つれないメイドの裏事情〜メイドと王子は友人にはなれません!〜
『つれないメイド企画』参加作品です。
よろしくお願いいたします。
朝日が昇る前に目が覚めた。
こんな早起きが習慣になるとは、想像もしていなかった。
バッと起き上がり、チャチャッと身支度を整え厨房へ向かう。自分の担当している王子を起こしに行く前に、簡単な朝食を取る為だ。
――あぁぁ、憂鬱だ。
ここは、私が以前読んでいたweb小説の中。
ストレス発散目的で、スカッとする『ざまぁ』ストーリーを選んでは、購入ボタンを押していた。
婚活にも嫌気がさして、独身万歳と、仕事に明け暮れ不摂生しまくったのが祟ったのだろうか。
最後に読んだのがこれだったのは覚えている。
だけど、なんでメイドに転生しているのかはサッパリだ。モブ中のモブ、登場していたことさえ曖昧な人物。
とりあえず過去を思い出したが、しがない男爵家の末っ子で、ようやく決まったメイド職。逃してはなるものかと必死でこなす。
仕事がなければ食べていけない。結婚に期待しないのは前世の影響だろう。
だから、小説のストーリーを変えてやろうだなんて微塵も思わなかった。
だって最後はハッピーエンドと決まっている。
勝手に動いて結末が変わったら元も子もない。平穏無事に過ごし、遠くから推しを眺められるだけで最高だもの。
そもそも、どうしてここが小説の中だと気付いたか。
仕事をせっせと頑張っていたら、認められて第二王子の担当メイドの一人に選ばれた。
これは名誉な昇進だ。
主に部屋の掃除やベッドメイキング。朝の飲み物と、洗顔の準備をする。だから嫌でも王子を間近で見ることになった。
雲の上の存在のはずが、妙な既視感。
フラッシュバックのように思い出したのは、その時だった。よくある話だ。
そして、その第二王子エルヴェこそ、初っ端から婚約者に婚約破棄を告げるアホウだと気付いたのだ。
まあ、今はその時期ではないようだけど。
部屋の前で入室の許可を受け、ワゴンを静かに押しつつ王子の寝室へ入る。
定位置にセッティングを終えカーテンに手をかけると、天蓋つきのベッドの中から声がした。
「やあ、メリッサおはよう」
「おはようございます、王子殿下」
寝起きにしてはハッキリとした声量に、もう起きていたことを察した。
姿勢を正してお辞儀すると、手早くカーテンを開けて支度を開始する。
爽やか美青年の笑顔はほぼ凶器だが、私には利かない。ムカつくから直視しないようにしてるもの。
見たらきっと睨んでしまう――。
私の推しは、この王子に婚約破棄される悪役令嬢なのだ。
この凶器が、私の推しジュスティーヌに向けられなくなり、あざとい男爵令嬢リナに向くことを知っている。
ただ。
婚約破棄された後、ジュスティーヌは王太子と結ばれるのだから、その過程と思って我慢するしかない。
「ねえ、メリッサ。君も男爵家の令嬢だよね?」
唐突に、そんなことを尋ねる王子に戸惑った。
一介のメイドの名前と出身を知っているだけでも驚きだが、こんな風に親しく話されるのは異例でしかない。
――ああ、そうか。
君もと言うことは、あざとヒロインに出逢ったということなのだろう。
つまり、婚約者をそっちのけにしている頃かもしれないと思うと、胃がムカムカとしてくる。
「さようでございます」
感情を抑えたつもりが、険のある言い方に。
けれど、私の凍てついた笑顔など気にもならないのか、王子は話を続ける。
「学園にいたら、君とも対等に話せたかな?」
柔らかい金髪を揺らし、クスッと笑みを浮かべて言った。
――はあっ!?
何を言っているんだ、この王子は。頭の中はお花畑か!
