもたちを束ね、木の枝を振り回していたディー。騾馬に乗り、競争だと颯爽と駆け出していったディー。きらきらした笑顔が眩しくて思わず目を逸らした。


 貴族の息子に生まれたからにはいつか結婚をして子を成すのが義務だ。世間的にはその価値観はまだまだ絶対的なものだった。だから自分が男の子に興味を持ってしまったことに恐れおののき、誰にも言えずに悩み続けた。クリスを見るたび、ディーの面影を見つけて苦しんだこともあった。

 時間を置いてその気持ちが和らいできた頃、騎士になる為の努力が実を結び始め、身体も大きくなった。勉学にも励み、クリスやアーベルほどではないにしろ、少しづつ目立つ存在になっていた。顔を隠すようにしていた前髪をさっぱりとさせると、不思議と自信もつき、女子生徒が寄ってくるようにもなった。これも経験だと考えて、女の子たちと話をしたり食事をしたりしてみたが、楽しいと思うよりも億劫だった。それでも幼馴染みたちを見習って愛想良く振る舞い続けた。か弱き存在をこの手で守る。それが騎士道だと考えてのことだった。でもそれだけだった。だからといって他の男子生徒に欲情することも無かった。

 ディーだけだ、ディーだけが彼の心を掻き乱した。その気持ちに気付いたとしてもどうすればいいのか、ユーリにはさっぱり分からなかった。アーデルやクリスに相談するわけにもいかず、人知れず悩み続けていたのだ。


 そうして迎えた卒業式。ディーがドレスを着て現れた。ディーが女の子だって?

 今までの悩みが大き過ぎてすぐに受け入れられない。

 半面、悩まなくても良かったのだ、自分は普通に女の子に恋していたのだという安堵感も湧き上がってきた。

 シンプルだが美しい紺色のドレスが良く似合っていた。ただ可愛い存在だったのが、花開いたように綺麗になった。あの頃の笑顔を見せてほしい、眩しく感じたあの笑顔を。

 それなのに怒らせて、顔を歪ませてしまった。

 ディーを追い掛けなくては。

 そう思うのだが、足は動かなかった。こちらの気も知らず擦り寄る女の子にはいくらでも喜びそうな言葉を吐けたのに。


 ディー、可愛いディー、俺にあの笑顔を見せてくれ。きらきらした笑顔を。


 驚愕してから、ゆるゆると分かり易く落ち込んだユーリは、動けないまま顔を手で覆ってその場へへたり込んだ。


「ユーリ、せっかくのローブが汚れるぞ」

「まさか本気で僕の弟だと思っていたとは」


 アーデルとクリスは、しばらくユーリの大いなる勘違いを笑っていたが、心底落ち込んだ彼を見てちょっと心配になった。ディーの歩き去った方を一応目で追っていたアーデルが、彼女と話してくるよ、とクリスに向かって言った。


「傷心のお姫様は王子様が慰めてやらないとね。兄であるお前が迎えに行くとややこしいことになりそうだし」


 その役目は俺のものだとユーリは喉まで出かかったが、どう考えても今彼女の前に立つのは却って反感を煽るだけだろう。


「大丈夫任せてよ、ユーリ。ディーは機嫌を直してくれるさ」


 だから、今夜のパーティーはきちんとエスコートしてやるんだよ、と片目を瞑っておどけてみせた。



「やあディー、こんなところに居たんだ」


 講堂の北側、暗く木の陰になったところにあるベンチに座り、ディーは筋が浮くほど拳を握りしめていた。


「よく見つけたね。このベンチはなかなかの穴場なんだよ」


 いつもと変わらぬ優しい調子でアーデルはディーの横に腰掛けた。そうしてきつく固まった拳を柔らかに撫でる。


「そんなに握り込んでいては、爪で傷つくから止めた方がいい」


 ディーの力が少しだけ抜けると、アーデルの手は彼女の頭をぽんぽんと叩いた。


「ディー、クリスはさ、君が大好きなんだよ。君のことを弟だなんて言うのは、愛情の裏返しさ」


 とんだシスコンなんだ、許してやれよ、と笑った。


「うん、知ってる」


 ディーだってクリスは大好きな兄だ。でも今は兄のことじゃない、ユーリだ。


「ユーリもさ、いろいろあるんだよ。家族のこととか家のこととか」


 気さくに接してくれているが、アーデルはこの国の第二王子だ。いろんな事情に精通しているのだろう。でもそこじゃないとディーは思う。


「もう二年になるのかな、あれからユーリとは会ってないんだろう?」


 そう言われて、こくりと小さく頷いた。


「家のことがごたついてね、ユーリは長期の休みでもあまり遊んではいられなくなったんだ。詳しくは僕の口からは言えないけどさ。ヤツは努力したよ。本当に一生懸命だった。最近は自分に自信が持てるようになったのか堂々とした態度になってきてね、すっかり対等の立場だ。僕が王子だってことも忘れてるよ、きっと。でもね、ユーリは君のことを忘れていない。だからこそあんなに驚いたんじゃないのかな」


 その言葉を聞いてディーは弾けるように顔を上げた。涙の痕の残る頬を目を細めて見て、アーデルはそっとその痕を撫でた。


「ディー、君は本当に綺麗になったね。見違えたよ。ユーリは多分、……男の子だと思っていたのだとしたら随分悩んだのかもね。そんな素振りは僕たちには見せなかったけれど」


 はて。ディーは首を傾げた。アーデルの言う意味がちょっと分からない。


「今夜のパーティー、必ず出席するんだよ。待ってるから。出来ればユーリと踊ってやってほしいな。僕とも踊ろう、約束だよ」

「……第二王子殿下と踊るなんて、恐れ多いです」

「何言ってんだよ、えらく殊勝だね。クリスの妹は僕の妹でもあるんだよ。ね」


 いつだってアーデルはディーに優しかった。殊更に<妹>を強調する。そんなアーデルの柔らかな微笑みにつられてディーの口角も少し持ち上がった。


「ところでさ」


 アーデルはそれまでの優しい顔を崩さず、ディーの耳元に唇を寄せて囁いた。


「シルヴィアのことを教えてくれないか」


 その様子を遠目で見ていた男がいた。やっぱり謝罪しようと意を決して追ってきたユーリだった。


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