ポーカーフェイスの笑顔
彼女はいつも笑顔だった。
オレはそんな彼女に一目惚れをした。
ふと寄ったカフェの店員だった彼女に会うため
そこに通って顔なじみになり告白した。
彼女は少し驚いていたけれど、いつもの笑顔でOKしてくれた。
「こんな私のどこが良いの?
あなたにはもっと素敵な人がいるよ。」
なんてよく不安がってオレにそう言った。
「君以外にいるわけないじゃないか。
心配はいらないよ。」そう彼女をなだめた。
ある夜、デートの帰り道、歩道橋の真ん中で彼女が立ち止まった。
「ねえ、一年くらい前に、あの先の交差点でひき逃げ事故があったの知ってる?」
「えっ、そうなんだ、知らなかったよ。」オレはそう言いながら背筋に冷や汗が流れた。
あの日、ひき逃げをしたのはオレなのだ。
いや、でも彼女がそのことを知っているはずがない。ただの世間話た。
気付かれないように平然を装った。
すると彼女は笑顔で言った。
「あなたが起こしたのに忘れちゃったの?」
オレはぞくっとした。なぜ知っている、なぜ君が…
「なんで?って顔してるね。そりゃそうだよね。
被害者の顔なんて覚えてるわけないか。」
もう訳が分からない。被害者だって?彼女は死んだはずだ。
まさか、生きてて?いやニュースで確認した。
目撃者もおらず逃げおおせると思ったのだから。
「あの時、あなたが車を止めて救急車を呼べば
私は助かったんだよ。でもあなたはしなかった。
不倫ドライブ中だもんね。そりゃしないか。
あれ、いまもスマホが鳴ってるよ?
どの女からだろうね。みんな自分が本命だと思ってるよ。
奥さんも子供もいるのに話術だけで女を騙して。
まるで自分がイケメンでモテる男と勘違いしてる?
あんたみたいな奴は女の敵。害虫でしかない。
そして、無関係な私まで被害にあった…
あのね、私はあの日妊娠が分かってとても幸せだった。
なのにあんたのせいで…あんたは2人殺したのよ。」
笑顔で淡々と話す彼女にオレは固まっていた。
彼女が被害者?じゃあ目の前にいるのは誰なんだ?頭がグルグルしていた。
「生きた人間にあんたみたいなくずを殺すことで人生を終わらせるなんて
可愛そうだから、私が殺してあげる。」
そう言って歩道橋から突き落とされた。
最期に見た彼女の顔は笑顔ではなく憎悪だった。
ああ、彼女はポーカーフェイスの笑顔だったのか。
そんな事を思っているうちに視界が暗くなった。