メイドが主人と対等に話せる訳がないし、学園といえど身分差は存在する。
それをわきまえないヒロインが図々しいのだ。
「それは無理だと存じます」
「やはり、主従関係だと難しいかな?」
「いいえ、それだけではありません。平等をうたう学園といえど、身分や社会のマナーは存在するのです。親しき中にも礼儀ありと申します」
「ならば……僕には真の友人はできないのだろか?」
「よく見渡せば、殿下の周りにはもういらっしゃるのではないでしょうか。逆にお尋ねしますが、どんなご友人をお望みですか?」
「どんな友人て……」
面倒で突っ慳貪に答えたせいか、絶句する王子。
意地悪だったかもしれない。これでは、欲しい友人を献上しようかと尋ねているみたいだ。
真の友人とは、望んだからといって簡単に出来るものではないだろう。ましてや、魅力的な立場の人間には下心のある者が群がりやすい。
出過ぎたことを言ってしまったと後悔したが、出した言葉は戻せない。
「大変失礼なことを申し上げました。罰はしかと受けさせていただきます。明日からは、他の者と交代させていただきますので――」
王族を不愉快にさせたのだから仕方ないと、減給覚悟で下がろうとしたが
「いや、必要ない。その代わり、メリッサが友人になってくれ」
「……はい?」と思わず聞き返す。
「受け入れてくれて嬉しいよ」
なぜか肯定と受け取る王子。
「い、いえ! そうではなくっ」
「え、メリッサは僕に嘘をついたの?」
「はっ!?」
「だって君は、僕の周りにもう居ると言ったじゃないか。それに、どんな友人を望むかと……だからね、メリッサを望むよ。まさか王子の僕を騙すわけないよね?」
――ぐぬぅ。人の揚げ足をっ!
騙され役のお花畑王子のはずなのに、飄々と言いくるめにくるとは思わなかった。
「で、メリッサの返事は?」
「ほ、本当の友人はっ。友人になれなどと……そんなことは強要しません!」
それだけ言って、勢いよくお辞儀し部屋から逃げるよう出る。扉が閉まる直前、楽しそうな笑い声が聞こえた。
――くっ。揶揄われた!
早足でワゴンを押して廊下を歩く。
メイド長に見つかったら確実に叱られる所作だが、頭に血がのぼり、それどころではなかった。
◇
学園の休日。
アフタヌーンティーの準備していると、エルヴェはニコニコと尋ねてくる。
「ねえ、メリッサ。いい加減、友人と認めて敬語をやめてくれない?」
「無理です」
「じゃあ。メイドとしてでもいいから、敬語やめて」
「もっと無理です」
「つれないなぁ」
メイドとして王子にタメ口など、できる訳がないでしょうがっ。不敬罪で首飛ぶわ! ……と言いたいが、グッと堪える。
友人を強要され、メイドとしてあるまじき態度を取ってしまったが、減給されることも担当を外されることもなかった。
むしろ、やたら仕事を任された。王子と顔を合わせる時間が増え、毎度このやり取りが交わされている。
まさか、こんな会話が繰り広げられているとは、誰も知らないだろう。
おかげで――。
不本意ながら、殿下のお気に入りメイドと噂されてしまっている。
「そういえば、ジュスティーヌ嬢はどうしているのかな?」
「妃教育を受けに、本日も登城されていらっしゃいます」
ほんの少し前に、柱の陰から堪能……確認してきたので間違いない。
「そう。彼女は真面目だからな」
――ん?
