『猿』
桃太郎が山を登っていると、頂上で猿に出くわしました。
「お前が、『桃太郎』だな」
「オマエが、『猿』だな」
向かい合った二人がそれぞれ口にします。しかし二人とも、特に返事は求めていないようです。
「出来ればオマエを殺したくない」
「奇遇だな、俺もだ」
向かい合う二人の姿形は、奇妙なほど似通っていました。背の丈約180cm、筋肉質な体を甲冑「刃織り」に押し込み、長い髪を後ろに束ねています。きっと、髪の一本一本までそっくり同じで、きっと、生まれも育ちもそっくり同じなのでしょう。
そんな二人の見た目を大きく分けているのは、色でした。『猿』の全身は炭素鋼繊維が満遍なく練り込まれているために夜明けのように黒く、明るいのに対し、『桃太郎』の全身は極度低温液化冷銀で形作られている為に滑らかな鈍い銀色でした。
「なぁ、」桃太郎が言います。「他に道は無かったのか?本当に、全員殺す必要はあったのか?もっと昔話みたいに、みんなで、仲良く、ハッピーエンドじゃダメなのか?」
地面に向けて、桃太郎は言葉を落とします。『猿』は何も答えません。きっと見た目だけでなく、生まれや育ちだけでなく、考えていることも、そっくり同じなのでしょう。実際に二人は、これまでのことも、これからのことも、何もかもわかっていました。それでも『桃太郎』になってしまった彼は、言葉にせずにはいられませんでした。
猿は静かに戦いの構えを取ります。その表情は不思議な穏やかさで、まるでこれから唯一無二の兄弟と遊ぶかのようです。
桃太郎は俯いたまま、大量の武器を物質化、地面にばら蒔いていきます。
二人は同じタイミングで、一歩踏み出します。
もう一歩踏み出します。
三歩目で間合いに入り、拳で数合打ち合います。辺り一面の木が薙ぎ払われます。
舞い上がった刃物達を空中で拾いながら、何回も打ち合います。余波で山が切り崩され、標高が下がりました。
衝撃で誘爆した爆炎を、二人とも超高圧プラズマを発生させ押し付けようとします。お互いの爆炎と電界はぶつかり、混ざり合い、拡散し、先ほどまで山だった場所をクレーターに変えました。
ほぼ同時に着地しながら、両者「紋付き陣羽織《吉備ノ金》」の内部に複数の兵装を組み込みながら着装します。衝撃で弾け飛び、雨のように降る兵器をレーダーで知覚しながら桃太郎は思います。
このまま永遠に決着がつかなければいいのに。引き分けでもいい。なんなら自分が負けたっていい。だからこの無意味な運命を、早く終わらせてほしいと。
願いは儚く破れ、身体は慣れ親しんだ闘争へと迷うことなく滑り出します。
時間にすれば、5分も経ってはいないでしょう。いくつか山を消し飛ばし、クレーターを作り、新たな谷を作った壮絶な戦いは、『桃太郎』の勝利に終わりました。
あらゆるところがちぎれ、砕け、折れ曲がった『猿』の体からは炭素鋼繊維が血のように飛び出したまま、風に揺れています。
桃太郎はアンチマテリアルライフルを拾い上げ、『猿』の体を塵も残さず消し去りました。