自分の耳を疑った。
エルヴェは、ジュスティーヌの悪い噂を鵜呑みにし、毛嫌いしていたはずの時期。
穏やかな口調の裏には、婚約者に対する労いが滲んでいた。
「どうしたら、相手の気持ちがわかるのかな?」
「はい?」
「行動で愛は伝わるだろうか?」
「……さあ。言葉にしなければ、伝わらないことの方が多いかと」
「やはり、気持ちは聞くべきか……」
ボソッとエルヴェは呟いた。
独り言の様だったので返事は控えた。
ヒロインに告白でもするのだろうかと思ったが、私には関係のないことだ。
チクン――。
胸に痛みを感じた。
首を傾げたが、次いで質問が投げかけられ、痛みは直ぐに消える。
「兄上は?」
「王太子殿下は、執務室にいらっしゃるかと」
亡くなった前王妃の長男である王太子は、仕事人間だ。優秀だが後ろ盾が少ない。
だからこそ、エルヴェの母である現王妃は、有力な公爵家の令嬢ジュスティーヌと息子を婚約させた。
貴族の勢力図を変え、第二王子を王太子とするために。
だけど。
アホな婚約破棄で、婚約者を無実の罪で断罪し、もともとジュスティーヌに想いを寄せていた王太子が、見事に彼女を守るのだ。そして、お互いの愛に気付く。
反対に、愚かな第二王子は有力な公爵家と兄を敵にまわし、廃嫡され、唆したあざとヒロインにも捨てられるのだ。
――私はそれを知っている。
チラッとエルヴェを見ると、好意的な視線を向けられ……思わず顔を背けた。
◇
月日は流れ――
「メリッサにだけは言っておこうと思ってね」
「なんでしょうか?」
「婚約破棄をするつもりなんだ」
「……はいっ!?」
平穏な日々が続いていたせいか、すっかり忘れていた。
学園内にはメイドは入れないので、全く状況を把握していなかったのだ。
まさか、そんなところまで進んでいたとは。目の前が暗くなる。
一介のメイドを友人と呼び、明るく勉強熱心で優しい第二王子。
エルヴェがジュスティーヌを断罪し、それが無実だったと知ったら?
廃嫡され、信じていた男爵令嬢に捨てられてしまったら?
私は…… エルヴェが不幸になってもいいのだろうか?
――ちっともよくない!
こんな気持ちでは、推しを愛でられない。
「駄目です! 絶対にダメっ!!」
「え? どうしたの、メリッサ? だってもう書……」
「エルヴェ殿下は騙されています! リナの愛は偽物だから……パーティーで公爵令嬢を断罪してはいけませんっ! ジュスティーヌは無実で、嫌がらせだってしていないもの。殿下を愛してなくとも、思いやりのある女性なんです。いつか、殿下のことを心から愛してくれる人も現れるかもしれないし……早まらないでっ」
一気に喋りすぎて、ぜぃはぁと息をする。敬語とタメ口が入り混じるし、頭の中はごちゃごちゃだ。
「……えっと、リナ嬢の愛は偽物で、ジュスティーヌ嬢も僕を愛していない?」
「はい!」と返事をしてからハッと気付く。
エルヴェは俯き肩を震わせていた。
「ご、ごめんなさい! いや、あの、でも……婚約破棄は、きちんと話し合ってから決めても」
せめて―― エルヴェにとって、不幸にならない別れ方をしてほしい。
心配でその肩に手を伸ばすと、グッと手首を掴まれた。そのままバランスを崩すと、エルヴェの膝の上にポスっと落ち着く。
「…………え?」
間近で見下ろすエルヴェは、怒っているのでも、悲しんでいる風でもない。美しい顔には満面の笑みが浮かんでいる。
「いつもつれない僕のメイドどの。やっと敬語をやめてくれたね」
エルヴェは楽しそうに言う。
「は? えっ、気にするのそこ?」
私はこの状態にパニックになる。
「そうだね……僕を愛してくれる人なんか誰もいないよね」と、瞳に悲しそうな影を落として小さく呟く。
「そ、そんなことないからっ」
「でも、現に誰もいない」
「まだ気付いてないだけよ」
「じゃあ、メリッサは?」
「私は殿下が好きだもの。きっと愛してくれる人も、いつか……」
エルヴェは私の手を握ったまま、嬉しそうにニマニマと笑い「うん、それで」と促した。
だっ、騙されたー!!
「い、今のは誤解です!」
「ふーん、誤解ねぇ。じゃあ嫌いなの?」
「き、嫌いでは……ありま……せん」
だんだんと声が小さくなっていく。
すると、エルヴェの瞳は鋭さを帯びる。
「ところでメリッサは、どうして学園内の出来事を知っているのかな? リナ嬢の話はしたことないと思うけど?」
――しまった!!
逃げようとジタバタするが、私の体を支えている、剣術で鍛えられたエルヴェの腕は、ピクリとも動かない。
しらを切り通すことも出来ず、全て白状させられてしまった。そう、転生前の記憶も含めて全部。
それには流石に驚いていたが。
だって、しょうがないじゃない!
こんな、普段の二倍増しの凶器な笑顔で見詰めらてしまったら……。
イケメン耐性無いんだもの―――!
逆に、小説とはあまりにも違うエルヴェからは、婚約破棄について説明された。
エルヴェは薄々、王太子がジュスティーヌに想いを寄せていたことに気付いていたそうだ。
エルヴェとジュスティーヌは政治的な背景の婚約で、友人以上恋人未満。お互いに割り切っていたのだとか。
そんな時、学園にヒロインの男爵令嬢が現れた。
初めは――。
周囲には居ない、無邪気な笑顔で接してくる彼女に新鮮さを覚えたらしい。
だが、ある人物から正論をぶちかまされて、冷静になったそうだ。
そして、ジュスティーヌを嵌めようとしている事にも気付いた。
か弱い被害者を装い、ジュスティーヌの悪い噂を流す。他にも……令嬢一人の行いとしては悪辣だった。
その策略から婚約者を守るために、リナ側についたフリをしたのだ。
誤算は、違う角度から辛い日々を過ごす婚約者を見て、本当の想い人が誰かを知ったこと。
「だから、直接ジュスティーヌ嬢と兄上の気持ちを聞いたんだよ」
どうやって聞き出したかは教えてくれなかったが。
「メリッサが、言葉にしなければ、伝わらないことの方が多いって言ったからね。二人ともメリッサに感謝していたよ」
――はいぃ!?
驚きすぎて言葉も出ない。
「それで、兄上と一緒に陛下に話を通しに行ってね。正式な手順を踏んで、婚約破棄することになったんだ。ジュスティーヌ嬢は、このまま兄上の婚約者となり、王妃教育を受けることになる」
「リナ……彼女は?」
「ああ、彼女は公爵令嬢を陥れようとしたのだから、それ相応の反省をしてもらうことになったよ。詳しくは、ジュスティーヌ嬢の婚約者である兄上が決めることだけどね」
もう自分の領域ではないと言った。
そんなエルヴェが心配になる。
「エルヴェ殿下は……」
大丈夫なのか――
そんな視線を察したのか、フッと笑う。
「兄上がなぜ誰とも婚約しなかったのか分かった気がするよ。だから、しばらくは僕も一人で居ようと思う。その間に、母上も色々説得しなきゃいけないしね」
「そうですか」
とりあえず、エルヴェが最悪の結末を迎えないことと、落ち込んでいないことにホッとした。
「だからね、メリッサ」
「はい?」
「今の僕には、気を許せる大切な友人が必要だと思わないかい?」
この後に及んでまだ言うのかと呆れる。
「……仕方ないですね。ただし! 二人きりの時だけですからねっ!」
「ありがとう、メリッサ!」
エルヴェは破顔し、私の頬に唇を落とした。
頭が真っ白になる。
「ゆっ……」
「ゆ?」
「友人には、こんなことしませんっ!!」
エルヴェの腕を無理やり引き剥がし、膝から飛び降りると全速力で走って逃げた。
扉の前でポカンとする護衛を見たが、知ったこっちゃない。
火がついたように熱い頬を冷ます方が先決だった。
◇
結局、ストーリーはエルヴェの顛末以外、変わることはなかった。
これで良かったのだ。私の推しは無事ハッピーエンドになったのだから。
ただ不思議なことに、目の保養にジュスティーヌを見に行こうとすると、必ず邪魔が入るのだ。気付けば目の前にはエルヴェが座っていて。……解せない。
そして、私とエルヴェの友人論争は、相変わらず続いている。
その時はまだ
未来の国王と王妃を味方につけたエルヴェによって、私の外堀が埋められてしまっていたとは――知る由もなかった。
お読みいただき、ありがとうございました!
楽しい企画に参加させていただき感謝しております。
少しの期間お休みさせていただいており、しばらく感想返信ができません。
誠に申し訳ございません。
(こちらは予約投稿です)